騎士とお菓子とイノシシの森#1 狩りに行こう◆3
_強力な魔法を放つイノシシ。グレイボアの名を表す灰色の毛皮にはびっしり霜が降りている。二人に向かって浴びせる霜の波は止まらない。それはいつまでも……二人が死ぬまで続くかに思えたが、突然それは止んだ。 「魔法が無くなったのかな?」 ルムルムはようやく息を吐けた。 21
2016-06-25 16:25:24_老騎士は下半身が完全に霜に埋まり固まっている。が、生きているようだ。 「魔法はまだ続くぞ。恐らく呼吸で魔力を溜めている。普通はシリンダーから魔力を補給するが、奴にはシリンダーが無いらしい。見ろ、呼吸が荒くなっている」 確かに、犬のように激しく息をしている。 22
2016-06-25 16:31:11「奴の正体が分かってきたぞ」 「……教えて」 「まず、シリンダーが無いということは、奴は人為的なものではなく偶然ああなったということじゃ。人為的ならば絶対にシリンダーを埋め込む。そして、偶然魔法を使えるようになるにはいくつかのパターンしかない」 23
2016-06-25 16:36:51「……何だって知ってるんだね」 「大体は憑依術か変異術によって動物になっているパターンだ。異質すぎる動物の感情に慣れずに、思考が暴走している状況じゃ。これに対応するには……」 ルムルムはきゅっと唇を噛む。今の自分には何ができる? クロスボウも機械が凍り付いて役に立たない。 24
2016-06-25 16:42:19_そうこうしているうちにグレイボアは魔力のチャージを終えたようだ。再び霜の波を浴びせかけてくる。老騎士の身体が霜に沈んでいく。ルムルムは爆発しそうな思いを全身の筋肉に預け、一歩踏み出した。 「僕だってやれるんだよ……」 膝立ちの老騎士が彼を見上げる。 25
2016-06-25 16:48:18_ルムルムにも分かることがあった。対処策を知っているはずの老騎士がいつまでも動かない。話すのが精いっぱいなのだ。霜によって体力を奪われている。それは銀の板金鎧のせいでもあるはずだ。鎧下や耐冷処理は施してあるが、布鎧ベースのルムルムの方が被害は少ない。 26
2016-06-25 16:55:59_進む。ルムルムは進む。 「僕にできることは何でもやる。これから一つ一つ覚えていくから……クッキーの焼き方とか、武器の整備とかだけじゃなくてさ、もっと、もっと覚えていくから。だから……お爺」 ルムルムは一度だけ振り返った。 「そんな諦めた目で僕を見ないでよ」 27
2016-06-25 17:01:30「難しいかもしれんぞ」 老騎士の言葉を背にルムルムは前を見る。吹き付ける霜。 「どんな困難だってクッキーを焼くより簡単だよ」 運よく魔法の在庫が切れない限りこのままでは二人とも凍死だ。そして、それは老騎士の方が近い。足を一つ一つ踏みしめていく。たじろぐグレイボア。 28
2016-06-25 17:10:08「方法は一つ。人間の心を呼び起こすんだ」 「……どうやって?」 流石にクッキーを焼くより難しい指示が来るとは思っていたが、これほど手掛かりのないものとは思わなかった。 「いまイノシシの心は揺れ動いておる」 29
2016-06-25 17:15:34_再び弱まり始める霜の波。次のチャージが最後のチャンスかもしれない。老騎士は言葉を投げかける。 「動物の心と人間の心がぶつかり合い、不協和音を奏でておるはずだ。それを掻き立てるのだ。人間の楽しさとか、人間の喜び、悲しみ、怒り……そういうものを伝えるのじゃ」 30
2016-06-25 17:23:55【用語解説】 【編み込みの魔法】 魔法の効果時間はまちまちだが、素材の中には魔法効果を長く継続させる性質を持つものがある。例えると物質によっては熱を蓄える性質があるのと同じである。なので、衝撃消散の魔法・火炎耐性の魔法・冷気耐性の魔法・消音の魔法などは装備によく重ねがけされてある
2016-06-25 17:32:07