イミルアの心臓#3 抜け落ちた心臓◆2(2016加筆修正版)
_市長は闇の中でもがく。 「何故だ……何故、イミルアは私に巡り合わなかった。私は彼女に巡り合えたのに、何故二人は交わらなかったんだ……」 鎧の脱出機構を作動させると、彼の身体は闇の中へと放り投げられ、そのまま奈落へと落下していった。 71
2016-08-05 19:47:25『それがルールだ』 誰かの声。市長は怒りで充血した目を奈落の底へと向ける。そこにはぼんやりとした光があった。 「何がルールだ」 『わたしの決めたルールだ』 市長はジャケットを脱ぎ捨て、拳を振りかざす。 「ルールが何だというのだ」 72
2016-08-05 19:53:18_固く握りしめた拳が震える。 「お前が勝手に決めたルールだろう、それは! 私は……街の誰から軽蔑されても構わない。私は……俺は! イミルアに唾を吐きかけられても構わんのだ! 俺自身がイミルアに相応しい男になればいいだけであろう! くだらないルールでどうして俺を縛る!」 73
2016-08-05 19:59:51『やめろ……その感情は強すぎる……』 「女のことを忘れ去った男が、今更取り戻しに来て何なんだ! その何十倍も俺はイミルアのことを思っていたよ! 館をギルドに売り払い、解体する商談も進んでいる! 失った観光収入を取り戻せる、だから――」 『や、やめ……』 ―― 74
2016-08-05 20:09:10_フィルとレッドは地下へと潜っていった。いくつもの扉をくぐり、分かれ道を過ぎる。 進む方向は完全にカンに頼っていたが、何か導かれるようなものを感じる。フィルとレッドは闇の中螺旋階段を延々と降りていった。やがて二人は壁や床がセラミックプレートで覆われた部屋へと辿りつく。 75
2016-08-05 20:14:55_無数のシャワーノズルやバルブが壁に設置されている。どうやらお風呂場のようだ。空の湯船が朽ちて転がっていた。魔力の霧がたちこめ、それは魔法陣特有の流動性をもって渦巻いている。 レッドは薄暗い部屋の奥に人が立っているのに気付き、どきりと立ち止まった。 76
2016-08-05 20:21:03_酷く冷たい部屋。その部屋の奥に立っていたのはカラールだった。湯船の一つを見つめたままじっとしている。 「お隣、よろしいですか?」 フィルはカラールに声をかけた。するとカラールはゆっくり振り返って微笑む。 「やぁ、君たちも来ていたのか」 77
2016-08-05 20:30:26_フィルとレッドはカラールに近づく。 「忘れ物、見つかったかい?」 「半分はね」 カラールの目の前にある湯船……はたしてその中には、一人の美少女がその身を横たえていた。ボロ切れのドレスを身に纏い、手を組んで死んだように眠っている。 突然裸電球がチカチカと明滅した。 78
2016-08-05 20:35:20「このひとがイミルアかい?」 フィルはカラールに問うてみた。カラールは黙ってゆっくりと頷く。そしてイミルアの胸を指差した。指差した先、彼女の胸はパズルのピースが抜け落ちたように四角くパーツが抜け落ちていた。血は流れておらず、断面は暗黒が渦巻いている。 79
2016-08-05 20:41:52「彼女には心臓が無いんだ」 そう言って肩をすくめた。カラールはイミルアを探してこの館へと来たという。しかし、心臓が無くては意味が無い。そうどこかもの哀しい顔で言った。イミルアの顔は蝋人形のように生気が無かった。 「心臓が無いから、彼女を持って帰れない」 80
2016-08-05 20:46:20【用語解説】 【魔力の霧】 魔力ガスが充満している空間に、液体に相転移した魔力の粒が浮遊している状態のことを指す。魔力の濃いダンジョン等で見ることができる。しかしいくら魔力の密度が濃くなっても、人体に吸収されて代謝するためには感情が不可欠なので、利用し放題というわけではない
2016-08-05 20:52:27