『今年の新語2021』選考発表会レポ 誰も予想できなかった「チルい」が大賞に選ばれた理由とは

今年の解説も言葉好きにはたまらない熱さでした
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「チルい」を大賞と予想した人はいなかった

トップ10の発表のち、登壇者による選定理由や解説のトークセッションが行われた。

今回登壇したのは『三省堂現代新国語辞典』編集主幹の小野正弘先生、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明先生、『大辞林』編集部山本康一編集長、『新明解国語辞典』編集部の荻野真友子さんが登壇した。進行役は『デイリーポータルZ』の古賀及子さん。

右から飯間先生、小野先生、山本編集長、荻野さん、古賀さん

まず話題に上がったのは、なんといっても「なぜチルいが大賞なのか」だ。飯間先生いわく、毎年今年の新語を予想してSNSなどで発信する「今年の新語ガチ勢」の方が複数いるそうで、その人たちの予想の中にも「チルい」を挙げていた人はいなかったそうだ。

飯間先生が会場にも呼びかけたところ、「大賞は”チルい”と予想していました!」と手を挙げた人はいなかった。

(登壇者敬称略)

小野:学生がよく使ってる言葉ですよね。大学※で今流行っている言葉を調べて報告してもらう授業があるのですが、そこでよく「チルい」が出てきました。

※小野先生は明治大学の文学部教授

飯間:チルいを聞いたのは今年に入ってですか?

小野:「チル」という言葉自体は昔からありますが、「チルい」という形容詞的な使われ方を聞くようになったのは今年からでした。

「チル」という言葉自体は、もともと音楽の領域でよく使われていた、という話も。

山本:音楽の領域でチルを使っている人はいましたね。

荻野:音楽のジャンルじゃないですか?クラブで、盛り上がる曲がかかり続けたあとに、朝方のちょっとクールダウンする時間に流れる曲をチルい、みたいな。

音楽に詳しく、チルの存在をもともと知っていた山本編集長は「チルい」を大賞にすることをあまり推していなかったそう。しかし、小野先生、飯間先生は日本語としての面白さを激推しした。

「チルい」は難関を潜り抜けて形容詞に

小野:例えば「クール」という言葉は、もともと「冷たい」の意味だったのが、いつの間にか「カッコいい」の意味に変化しました。最初は「チルい」もこれに近い意味変化だと思ったんですが、よく見たらチル単体ではなく「チルアウト」という言葉が変化して「チルい」になっている。

またクールとチル、どちらもルで終わっているのに、クールは「クールい」とは言わない。なのにチルは「チルい」と言う。

こうした点から、言葉として非常に面白いなと思いました。

飯間:外来語はだいたい語尾に「な」がついて形容動詞的な変化をします。「ロマンチックな」みたいな形ですね。ところが例外的に、これらの外来語が形容詞で使われるようになる例もあります。「ナウい」「エロい」「グロい」、最近は「エモい」などですね。数が非常に少ない、例外的な現象です。

小野:ナウも、最初は「ナウな」という使われ方でしたよね。1979年くらいに「ナウい」に変わったんですよ。

飯間:外来語が形容詞になるハードルは非常に高いのです。選び抜かれた一部の外来語だけが「○○い」の形をとって形容詞になる。

チルも2010年代後半から、チルってる、チルするなど、チルはいろんな品詞で使われてきました。そして、ここに来て「チルい」に変化した。そういった意味でも、難関を潜り抜けて定着しつつある「チルい」は、そう簡単には滅びないだろうと予想しています。

「チルい」の概念は脈々と受け継がれてきた

「チルい」が将来有望な言葉である理由として、「特に若い世代の心情に寄り添っている」点も挙がった。

飯間:今年、清涼飲料水の広告に「チルする?」という言葉が出てきました。これは、多くの人が「チルする」という言葉の意味を知っていないと成り立たない広告です。もう一つ印象的だったのが、TicTokで…えーっと、なんでしたっけ。

荻野:「あーしの夢ですか?超チルなラッパー」

飯間:それです(笑)学校の進路指導でこう答えると先生にあきれられるよ、といったネタなんですが、これも「超チルなラッパー」という意味をみんなが分かっていないと流行らない。

チルという言葉は、今のストレスフルな世の中を逃れて、皆でチルしたいという時代の雰囲気を表しているんじゃないかなと。

小野:我々の時代には、「できればのうのうと生きていきたい」と言ってましたね。

飯間:まったりとかも近いですかね。

小野:刺激が少なくゆったりと生きたいという願望ですよね。まさにチルいと近い感じ。昔からそういう概念は存在しつづけていて、時代に合わせてそれに合う言葉が選ばれているという考えもあるのかもしれませんね。

飯間:我々は新しい言葉が出ると、古典にも近い言葉はあるのかなって探しちゃいます。

荻野:「エモい」は「いとあはれ」とか。

飯間:「ヤバい」は「いとをかし」とかですね。「チルい」は何だろう。

小野:チルいは「豊かなり」かも?

飯間:豊かなり、近いかもしれませんね。このように、「チルい」に相当する言葉は昔からあったんじゃないかと。

小野:そう考えると日本語的にも重要な概念ですね。

「チルい」の選定理由については、解説タイムの実に半分くらいの時間を割いて熱いトークが展開された。日本語としての背景や分析を知ると「チルい」が一位に選ばれた理由も納得だ。

「○○ガチャ」と「チルい」には通底するものがある?

続いて、第2位になった「○○ガチャ」の解説。「親ガチャ」という言葉を中心に、今年の後半くらいからよく取り上げられるようになった言葉だが…。

小野:「○○ガチャ」、選考委員はみんな選定するのが嫌だったんですけどね。マイナスな意味で使われることが多い言葉なので。

飯間:投稿数としては「親ガチャ」の形での応募が多かったですね。複数のテレビ局で親ガチャという言葉が取り上げられたのですが、その時期と今年の新語募集開始時期が重なったこともあったのかもしれません。

小野:学生に聞いても「あんまり好きな言葉じゃない」という声が多かったですね。

飯間:親ガチャ以外にも、子どもが良くない先生に当たっちゃう担任ガチャ、友達ガチャ、職場ガチャといった使われ方もありました。自分ではなく、環境のせいでうまくいかないというフラストレーションを抱えている人が多いのかもしれませんね。

ガチャという言葉の元々は「ガチャガチャ」、カプセルトイです。これが10年くらい前からソーシャルゲーム用語としてよく使われるようになり、さらにここ2、3年で「親ガチャ」のような文脈で使われるようになりました。

短い間に意味が変化してきた言葉として面白いですね。

小野:競争社会や格差社会などが背景にあるんじゃないか、という意味で、チルいと通底するものがありそうですよね。

飯間:いろいろなことでストレスを感じる世の中で、もう少し安息を求めたいという気持ちの表れでしょうか。

マリトッツォはブームが去っても残り続ける?

社会的な議論の余地があった1位、2位に比べて、3位の「マリトッツォ」は親しみやすい名詞。しかし「今年の新語」は、一時的に広がってすぐ消える流行語ではなく、残り続ける言葉を選ぶもの。

その視点で言えば、マリトッツォはどちらかというと「流行語」寄りの言葉にも思える。審査員の荻野さんも「マリトッツォは消える」と思って新語の候補に入れていなかったそうだ。そんなマリトッツォが3位に選定された意義とは。

荻野:私だけ消えると思って入れませんでしたが、他の選考委員の皆さんは「残る」という判断でした。

小野:マリトッツォ、こんな世相の中でちょっとホッとする言葉じゃないですか。音もカワイイし。

飯間:「トッツォ」だけとって、どら焼きの「どらトッツオ」、寿司の「寿司トッツオ」みたいな商品もありました。ハンバーガーから「バーガー」だけ取って「チキンバーガー」などいろんなバーガーが生まれたのと同じで、マリトッツォもたくさん新語を作る力を持ってきているかもしれない。そう考えると、残るんじゃないかなと。

また、これまでもパンナコッタ、ナタデココ、ティラミスなど、スイーツがドーンとブームになることは繰り返されてきました。そして、ブームのタイミングでこれらのスイーツのファンになる人が一定数いて、流行の後も地道に食べる活動を続けるんです。パンナコッタもナタデココもティラミスも、今買おうと思ったら買えますよね。

マリトッツォも、ブームが去ったあとにマリトッツォ活動をしている人の間で残るんじゃないかと。

確かに!かつてブームになったスイーツたちも、その勢いが落ち着いたあともその名前が浸透している。そう考えると、マリトッツォもまた、辞書を通じて残していくべき新語だと分かる。

実はマリトッツォ、2021年12月20日に発売予定の『三省堂国語辞典 第八版』に新語として掲載されることが決まっている。

今回のイベントで発表された語釈について、「カスタネットのように開いていない形のマリトッツォもある」ということで、実際に掲載される語釈はこの部分が変更されているとのこと。変更後の内容も気になるところだ。

個人的に気になった「有観客」

最後に、今年の新語には選出されなかったものの、筆者の個人的な印象に残ったこぼれ話をご紹介したい。

今年の新語選考では「五輪関連の言葉が選出されなかった」ことが、選考委員の方の間でも話題になったという。ただ五輪に関連する言葉として、今年の新語にランクインするのでは?という予想が多かった言葉に「有観客」がある。

ランキングに選定されることはなかったものの、選考委員の皆さんいわく、「有観客」という言葉もまた日本語として注目すべきポイントがあるという。

飯間:これまで「観客」はいることが当たり前だったので、あえて「有観客」とは言いませんでした。

たとえば「和服」という言葉は、かつてみんなが着物を着ていた時代にはありませんでした。和服という言葉は、洋服があるから出てきた言葉なんです。それと同じで、有観客も新型コロナの影響で「無観客」という状況が生まれたからこそ登場した言葉だと言えそうです。

山本:携帯電話が出てきたことで「固定電話」という言葉ができたのもそうですね。

小野:言語学的には二つの言葉のうちどちらが目立つか、重要かという視点でマークする有標・無標という考えがあります。

客がいることが普通の時は、客がいない「無観客」のほうが有標(一般性が低く、特殊)。ところが客がいないことが普通になると、今度は人がいるほうが有標になるから「有観客」…あれ、これ(言語学的に)面白いぞ(笑)。

山本:有観客を今年の新語の11位くらいにしてもいいかもしれませんね(笑)

こんな感じで、言葉のプロフェッショナルたちが、それぞれの専門領域からの議論を交わし合いながら今年の新語を選定している様子が伝わるトークセッションだった。ああ本当に面白かった。

三省堂の公式サイトには、今回の新語の詳しい選評も公開している。今回紹介できなかった言葉の選定理由についても読めるので、気になった人はのぞいてみては。

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