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泣き不動縁起絵巻の晴明の祈祷の様子は、はたして泰山府君祭を描いたものなのか。

泣き不動縁起絵巻には、安倍晴明による泰山府君祭を描いたものとされている。しかし祭壇の回りに奇妙な物の怪が集まっていることもあって、本当に泰山府君祭なのか疑問に思っていたとろ、『泣き不動縁起絵巻』で有名な清浄華院のアカウントの方から丁寧な説明を頂いたのでまとめてみた。
人文 安倍晴明 陰陽道 泣き不動縁起
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北斗柄@生涯六壬者.多分 @hokutohei
『「泣不動縁起」の晴明祈祷場面』『泰山府君祭』管見するに、泣き不動縁起の祈祷を泰山府君祭と見るのは苦しいと思う。 / “日誌編纂室@清浄華院さんのツイート: "10月のイベントは「泣不動縁起」の晴明祈祷場面を再現してみ…” htn.to/HHYqNE4r #陰陽道
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
こんにちは。初めまして。 泣不動縁起の泰山府君祭、いろんな要素が抜け落ちている或いは違っている、という事もあるとは思いますが、あまり積極的に否定できる要素もないように思いますが・・・なぜ苦しいと仰るのかご教示頂ければ幸いです。 twitter.com/hokutohei/stat…
北斗柄@生涯六壬者.多分 @hokutohei
@hensan_jozan 拝復、登場人物に泰山府君と思しき神もいなければ、寿命の延ばしたい三井寺の智興内供も見当たらない、の2点です。異形の輩は疫鬼の類ではないでしょうか?
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei 昨日ご返信しようしようと思いながらうとうとしてしまいました。ご返信有難う御座います。昨日からの一連のツイートをみて頂ければと思いますが、泣不動縁起はもともと泰山府君のお話しだった事などから、物語上は晴明が施した修法が泰山府君祭であると思って良いと思います。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei 絵画上では、組まれている祭壇は古い泰山府君祭の祭文「都状」に登場する供物などが並べられているようすで描いた者も泰山府君祭を意図して描いたと思います。ただ他の場面に出て来る護摩壇などを見ると、かなりぞんざいに描かれており、推して知るべしと言うところはあります。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei 祭壇の前にいるモノノケは昔から議論がありまして、ミサキとかアラガミと呼ばれるような、雑神、霊のようなものとされています。彼らは修法の邪魔をする事があるので、修法中に彼らに施しをする場面があったりします。智興を殺そうとする疫神ではないと思います。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei むしろ疫神は智興が起き上がる場面に登場していて、赤い衣をなびかせ、ドクロのような冠を被る禍々しい姿で描かれています。赤は疫神の象徴としてよく見られます。一方、祈祷場面の雑神はどこかコミカルであり器物の霊ツクモガミであるような描写も見られます。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei 祈祷場面に智興証空がいないのは、当然と言えば当然で、泰山府君祭は外でやる儀式で、施主がその場に居ないことも多く、現場には施主の依り代として撫物を用意して行ったそうです。施主のが着物だったり鏡だったり。それは最終的に陰陽師に対する御礼として授けられたようです。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei 室町時代に入って曽我物語くらいになると陰陽道の衰退もあって晴明や修法の描写がかなり怪しくなります。晴明が不動を拝み、その場に居る証空を数珠で撫でてお加持する。こうなったら泰山府君祭ではないですけどねぇ・・・
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei ただやはり絵巻に描かれている祈祷は泰山府君祭、という事でよいのだと思います。鎌倉時代の東博本「不動利益縁起」を蹈襲していますし。否定する要素があまりありません。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@hokutohei しかし断言できる程、泰山府君祭を復元できるような明確な史料も残っていない事も確かで、よく似た別の祭りだ、とも言えないことはないでしょうが、物語のほうに泰山府君祭と出て来る以上あまり意味がないでしょうね。

件の祈祷の様子について、日誌編纂室@清浄華院(‏@hensan_jozan)から追加のtweet

日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
泣不動縁起説話の中で基本的に晴明が行うのは「泰山府君祭」ということになっている。それは説話の原型が晴明の験力の高さを伝えるものであり、彼が祭る泰山府君の霊験を主張するものだったからだ。不動尊が登場してからも基本的にその点は変わらない、変える必要かないからだ。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
晴明と泰山府君の霊験が強ければ強いほど、不動がすごい、という話になるからだ。陰陽道を極めた晴明が、延命の御利益で知られた陰陽道の最高神・泰山府君を祭っても変えられない死という運命を、不動が変える。という流れでなくては晴明は病を消すことができず、ただ移し替える非才の人になってしまう
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
最高神なのかどうかはとりあえずおいておくが。人口に膾炙した代表的な神ではあっただろう。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
ところが、さらに時代が下ると、晴明は不動尊を祭って命の取り換えをするようになる。曽我物語あたりから。おそらく泰山府君がややこしいので登場させたくないというのと、後半で突然不動尊が登場する唐突さを避けたかったのだろう。晴明が出てくれば十分ということになったのだろう。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
江戸時代になると泣不動を本尊に、晴明が観音(33か所)を祭って祈願するという話になったりする。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
曽我物語なんかは唱道文学で語り物だった。登場人物は少ないほうがわかりよいし、相手は庶民なんだら難しい神様をだしても仕方がない。江戸時代も陰陽道そのものがすたれた、晴明の伝説化が進んだ、大衆受けしやすい物語構成が求められた、といったことから、泰山府君は舞台から降りてしまったんだろう
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
…という変遷を経ているとはいえ、室町時代以前の諸本は基本的に晴明は泰山府君を拝んでいるし、鎌倉時代の東博本「不動利益縁起」は都状に登場する供物の類がしっかりと描かれていて泰山府君祭をしていると判断できる。そして清浄華院本「泣不動縁起絵巻」は明らかに東博本の場面構成を踏襲している。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
もちろん、絵として足りないものはあるし、そもそも祭儀の細かい部分が伝わっていないので、完全にそうだとは言いづらい。しかし絵巻の絵なんてそんなものだ。証空が不動を拝んでいる場面の護摩壇なんて、知識があるものからしたらひどいもんだ(笑)イメージでしかない。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
とはいえ、泰山府君祭のイメージであることには間違いないだろう。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
で、あの場面でいつも話題にあがる物の怪だが、あれはあまり意味がないと思う。飾りでしかない。あえて意味を持たせるなら修法に群がる雑神だろう。修法をする時は、本尊を呼ぶ前後に、土地神や雑神に邪魔されないように彼らを供養する作法が大体伴う。神供というやつだ。それに群がってる雑神だろう。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
祈祷場面の物の怪は修法に集まる物の怪は物語とほとんど関係がない。彼らは修法に群がる雑神だ。晴明が拝んでいるようにも、相対しているようにも見えるけど、雰囲気作りの舞台装置でしかないだろう。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
絵巻には病の原因らしい疫神も別の場面に描かれている。晴明の式神に追われている。…となると確かに式神追疫法とかもしれん…が、そんな力あるなら移すとか言わんで退治してやれよ、となっちゃうよね。
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
絵巻の場面として視覚的に「物の怪と相対する晴明」、という雰囲気を作りたかった、という可能性はあるだろうけど、物語とは関係ないし、本筋の舞台装置である泰山府君祭の祭壇には影響を与えていないと見て良いだろうと思う。
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