1部 7章 2節【水底の贈り物】

入江の魔人シリーズ第10弾 !※注意※! 【貴女はだあれ?】の続編となっております まだ読んでいない方はそちらを先にどうぞ
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えみゅう提督 @emyuteitoku

江見達が埠頭で泊地棲姫の対処を考えている頃、海上でその様子を見ている巡洋艦がいた。リ級に告示する姿だが、深海棲艦ではない。江見配下のチクマである。彼女は、埠頭に集まっている仲間の姿を見て片眉を上げた。「何してんだ、あいつら?」チクマは巨大な白波を左右に立て、埠頭へ向かう。 1

2016-06-27 21:48:50
えみゅう提督 @emyuteitoku

チクマの立てる白波を見て、埠頭に集まる面々は最も頼りになる仲間の到着を、手を振って歓迎した。港についたチクマは埠頭によじ登り、泊地棲姫の前に立つ。「で、何だお前?なーんかやばい感じがすんだよな。何か言うことあるか?」チクマに問いかけられ、泊地棲姫はゆっくりと視線を向ける。 2

2016-06-27 21:50:36
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ココハ、不思議ナ場所ダ」泊地棲姫が初めて反応を見せた。「深海棲艦ト艦娘、人間マデモ同ジ場所ニ居ルノニ、何故争ワナイ」彼女は幌筵島の入江の状況を処理できずにいた。「何故深海棲艦ト艦娘ガ混ザッテイル、何故人ト艦娘ノ混ザリ者ガ居ル。私ハ、ドウスレバイイ」 3

2016-06-27 21:52:06
えみゅう提督 @emyuteitoku

「どうすりゃいいって、私に聞かれてもな…」「私が答えよう」戸惑うチクマに代わり、江見が手を上げた。「君の目的…いや、使命は何かな?教えてくれ」泊地棲姫は竜が首をもたげるが如き威圧を放ちながら、ゆっくりと江見に向けて振り返った。「艦娘ヲ沈メル」それが、泊地棲姫がここにいる意味。 4

2016-06-27 21:53:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

「イマイマシイ艦娘ヲ沈メル。艦娘ヲ、全テ沈メル」泊地棲姫にあるのは艦娘との戦いの記録だけであり、彼女自身の記憶は存在しない。そう造られたからそう思うだけの事。動機の無い怨嗟とはかくも恐ろしいものか。皆一様に事の成り行きを案じる中、江見だけはいつもと変わらず笑っていた。 5

2016-06-27 21:55:28
えみゅう提督 @emyuteitoku

「いやはや、わかりやすくて助かるな。確かにそれじゃあどうすればいいかわからないよね」「故ニ、往来ヲ妨ゲタ。情報ノ処理ニ時間ヲ要シタ。解ハ無カッタ、私ハドウスレバイイ」泊地棲姫は再び江見に問う。江見は彼女が悩む理由が分からず軽く首を傾け答える。「沈めればいいんじゃない?」 6

2016-06-27 21:57:12
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ちょっと待てバカ野郎!何言ってやがんだアホ!」チクマが素早く江見に食って掛かる。「元からわけわからん奴だと分かってたけどよ、なんだそりゃ!深海棲艦の味方をするのか?!提督は艦娘の味方じゃ…って、まあその、なぁ」チクマは言い淀み、周囲に立つ仲間達の姿を見る。 7

2016-06-27 21:58:29
えみゅう提督 @emyuteitoku

足から直接艤装が生えるコグラン、四つの手を持つモナガン、半分以上ヲ級のアカギ、ついでに本拠点からバスタオルで頭をがしがしと拭きながら走ってくる風呂上りのアカシ。そして何より両手に鉄塊の如き艤装を携えるチクマ自身。まともに艦娘と言えるのは五月雨一人だけだった。 8

2016-06-27 21:59:57
えみゅう提督 @emyuteitoku

「…あれだ、深海か艦娘かはどうでもいいとする。だがよ、艦娘を殺したらまずいだろ?」「殺すだなんてチクマは物騒な事を言うなあ。沈んだだけなら助けられるだろう?」江見はアカギに目配せする。アカギはチクマを睨みつけた。彼女は視線だけで筑摩に問いかける。【忘れたか?】と。 9

2016-06-27 22:02:04
えみゅう提督 @emyuteitoku

アカギはチクマによって沈められたが、ここに立っている。確かに沈んだ後に助けられた命がある。江見は深海棲艦の味方をしようとしているわけではない。「私は目の前に居る誰かの願いを叶えたいだけさ。生まれや、立場や、姿だけで、願いが叶わないなんておかしいだろう?」 10

2016-06-27 22:03:29
えみゅう提督 @emyuteitoku

彼が語るのは人類全ての理想にして、狂気の沙汰、説得などできるはずもない。チクマは江見にそっぽを向き、泊地棲姫に語り掛ける。「全ての艦娘っていったよな。ここに居る奴もか?」「当然ダ」「あっそ、じゃ、お前は私の敵だ」チクマは泊地棲姫目がけて、左手の艤装を振り下ろした! 11

2016-06-27 22:05:43
えみゅう提督 @emyuteitoku

落雷めいた一撃、速さもまた雷に迫る。神速の鉄塊を避けられるはずもなく泊地棲姫の体は押しつぶされ、びしゃりと地面に飛び散った。即死などという生易しいものではない、形すら残っていない。「ごめんな、仲間には、もう一人も欠けて欲しくねえんだわ。まあ、苦しくはなかったろ」 12

2016-06-27 22:06:43
えみゅう提督 @emyuteitoku

「さて、これで一件落着だ!悪いな皆、汚れちまっただろ」チクマは絨毯のように広がった血しぶきを浴びたであろう仲間に振り返った。だが、そこに血の赤色はない。「あ?意外ときれいなもんだな」「指揮官!ううう、う、後ろぉ!」モナガンが大きな手でチクマの背後を指さした。 13

2016-06-27 22:08:10
えみゅう提督 @emyuteitoku

チクマが視線を戻した先には、泊地棲姫が立っていた。無慈悲に潰された彼女が、何一つ、一切変わることない姿勢で立っている。「何故ダ、何故私ヲ攻撃スル」「おいおいどうなってんだこりゃ!?」チクマは振り向きざまに右手の鉄塊を薙ぎ払う!泊地棲姫の胴がダルマ落としの如く彼方へ吹き飛ぶ。 14

2016-06-27 22:09:18
えみゅう提督 @emyuteitoku

だが、それでも泊地棲姫は立っている。切り離された上半身が地に落ち、おびただしい血が流れたというのに、ちぎれた体も、流れた血も消え失せ、変わらぬ姿で立っている。まるで、映画のシーンの切り抜き。頑強でもない、不死身でもない。同じ場所に、同じ条件で自動修復される。 15

2016-06-27 22:10:41
えみゅう提督 @emyuteitoku

「オ前モ、コノ島ニ巣食ウ者ダトイウノニ。何故私ヲ攻撃スル。私ハ、ドウスレバイイ」泊地棲姫は同じ問を繰り返す。百戦錬磨のチクマでも目にしたことのない未知の回復力。死をなかったことにする、摂理に背く所業。時間のしがらみさえ超越する再起動!「こいつ…どうすりゃいいんだ」 16

2016-06-27 22:12:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

死なない、死という平等に与えられた場所に逝かない、生命という区分に当てはまらない、倒す事ができない。「排除シタイナラ、コノ島ヲ焦土ニスレバイイ。巣食ウ土地ガ無ケレバ、私ハ消エル」泊地棲姫はあっさりと自分の弱点をさらけ出した。示された破壊方法は至極単純な物だ。 17

2016-06-27 22:14:37
えみゅう提督 @emyuteitoku

「幌筵島の人間を、皆殺しにしろってか?」「ソウダ」それはできない。チクマには人を殺せない。――だが相手が死なぬというのなら、全力を振るっても、いいだろうか?「…おい江見、シェルターはあるよな?」「え、指揮官?!」チクマの問いに最初の反応したのは江見ではなく、モナガンだった。 18

2016-06-27 22:16:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

「いいんですか!?あれは…その」モナガンは言葉を濁す。その理由は、彼女に向けて江見が楽しげに視線を向けていたから。だが、チクマは彼の興味など気にしない、気にしていては仲間を守れない。「いいさ。本当に島をぶっ壊す以外に方法がないのか確かめてえんだ。あれで駄目なら諦める」 19

2016-06-27 22:18:21
えみゅう提督 @emyuteitoku

「で、シェルターはあんのか?辺鄙な島だが、穴くらい掘ってあるだろ」チクマに問われ、江見は腕を組みながら答える。「あー…本拠点に地下室があったはずだ。倉庫扱いだけど、避難壕も兼ねているから全員入れるよ」「んじゃ、そこにしばらく隠れてろ。ちょっとこいつをぶちのめすからよ」 20

2016-06-27 22:19:17
えみゅう提督 @emyuteitoku

チクマは泊地棲姫に鉄塊を突き付ける。「おい!へんちくりん。面かしな、ここじゃ周りを巻き込んじまう」「距離ヲ取ルノカ。10キロ程度ナラ全力ヲ尽クセルガ」「ん~…ギリだな。まー、何とかなるだろ。じゃ、皆避難させといてくれ、頼んだぜ江見提督」チクマは埠頭から海面へ飛び降りた。 21

2016-06-27 22:21:35
えみゅう提督 @emyuteitoku

海の上を走り出したチクマに呼応して、泊地棲姫の姿が消える。彼女自身が言った10キロ地点まで移動したのだろう。幌筵島と、その近海一定の範囲はすべて彼女の家のような物だ。自分の家なのだから、どこに何時いたとしても不自然ではない。泊地棲姫はそういう者だ。 22

2016-06-27 22:23:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

江見の指示は素早く、そして的確だった。機材や装置より、記録や資料を優先してアカシにまとめさせ、出撃中の初風と葛城に打電し幌筵島南端での待機を命じた。十分とかからず全員が地下倉庫に避難した。各々、備え付けの椅子や木箱に腰を掛け、時間が過ぎていくのを待っていた。 24

2016-06-27 22:26:00