イミルアの心臓#1 遺失物の館◆1(2016加筆修正版)
_灰土地域の北方には知る人ぞ知る観光名所があった。人類帝国に服属する都市国家で、その街は忘却の街と呼ばれる。 交易路から外れ交通の便もなく、多くの観光客が来るような街ではない。だが、その街を訪れることを熱望するものは少なからずいた。その街には巨大な館があった。 1
2016-07-28 20:11:16_その館は遺失物の館と呼ばれ、増改築を繰り返した館の中に無数のがらくたが納められていることで有名だった。不思議なことに、その館を訪れた観光客は納められたがらくたの中に昔失くしてしまった大切なものを見つけるという。 2
2016-07-28 20:16:02_観光客はそのがらくたを自由に持ち帰っていいことになっている。それならばいつかがらくたが無くなってしまいそうなものだが、いくら観光客たちががらくたを持ち帰っても尽きることはなかった。 毎年少ないながらも観光客が訪れ、それぞれ大切なものを取り戻していった。 3
2016-07-28 20:20:11_ちょうど冬に差し掛かる木枯らし吹く11月だった。観光客のフィルとレッドはコートを羽織り、忘却の街の大通りにいた。通りかかるひとの少ない、寂れた大通りに。 固く扉の閉ざされた商店、営業しているのか分からない喫茶店。 「さすが穴場観光名所。いい感じに寂れているね」 4
2016-07-28 20:24:44_レッドは通行人の少ない商店街で呟いた。青いコートと緑のマフラーを着込むのはフィル、赤いコートと茶色のマフラーを身につけるのはレッドだ。フィルは背が高く、レッドより痩せているように見える。 野良犬が餌を求めて右から左へ歩いて行った。 5
2016-07-28 20:29:28「普通は東の方からモスルートに行っちゃうひとが多いですから。わざわざ西からモスルートに入る僕らみたいなひとはこの街に用がなけりゃ来ないですよ」 フィルは手を擦り合わせて寒そうにしている。商店街を突き抜けるように寒風が過ぎていき、風の音しか聞こえない。 6
2016-07-28 20:34:05_街は木造の家が多く、雪に耐えられるようにした角度の急な屋根が特徴的だった。小さな窓も冬支度が終わり、雪で割られないよう木の板で補強されている。 「観光名所だというのに屋台の一つも見えない……」 レッドは残念そうに街を見渡している。開いている店すら見当たらない。 7
2016-07-28 20:40:04_二人はしばらく街を歩く。商店街の隅、ボロボロになった観光案内所を見つけた。入口が完全に板で封鎖されている。 「おいおい、年越し休業にはまだ早いぜ」 「奇妙ですね……いくらなんでも」 ふと気付くと、陰から黙って手招きしている男が見える。暗いスーツを着て労働者風の佇まい。 8
2016-07-28 20:45:26「あのう、すみませ……」 フィルが声をかけると、男は口に指をあて黙れのジェスチャーをして、やはり陰から手招きを続ける。 「事情ありそう」 フィルとレッドは顔を見合わせ、男のもとへ行ってみることにした。男は二人を路地裏に誘い込み、小声で囁いた。 9
2016-07-28 20:50:28「おたくら観光客だろ、悪いことは言わない、今すぐこの街から出るんだ。俺は以前この観光案内所で働いてたもんだ。いまはかなり事情が違う……観光客狩りが行われているんだ。市長自らな。命が惜しけりゃさっさと逃げたほうがいいぜ」 10
2016-07-28 20:57:47【用語解説】 【人類帝国の版図】 人類帝国に皇帝は存在しないが、無数の都市国家を支配する権力を持っていることから帝国を名乗る。これは旧エシエドール帝国が成し遂げた支配体制をそのまま受け継いだもの。実質的な本土は超巨大都市「帝都」のみであり、植民地を抱える大英帝国のイメージに近い
2016-07-28 21:04:52