名前を取り戻した男#1 彼とは違う彼◆3
_突然現れた街娘は、どこにでもいる普通の街娘に見えた。ブラウスに長いスカートをはいた旧文明的スタイル。鎖帷子がきしみレザーの鎧の獣臭さが漂う酒場にはまったくもって似合わない、カフェにでもいそうな娘だった。 「ほら、反応した。メイオンでしょ」 21
2016-06-08 17:27:06「あ、あ……」 よほど致命的な名前だったのだろう。そして、街娘は彼にとって特別な人間なのだろう。怪しい男共に狙われるほど危険な仕事を請け負っているのに、まるで悪戯がばれた少年のように挙動不審になる。エンジェは助け舟を出した。 「彼はミェルヒです。私の相棒です」 22
2016-06-08 17:31:17「そうですか……でも……」 「危ないよ、あなた。ここはスーツや私服で入る場所じゃないの。鎧と魔法服がドレスコードだよ。何が目的?」 「店に入るのを見かけて……」 「今日は帰りなさい、さ、面倒ごとが次々やってくるよ」 そう言って店の外まで追い出すエンジェ。 23
2016-06-08 17:37:36_流石に怪しい男たちの視線を感じたので、その日は早めに切り上げて帰宅した。 「助かったよ」 赤錆の鎧を着たままミェルヒがソファにもたれかかる。エンジェはいつものように紅茶を淹れ始めた。 「いい加減素性くらい教えてよ。私も狙われそうだったし」 24
2016-06-08 17:41:06_エンジェは紅茶をミェルヒに手渡した。 「ありがとう。素性か……まぁ、僕のこの能力……身体憑依能力を上手く使った仕事さ。一言でいえば、情報屋。憑依によって得たその人物の記憶……丸々全部を頂いてしまえる。あとは憑依しながら逃げるだけ」 「逃げる途中の船なのね、ミェルヒは」 25
2016-06-08 17:45:48_ミェルヒは……ミェルヒに憑依した男は自分の術について教えられる範囲で解説した。憑依された側も無害であり、憑依されたことに気付かず、憑依の終わった後は偽の記憶を残される。そして、次の憑依先へ転移するのに時間がかかる……。 「このくらいの情報は僕の敵も十分把握している」 26
2016-06-08 17:52:08「どのくらい時間がかかるかは言えないけど、もうすぐこの身体は解放されるよ」 「もうすぐ……まぁ、そんな致命的な情報言えるわけないよね。信じて待ちましょうか。貴方が私を信じて話してくれたのだから」 「ありがとう……僕はどこまでも逃げてやる。僕は幸せに辿り着いていない」 27
2016-06-08 17:56:03_次の日の朝、エンジェはミェルヒの顔を見て少し落胆した。まだ憑依は終わっていない。けれどもエンジェはいつものようにミェルヒの作った朝食を食べ、コーヒーを淹れ、少し話をした。 「朝食なんて作ったの何年ぶりかな」 「本当、何から何までいつものミェルヒと同じなんだね」 28
2016-06-08 18:02:02「ミェルヒが酒好きで助かるよ……本人の嫌なことはどうしてもできないんだ。今日も酒を飲みたい気分だ」 もちろん、怪しい男たちにマークされる可能性がある。けれども、酒場はギルドの盟約によって中立が保たれており、逆に安全な場所でもある。 そうして酒を飲んでいた時であった。 29
2016-06-08 18:07:31「メイオン……今日は酒場のマスターに話を通してきたよ。同席させてもらってもいいかしら」 そう、またあの街娘がやってきたのだった。 30
2016-06-08 18:13:14【用語解説】 【旧文明的スタイル】 いつの時代であっても廃れないファッションが二つ存在する。一つはスーツであり、街の人間の労働スタイルである。もう一つは鎧兜であり、アウトローの冒険者のスタイル。街でよくすれ違う。共通するのは仕事着であることと、フォーマルな格好であること
2016-06-08 18:17:47