騎士とお菓子とイノシシの森#1 狩りに行こう◆2
_森の奥へと足を踏み入れたルムルムと老騎士。老騎士はいつもの銀鎧、ルムルムは布鎧の上に鎖帷子の装備だ。二人ともクロスボウを手に、静かに森を歩く。温帯の森は気品のある鳥の鳴き声と、かすかな虫の蠢く音色で彩られていた。 「足跡だ」 老騎士が見つける。 11
2016-06-24 19:44:24_ルムルムは地面を見るが、そこには下草と落ち葉まみれの地面だけがあった。足跡など分からない。 「こっちだ」 老騎士は進んでいく。ルムルムは眉間にしわを寄せて地面を見るが、何も分からない。 (お爺は失望したんだ) 懐に入れたクッキーを思う。こちらの方が得意だ。 12
2016-06-24 19:49:32「お爺。急がないの? イノシシって足はやいんでしょ」 ルムルムの指摘する通り、老騎士は静かに歩いている。 「確かにグレイボアの足は速い。けれども、それは図鑑の知識じゃ。実際には、グレイボアは一日のほとんどを移動に費やすことはない」 また眉間にしわを刻むルムルム。 13
2016-06-24 19:54:23「そう、人間だって常に全力で走っているわけではない。迷い、立ち止まり、足を引きずって歩き、時には後戻りして……ゆっくり進んでいるのだ」 「何かの教訓?」 老騎士は照れたように兜の頭をかいた。 「年寄りは教訓を語りたくてたまらない生き物なんじゃ」 14
2016-06-24 19:58:24_老騎士はゆっくりと歩く。ルムルムもゆっくりと歩く。鎖帷子の装備は重く、少年のルムルムは次第に息が上がっていく。 目の前を歩く老騎士は、70歳だというのにひょいひょいと坂道を上っていく。老騎士との背中を見上げる。ルムルムは唇を噛んだ。顔がどんどんしわくちゃになる。 15
2016-06-24 20:04:36_坂を上った先、少し見晴らしのいい場所。赤や黄色で彩られた秋の森は、所々葉が落ちて見やすくなっていた。遠くの木々の間に、探していたグレイボアが一匹でうろついている。まだクロスボウの射程には入っていない。 「いるな……こっちだ」 老騎士は全く違う方向へと歩いていく。 16
2016-06-24 20:09:44_その理由を老騎士はそっと教えてくれた。 「グレイボアは鼻が効く。目よりもだ。風上から忍び寄ってもすぐに感づかれて逃げられてしまう。だからこうして回り道して風下から接近する」 音を立てないように進む。鎧には消音の魔法が編み込んであるが足音はどうしても出てしまう。 17
2016-06-24 20:14:45_もっと魔法を使えば匂いも足音も万事解決だが、そのためだけに高価な魔法を使うと赤字である。魔法は無料ではない。 風下からゆっくりとクロスボウの射程に入った所である。突然グレイボアがこちらを見て、引き絞ったような鳴き声を上げた。 「感づかれたか!」 18
2016-06-24 20:19:43_様子がおかしい、と気づいた時にはすでに相手の「魔法」が炸裂していた。秋の森を駆け抜ける猛烈な霜の波!ルムルムと老騎士は膝立ちになり、寒さに耐える。 「野生動物が何で魔法を使うんだよ!」 悲鳴を上げるルムルム。 19
2016-06-24 20:24:13「逃げるぞ、ルムルム。ただのイノシシじゃないぞ!」 「わかってるよ……でも、どうやって逃げるのさ!」 グレイボアはこちらを睨みつけ、途絶えることなく霜の波を浴びせかける。そこに隙など無かった。 20
2016-06-24 20:28:26【用語解説】 【魔法の価格】 魔法は消耗品である。そして、魔法を生産するには人間が必要である。強力な魔法使いならば自分で即座に生産し即座に消費することが可能だが、大抵の人間は市場に出回る魔法商品を買うことになる。魔法生産者の人件費と、流通費、その他が魔法を高価にしている
2016-06-24 20:36:35