自白の真偽と後期クイーン的問題

全て人工的手掛かりだけで埋め尽くされた世界において、フェアな探偵小説を構成する事は可能か
1
@quantumspin

まとめを更新しました。「操りと後期クイーン的問題」 togetter.com/li/978690

2016-05-29 10:33:48
@quantumspin

『シャム双子の謎』について法月は『クイーン父子は物語の早い段階で真犯人の正しい自白を手に入れながら、終盤までその真偽を決定できない。二種類の虚偽のダイイング・メッセージが織りなす自己言及的なループによって、謎解きゲーム空間の内部に決定不可能なパラドックスが生じているため』と言う。

2016-07-18 06:41:49
@quantumspin

しかし、本作で描かれるのは、自白の真偽を決定できないというような状況ではないだろう。実際エラリーは、偽のダイイング・メッセージに基づき、自白を偽と決定しているからだ。本作でクイーンが問題にしているのは、真犯人の自白と言う、真の手掛かりをエラリーが素直に真としなかった事にあると思う

2016-07-18 07:06:50
@quantumspin

『シャム双子の謎』では、偽ダイイング・メッセージの存在が、真犯人の自白を偽と判断する根拠となっている。しかし、自白の真偽とダイイング・メッセージの真偽とは無関係だろう。それにもかかわらずエラリーが自白を真と判断しなかったのは、本格ミステリにおける自白の扱いにあるように思う。

2016-07-18 09:43:08
@quantumspin

本格ミステリにおいて、仮に真犯人が、現場に『犯人はXX(自分自身)』というメッセージを残したとする。このメッセージは偽手掛りではない。しかし、それにもかかわらず、真犯人を指名する証拠を真犯人自身が作り出してしまうと、探偵がその証拠を素直に信じるという事は難しいのではないだろうか。

2016-07-18 09:44:06
@quantumspin

探偵は、合理的犯人が自ら罪を認める筈がないと考え、真犯人の真意を探ろうとする。自白の取扱いもこれと似たような状況にある。真犯人が『私が犯人です』と述べた時、探偵は、その発言の真意を考え、真犯人が自白するのはおかしいと判断する事がある。これは偽手掛りなき後期クイーン的状況と言える。

2016-07-18 11:26:38
@quantumspin

後期クイーン的問題において偽手掛りは必要条件ではないし、『シャム双子の謎』以降クイーンが追求していた問題も証拠の真偽をめぐる問題ではない。これら文脈でおそらくより本質的であるのは、繰り返しになるが、人工的手掛りに込められた意図の解釈を唯一に定める事ができないという事にあると思う。

2016-07-18 11:34:20
@quantumspin

『ギリシア棺の謎』において、犯人は人工的手掛りを自然の中に隠蔽する。人工物は自然を模倣する事で、探偵の認識を撹乱させる。しかし本作で人工物に込められた犯人の意図は最後まで問題にならない。探偵は、人工的手掛りを設置可能な人物を犯人の条件とする事で、挑戦形式を際どく成立させるのである

2016-07-18 18:50:33
@quantumspin

『ギリシア棺の謎』と対照的に、『チャイナ橙の謎』では、犯人は自然的手掛りを膨大な人工物の海の中に隠蔽する。その結果、どの手掛りが人工物で、どの手掛りが自然物であるかを探偵が識別する事が困難になるばかりか、人工物に込められた犯人の意図が、終始探偵の推理の中心となっていく事になる。

2016-07-18 19:00:27
@quantumspin

クイーンが『チャイナ橙の謎』で試みたこの設定は、ひとつの興味深い問題を提起する。すなわち〝全て人工的手掛かりだけで埋め尽くされた世界において、フェアな探偵小説を構成する事は可能か〟という問いである。『チャイナ橙の謎』において提起されたこの問いは、しかし同作中で答えられる事はない。

2016-07-19 21:16:08
@quantumspin

探偵を取り巻く世界を、全て人工的手掛りだけで埋め尽くす一例として、犯人が神である場合を考える。神は探偵の存在する世界全体の創造主であるばかりか、自らの意志でこれを改変でき、その改変の証拠は残ってはならない。改変の証拠は自然的手掛かり故、人工的手掛りだけの世界からは除外されるからだ

2016-07-20 19:20:34
@quantumspin

神が創造した世界内存在である被害者に対し、神自身が殺人行為を行った場合、この探偵小説がフェアである為には、被害者と同じ世界内存在である探偵に、創造主たる神こそが唯一可能な犯人であると推理させる、という犯人の唯一の意図を込めた手掛りを、神自ら創造しなければならない、という事になる。

2016-07-20 20:02:03
@quantumspin

このために、神は自ら世界内存在となり、世界内法則に則り殺人を行う事になる。神が世界内法則を逸脱してしまうと、探偵は世界内法則に基づく推理が行えず、フェア・プレイ原則に反してしまうからだ。ここで、探偵が神の存在や力を認識できていなければ、探偵にとっては通常のミステリと同じに見える。

2016-07-21 20:43:21
@quantumspin

世界が神の創造したものであり、この創造主こそが犯人である事実が、終始、作品内には現れてこないのである。一方、探偵が神の存在や力を認識できているなら、探偵は、何故神は自身の絶対的な力を駆使し犯行を隠蔽しなかったか、について疑問を持ち、神が犯人であるという事実を信じないのではないか。

2016-07-21 20:56:01
@quantumspin

これは、冒頭で述べた偽手掛りなき後期クイーン的状況そのものである。いずれにしても、フェア・プレイ原則に忠実な探偵小説においては、探偵は犯人の意図に辿り着く事は出来ない。という事は、何のために神がわざわざ世界内存在となってまで被害者を殺害したかについて、作中で知ることはできない。

2016-07-23 08:58:35
@quantumspin

犯人が自分自身を名指しするような意図が込められた手掛りをフェアとみなすなら、全て人工的手掛かりだけで埋め尽くされた世界において、フェアな探偵小説を構成する事は可能であろう。この場合、犯人の自白に疑問をさしはさんではならない。どんな不合理な状況であってもと、自白を信じるべきなのだ。

2016-07-23 09:09:59
@quantumspin

このルールの下では、『シャム双子の謎』ですらフェアな探偵小説とみなされる。犯人が自白しているからだ。クイーンは読者への挑戦状を意図的に省略したが、犯人の自白後に挑戦状を挟むと面白かった。読者は犯人の自白を真の手掛りとして許容できるだろうか。クイーンはフェアとは見なかったわけだが。

2016-07-23 09:24:48
@quantumspin

「美学と後期クイーン的問題」をトゥギャりました。 togetter.com/li/1006636

2016-07-31 19:09:15