編集部イチオシ

大長編・映画ドラえもんについてアレコレ語ってる

大長編・映画ドラえもんのことを色々しゃべってます。 以前にも似たようなことが…→2013年1月30日「大長編・映画ドラえもん論」〔http://togetter.com/li/447658
マンガ 大長編 ドラえもん
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今回の始まりはM1529Aさん

M1529A @M1120A
F先生逝去後の劇場版ドラえもん作品がどれも抱えてる問題点は「主題が純粋な欲求に基づいていない」こと。恐竜育てたいとか、遠くの宇宙と部屋が繋がったらいいのにとか、プラモに乗り込んでドンパチやりたいとか、夢を叶えることが創作の動機になってないところが魅力を大きく削いでいる。
M1529A @M1120A
話として、商業作品として成り立たせるのに好都合なものばかりが主題になっているのが気になる。逆にF先生の時は作品としては半ば破綻していても、叶えたい純粋な夢や熱意を感じ取ることができたし、それが合致すれば細かいことなんて気にせずに楽しむことができた。
M1529A @M1120A
藤子・F・不二雄という作家、いや人そのものを成り立たせていた原動力にあたる強力な動機を提供、あるいは見出すことのできる先導役がいないのが問題なのだと言える。お話として綺麗に作ることを優先しすぎているのが良くない。
M1529A @M1120A
作品ありきで主題を決めるのではなく、「これがやりたい」という主題の実現のためにドラえもんという作品を使うことができるような強烈な作家性を持った人が必要。これはうる星やつらにおける押井守のようになる可能性もあるわけだけど。それを抑えられるか否かはプロデューサーの腕前だ。
M1529A @M1120A
もちろん絶対的な頭脳たる作家抜きにシステム的にF先生という人をシミュレーションする方法もある。ただしそれは作家を見出すより金も時間も掛かる可能性があるし容易な道じゃない。作家性を捨てて作品ありきでシステマチックな製作を志向してもピクサーなどハリウッド作品の後塵を拝するだけになる。
M1529A @M1120A
多彩な物事に興味と知識を持った作家性のある指導者を迎え入れるか育て上げるのが一番現実的な道のような気がする。まあジブリという失敗例が既にあるけど。
M1529A @M1120A
企業の社内システムなんか典型だが、何で我が国のビジネスの場は総じてメインフレーム志向になってしまうんだろう。オープンシステム化、そして更には仮想化までやろうという気がない。藤子・F・不二雄や宮﨑駿という強力なメインフレームをオープンシステムに移行しようという試みがあってもいい。
M1529A @M1120A
「夢をかなえる」ことが主題か否かという面でいえば『ひみつ道具博物館』はいい線をいっていた。でもひみつ道具そのものが夢を実現する装置であることを思えば、その装置を使うことが主題になってしまうのは些か二次創作的すぎるきらいがある。道具で何を叶えたいか、が目的でないとね。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
劇場版ドラえもんじゃない。映画ドラえもんだ(

一応重要ですので……w

M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
ぶっちゃけFセンセほど強力な牽引者はいないと思う。というかFセンセがいない今、残された人々にそれを求めるのは酷かもしれない…文句は言うけどw
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
芝山監督、渡辺監督、寺本監督のインタビューなどを読むとどうやら企画プロットは藤子プロから出され、それを映画に仕上げるのがアニメスタッフというように感じるので、発端からどうにかする決定権は監督とかにはないと思う。あくまでお題の材料で料理を作り、そこに隠し味やこだわりを投入するのみ
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
宇宙漂流記メイキングブックでは芝山監督が南海から藤子プロと自身の共同作業と語ってました…。シナリオを藤子プロで作る段階から参加と…。みんなで原作マンガのシナリオを作り上げてから絵コンテだそうです。失礼しました。 twitter.com/macchi_bou/sta…
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
宇宙漂流記の後半部分はFセンセの遺したシノプシスが使われている模様。フレイヤの元ネタ覚え書きだけではなかったのか
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
南極カチコチ大冒険ももしかしたら藤子プロの作ったプロットが元にあるのかもしれない。しかし今回は監督・脚本が高橋敦史さん兼任。なんだかここにいつもと違うものを感じるのだ。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
強力なFセンセの作家性ゆえに破綻とか許されるとしてもFブランドを持たない残された人々がそんなこと出来るわけがない(しかし、しちゃったりするw)。続けて行くには商業として成り立たせなきゃいかんし、お話として綺麗に作ることが優先となっていく。これはFセンセが生き返らないと無理。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
それにFセンセの作品ですら晩年の大長編やアンドロ氏にとやかく言う人はいたりするので、「純粋な欲求から作品を生み出す」という作り方は現代において形を変えざるを得ない。商業的と言われても、企画が始まるソコには会議をする残された人々の「純粋な欲求」はあるのだと思う(空回りしていても)。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
我々がどんな評価をしようとも、歴代の監督やスタッフたちがそれぞれが作り上げてきた作品には「これがやりたい」をビンビンに感じますよ。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
私の中でFセンセ亡き後、「「これがやりたい」という主題の実現のためにドラえもんという作品を使うことができるような強烈な作家性を持った人」の究極に近いのは渡辺歩監督。そこから生まれたのがあの怪作・緑の巨人伝。アレコレ言われてますが渡辺監督のムラムラを感じます。
M・スティックマイヤー(まっち) @Macchi_bou
ムラムラについては「この人に話を聞きたい」の渡辺監督インタビューを参照。
M1529A @M1120A
そう、『緑の巨人伝』は正直言って超が付く駄作だと思うけど創作上の心構えとしては一番面白い作品だった。
き~わ~ @kiwaPW
大長編ドラえもんは「俺の好きなモンをくらえ」だからもっと好き勝手やっていいよ
テリー・ライス @terry_rice88
のび太の「あれがしたい」とか「こういうのがあったらいいなあ」、というのではなくて映画として用意された物語にぶち込まれる感じの作為的な印象は割りと拭えない一方で最後の二作品で物語的な問題点をかなり解消したって言うのが自分の思うところ<大山ドラ最末期の大長編
テリー・ライス @terry_rice88
わさドラになって以降は、割とロングスパンで人材が熟成されなきゃいけないんだけど、色々トラブルや促成栽培的になっちゃって、人材がうまく育たない状況が初期にずっと続いてたって印象。その中で寺本さんの成長がある意味、突破口になってる感じだよね・・・。
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コメント

玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2016年7月16日
ジブリはいちばんのトップが下から上がってくるのを潰してきたからなぁ……才能ある上の人間が「それじゃダメだ、俺がやる」だと下は育たないから引継ぎもできないよ……
大田康湖 @ootayasuko 2016年7月16日
トゥギャトピ!の見出しがあおり気味なので身構えたが、内容はいたって真面目で前向きなので損していると思う。
叢叡世Степин Будимир @kusamura_eisei 2016年7月17日
今の映画ドラえもんってストーリーの切り貼り感があるんだよなあ。
ユーセ コーイチ @ko_iti30 2016年7月17日
絵を描くことをやめたディズニーがいないディズニーとハードをつくれないジョブスのいないアップル社の動向を多少なりとも知っていると、これは「イノベーションのジレンマ」と同じ問題かも。回避策としては「みんなで」より「ひとりで」アイディアやプロットを組んで制作する方法しか思いつかないけど、難しいだろうな。「誰にゆだねるのか?」でモメそうな気がする。
ユーセ コーイチ @ko_iti30 2016年7月17日
別の回避策としてはF氏のドラえもん以外の別の著作物(例えば『ミノタウロスの皿』とか)をベースに映画として組み立てる案も思いついたけど、これまた出版社の思惑でモメそうな……
初瀬 神楽 @Kagura_d34272 2016年7月17日
クリエイターの評価をするときに「後継者を育ててるか」のウエイトをもうちょっと社会的に高めないといかんのかねぇ
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年7月17日
ジブリやドラえもんは看板も予算も重すぎて結果を重視せざるを得ないのよ…億単位の金が動くプロジェクトを「育てるため」といって重要なとこを任せるのはかなり勇気がいる
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年7月17日
ko_iti30 そこは会社として人材育成を考えればいいことであって、わざわざF作品縛りは必要ない気がします。F関係の仕事以外はしないわけでもないだろうし
ユーセ コーイチ @ko_iti30 2016年7月17日
確かにそうです。『ドラえもん』に拘りすぎました。
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