佐藤正美Tweet_20160601_15

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佐藤正美 @satou_masami

私は、「流派」に属することを嫌ってきた。そういう生きかたは、「政治的に」下手な やりかた なのかもしれない。そして、そういう生きかたは、仕事を得る機会を、多々、喪ってきたのかもしれない。

2016-06-07 21:10:57
佐藤正美 @satou_masami

私は、学者ではないが、学問の成果を借用して、事業分析モデルの技術を考えてきた。技術を考え出すことが私の仕事のなかで大きな比率を占めている。技術を考え出すほうが、その技術を使って収入(金銭)を得ることに比べたら、私の興味を占めていた。私は起業家としたら失格なのかもしれない。

2016-06-07 21:13:57
佐藤正美 @satou_masami

私は、技術を考え出すことに専念してきたが、その技術を目玉商品にして、「流派」を作ろうということも、つゆぞ、考えなかった。こういう考えかたをする人物が企業を興してはいけないのかもしれない。

2016-06-07 21:16:07
佐藤正美 @satou_masami

正しい意見に出会うと、私は、いつも思うのだけれど、たしかに、結論そのものは、一文でも綴ることのできる単純なことなんだなあ、と。ただ、この単純なことを実現しようとしたら、頗(すこぶ)る難しい。その単純さに至るまでの膨大な量の知識・体験が前提としてあるから。

2016-06-07 21:19:26
佐藤正美 @satou_masami

「要するに」という単純な思考しかできない人というのは、たぶん、単純な結論を、そのまま、暗記して、そして、その単純な結論を変形して、みずからの意見を作ろうとする人なんでしょうね。

2016-06-07 21:21:19
佐藤正美 @satou_masami

推論の際、最大の敵は「省略」です。もし、腑に落ちない点があったら、それが、たとえ、小さな疑惑であっても、省略してはいけないということも、痛感しました。私が、仕事上、犯した間違いは、たいがい、「省略」か「思い込み」が原因でした。

2016-06-07 21:24:16
佐藤正美 @satou_masami

「細部にばかり気を配り、人の過失を咎める心が強くなり、目下の者が過ちをしないようにとばかり押さえつけ、枠にはめてしまうのを、立派な役人であるというようになっています。ですから誰もただ失敗のないようにとばかり心がけ、子供もそのように教育いたします。これが現代の習慣です」(徂徠)。

2016-06-07 21:27:18
佐藤正美 @satou_masami

「現代の眼からみますと、そのころの有名な人物というのは みなどこかに疵のある人です。これは別にわけのあることでも何でもありません。その時分は、表面をとりつくろうことがなかったので、疵が見えるだけのことです」(徂徠)。

2016-06-07 21:29:38
佐藤正美 @satou_masami

「疵のある者でなければ才人はないものと考えて、疵のある者の中から人材を選ばれれば よろしいかと存じます。疵がなく、才能のあるような人を探そうとしますと、先ほど申しあげた自分の好みの注文ということになります」(徂徠)。

2016-06-07 21:32:21
佐藤正美 @satou_masami

「三度も五度も落馬するつもりがなくては、癖馬には乗れないものです。現代人は人の失敗を咎める気持が強いので、自分でも失敗のないようにとばかり気をつかいます。使い損うまいと考えるので、疵物は使いにくいとおっしゃるのです。落馬する人でなくては馬は乗りこなせません」(徂徠)。

2016-06-07 21:36:02
佐藤正美 @satou_masami

徂徠の以上の文を、「失敗を怖がるな」とか「失敗から学べ」とか「変わり者は、良い仕事をする」というふうに journalese で言い切ってしまうなら、的を外してしまいますね。「じっと坐っていて、その取り扱いかたが納得できるのものではない」というのが徂徠の言いたいことでしょう。

2016-06-07 21:41:34
佐藤正美 @satou_masami

小悧巧な人は、定式を安直に用いて物事を総括したがるようですね。定式では「前提」が承諾されなければならない。この「前提」を はしょるから、「事が違っても理は同じこと」という罠に陥るのでしょうね――定式の結末のみを むやみに適用しているにすぎない。

2016-06-07 21:45:39
佐藤正美 @satou_masami

人を使い損なわないように、あらかじめ、なんらかの成功法則があって、その手だてを知っていれば人を使い損なわないなどと思っているひとがいるとしたら、それこそ、定式の濫用でしょう。

2016-06-07 21:48:47
佐藤正美 @satou_masami

「自分を信じてくれていない人に向かって、道理を説いて聞かせても何の益もありません。近年の人の、主君を諌めたり、人に忠告をしたりするのは、大抵は第三者を聞き手にして、自分の立派さを吹聴しようという心が多いようです」(徂徠)。

2016-06-07 21:51:33
佐藤正美 @satou_masami

「率直な」講演とは、みずからが扱いかねている論点(problems, issues)に対して、論点を どのようにして定立して、ソリューションを どのように考えれば良いかを示して、みずからが戦っている様を、そのまま、聴衆に観てもらうことかもしれない。

2016-06-07 21:57:31
佐藤正美 @satou_masami

講師には、どうしても、みずから、「視点」の斬新さを自慢したり、ソリューションのエレガントさに酔ったりする あやうさがあるのかもしれない。そもそも、どれほど酔ってみても、いっぽうで、みずからを「晒す」という恥辱を免れない。

2016-06-07 21:59:24
佐藤正美 @satou_masami

「あたらしくあゆもう きのうのうたはわすれよう しかしながら きのうのうたとおなじように きょうもうたうことをおそれはすまい」(定本 八木重吉詩集「貧しきものの歌」から)。

2016-06-07 22:01:26
佐藤正美 @satou_masami

「はらがへったとき むっしゃりむっしゃり ごはんをたべるように ものをかんがえてみたいものだ」(定本 八木重吉詩集「み名を呼ぶ」から)。

2016-06-07 22:03:10
佐藤正美 @satou_masami

「みんな(聴衆)に役立つために語っている」という熱意でセミナーをやって聴衆を魅了しても、みずからを騙すことはできないでしょうね。否、ときとして、私は、みずからをも騙しているのかもしれない、、、。そもそも、エンジニアが「芸」を商品にするから、虚しさを感じるのかもしれない。

2016-06-07 22:12:45