異世界からの帰還兵

9
渡辺さん @wiwawiwiwowe

早朝、まだ通勤客もまばらな駅前に異様な一団がいた。みな薄汚れた風体だが誰もが剣呑な雰囲気をまとっている。 程なくトラックが乗り付け、荷台に立った男が叫ぶ。 「魔王征伐! 剣と魔法の世界! 日当3万! 10人まで!」 無言で荷台に乗り込む男たち。彼らはこれから世界を救いにいくのだ。

2015-09-04 10:24:24
渡辺さん @wiwawiwiwowe

異世界を旅している間は煩わしいことを全て忘れられた。得物を振るい、敵を倒し、そして感謝される。それだけで全てが満たされた。 元の世界で定職に就いたこともあったが長くは続かず、気付けばまた異世界を救う旅に出ている。 それでもここに帰ってくる理由は、娘の存在とその養育費だけだった。

2015-09-04 10:40:44
渡辺さん @wiwawiwiwowe

ワンカップを手放さない老人がいる。彼などはこの世界で最も不要な才能、あらゆる世界を見渡しても並ぶもののない魔法の才を持つ男だった。 「じいさん、また一緒になったな。向こうに着く前に酒は抜いてくれよ?」 「これは飲み納めよ。向こうじゃ酒がなくてもやっていけるのは知ってるだろ?」

2015-09-04 11:06:12
渡辺さん @wiwawiwiwowe

気付くと風景は見たことのない木々の森に変わっていた。 環境の変化に気付いた老人は何やら呟き始め、しばらくして彼の身体が輝きだす。 「おう、おう、ここの魔法の仕組みはわかったぞ。5つ前の砂漠世界と良く似ておる!」 先程までと打って変わって自信溢れるその姿はまさに大魔法使いだった。

2015-09-04 11:29:50
渡辺さん @wiwawiwiwowe

今回の“出稼ぎ”は楽な仕事だった。現地で案内役に雇った少年たちが頭角を現し、魔王と対峙する頃には勇者たちと立派に肩を並べて戦ったのだ。 魔王を討伐した今、彼らは偉大な英雄となった。これからもこの世界の守護者になるのだろう。そして勇者たちは彼の伝説の一部として語り継がれるのだ。

2015-09-04 17:12:07
渡辺さん @wiwawiwiwowe

鬱蒼と茂る森に帰りのトラックはあった。 荷台には既に10人のうち9人が乗っている。残る1人も生きていたら一緒にいただろう。 「今回も残る奴は無しか」 「なんだかんだ向こうの方がいいからな」 「戻ればただの無職なのに?」 「そりゃあお互い様だろ」 森の中に自嘲気味の笑いが響いた。

2015-09-04 17:16:44
渡辺さん @wiwawiwiwowe

とうに終電の終わった駅前にトラックが停まった。 ノロノロと降りる勇者たちに案内の男がぶ厚い封筒を手渡していく。命を懸けて得た報酬だが、誰も中身を確かめることなくポケットに突っ込んで無言で立ち去る。 命を懸けるには安過ぎるがそれでも大金だ。なのに次の募集にはまた全員集まるのだろう。

2015-09-04 17:28:56
渡辺さん @wiwawiwiwowe

コンビニの新聞で日付を確かめる。 出発してからちょうど2ヶ月が経っていた。それだけ確認すると封筒から数枚だけ万札を抜き、残りを全てATMから娘の口座に入金してしまった。 ーまたどこかの世界が危機に陥るまで生きられれば、それでいい。 男は今晩の寝床を探して街の暗がりに消えていった。

2015-09-04 17:47:52