漫画家志望だった父が「敗戦間近の日本」を描いたスケッチのクオリティがすごい!娘の作家・小手鞠るいさんに背景を聞いた

お父ちゃんの絵を基に小説が生まれた
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著書『アップルソング』でも描かれた「岡山無警報空襲」の様子

小説家の小手鞠るい(@kodemarirui)さんがTwitterに投稿した「お父ちゃんのスケッチブック」が話題になっている。

漫画家志望だったというお父様のスケッチブックには、戦時中の生活に関する記録が、分かりやすいイラストとともにつづられている。こちらは、お父様が戦後数十年経ってから、当時の記憶を基に描いたもの。

小手鞠さんは、ご自身の小説『アップルソング』(ポプラ社)冒頭を書くにあたり、このスケッチブックを参考にしたという。

小手鞠るいさんに、スケッチブックにまつわるエピソードを詳しく聞いた。

こちらのページは、敗戦直後の日本の様子が

お父様がアメリカまで送ってくれた6冊分のコピー

スケッチブックは、お父様がいつ頃書かれたものですか?

これらの絵は今から20〜30年前くらい前、父が60代〜70代の頃に、少年時代の記憶を基にして描いたものです。定年退職後にいわば自分の楽しみのために、それまでの半生を振り返りながら描いたそうです。

初めてご覧になったのはいつごろでしょうか?

初めて見たのも、20〜30年くらい前です。

「こんなのを描いたんだけど、おまえ、見てみるか?」

と、父が全6冊にも及ぶスケッチブックをコピーして、アメリカまで送ってくれました(注:小手鞠るいさんはニューヨーク在住)。

父からはいつも漫画入りの手紙を貰っていたので、絵と文章は私にとっては非常に見慣れたものでした。けれども、戦前・戦中・戦後の父の生き様を、まとまった形で知ることができたのはこれが初めてのことだったので「わあ、こんなことがあったんだー」と、驚きました

お父様は、戦後どのような道に進まれたのでしょうか

NTT(当時は日本電信電話公社)に就職して定年まで仕事をしていました。その間、漫画は趣味としてずっと描いていました。NTTの社内報とか、地方紙の4コマ漫画など、依頼があればときどき描いていたようです。

現在91歳になる父は、視覚障害のある90歳の母の介護をしながら、実家で楽しく暮らしています。

お父様のスケッチブックの画像をTwitterに投稿されたのはなぜですか?

エッセイ集『お母ちゃんの鬼退治』(偕成社より2022年9月20日に刊行予定)の装丁(カバー・本体)や本文中の挿絵・巻末の口絵ページなどに、父の漫画をたくさん載せることになりました。

そのこともあって「じゃあTwitterで父の絵でも紹介してみようかな」と軽い気持ちで投稿しました。時期がたまたま8月だったこともあり、戦時中の体験の絵なんかどうだろう、と。

『アップルソング』を気に入ってくださっている人はとても多いので、読者の方にも喜んでいただけるかなと思いました。

お父様のイラストがたくさん使われた、新刊「お母ちゃんの鬼退治」

スケッチブックを参考に描かれた作品の数々

小説『アップルソング』は、第二次世界大戦のさなか空襲のがれきの下から救い出された赤ん坊がアメリカに渡り、報道写真家として世界の戦争・紛争の中で生きる姿を描く重厚な物語だ。

スケッチブックを見てから読むと、圧倒的描写力の理由がわかる(Amazon.jp

 

『アップルソング』の執筆にあたり、スケッチブックのどんな点を参考にしたのでしょうか

ツイートにも書いた冒頭の場面が、まさに父のスケッチブックを基に書いたシーンです。登場人物・鳥飼希久男の戦争体験と、彼が岡山の空襲の焼け跡から赤ん坊を救い出すシーン。そしてそのあとの戦後の話。単行本ですとP7の「ザッザッザッ…」という行進の足音から始まる場面です。

希久男のエピソードはすべて、父のスケッチブックが基になっています。上記の部分を読んでいただくと、父の絵がそのまま文章化されていることがよくわかるかと思います。父のスケッチブックがなかったら、『アップルソング』は生まれなかった、とも言えます。

「主人公は焼け跡から救い出された女の子である」という私の着想を文章にするためには、父の絵が必要でした。

お父様のスケッチブックが反映された作品は、ほかにありますか?

『アップルソング』・『星ちりばめたる旗』(ポプラ社)・『炎の来歴』(新潮社)の三部作は、父の絵を基にしています。

戦争に青春を奪われた父への想いは、この場ではとうていまとめられないので、ぜひ上記の三作を読んでみてください。 

作家・小手鞠るいさんの創作背景には、「お父ちゃんのスケッチブック」という血の通った貴重な参考資料があった。

また小手鞠さんは、ツイートに寄せられたリプライから、スケッチブックに描かれている戦闘機「グラマン」の正確な機種名を知ったり、イラストの説明の中に登場する「天変地異」という言葉は「驚天動地」のほうが正しいのでは、という指摘を受けたことにとても感謝しているとのこと。

リアルな証言に基づいた戦争体験記や、お父様のイラストが気になった人は、小手鞠さんの作品を手に取ってみては。

記事中の画像付きツイートは許諾を得て使用しています。
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書いた人
中野ようす

野生のフリーライター。本とお笑いを摂取し日陰で眠り、たまには濡れた犬の匂いが嗅ぎたい。Twitter:@nakano_books