お前は誰だ？……『ミスター・ノーボディ』（マカロニウエスタンで、『君の名は。』）蔵臼 金助（イタリア製西部劇研究家）

蔵臼 金助 @klaus_kinske

お前は誰だ？……『ミスター・ノーボディ』 （マカロニウエスタンで、『君の名は。』） 蔵臼 金助（イタリア製西部劇研究家） pic.twitter.com/adUuT5Hdt2

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悪魔払いのためエクソシストと対峙した尼僧ヨアンナの体から、まず悪霊ザパリチカが出て行った。 pic.twitter.com/lfOD8HbdVZ

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続いて、バラアム、イサカアロン、アスモデウス、グレズィル、レヴィアタン…無数の悪霊たちが、彼女の肉体から引きずり出される。ヨアンナの肉体には、８つの悪霊が取り憑いていたのだ。（1961年製作ポーランド映画『尼僧ヨアンナ』より） pic.twitter.com/02ntoRpIrJ

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『エクソシスト』のリーガンに憑依したアッカドの熱風の悪霊パズズのように、悪霊は常に取り憑かれる者と１対１でボディ・ジャックするわけではない。ゲラサ人の土地の悪霊に取り憑かれ、イエスから解放された男のように、体内に“レギオン（あまたなるもの）”が巣くうこともあるのだ。

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フランク（ヘンリー・フォンダ）に捕らえられた名前の無い男（チャールズ・ブロンソン）は、極悪非道なガンマンから「お前は誰なんだ？」と問われて、答える。 pic.twitter.com/S7pfuu1LOh

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男「デイヴ・ジェンキンス…」 フランク「デイヴ・ジェンキンス？ 奴は死んだ」 男「コール・ベンソン…」 フランク「奴も死人だ」 男「ジム・クーパー…ジャック・ヤングブラッド…　そうだ。お前が皆、殺したんだ」

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そうなのだ。名前を聴き出すことが重要なのだ。

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エクソシズムの最終段階は、取り憑いた悪霊の名前を聴き出すことで終了すると言う。悪霊の正体を暴くことでようやく、悪霊は犠牲者の体内から出て行くことが出来るのである。

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フランクに次々に死人の名前を告げた名前の無い男は、クライマックスの果たし合いが終わった後で、初めて自分の正体をフランクに告げる。いつも首からハーモニカをぶら下げていたその男は、吊していた革紐を切って、瀕死のフランクにハーモニカをくわえさせる。

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……フランクは、遠い昔の自分がした悪行を思い起こす。名前は届けられ、男の復讐は終わった。悪霊にとり憑かれた復讐者の魂は解放されたのである。 pic.twitter.com/wktyw98q6m

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ウエスタン映画における復讐のプロセスは、エクソシズムの時の悪霊の解放の儀式と同じだ。復讐者のガンマンは、スクリーンに登場した時に、既に死んでいるのである。

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『ザ・アマチュア』（1981）で、恋人をテロリストに殺されたコンピュータ技師（ジョン・サヴェージ）は、義理の父親に向かって尋ねる。義理の父（クリストファー・プラマー）は大戦中に家族をドイツ軍に殺され、復讐を果たした過去があった。 pic.twitter.com/wHLcjsOD7v

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コンピュータ技師は、娘を失った父親であり、自分の義父でもあるその男に言う。 「復讐をはたしても、彼女は生き返ってこない」 その時、義父はこう答えるのだ。 「復讐を果たしても、殺された者は生き返らない。でも、私自身が生き返る」

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復讐に燃える名前を持たないガンマンは、マカロニウエスタンに頻繁に登場する。“主人公の匿名性”はハードボイルド映画の必須条件であり、イタリア製西部劇においては、ガンマンたちの逆説的なアイデンティティの証明ともなっているのだ。

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そして、マカロニウエスタン“卒業後”のクリント・イーストウッドですら、ハリウッドに戻ってからも、『荒野のストレンジャー』『ペイルライダー』などで『夕陽のガンマン』同様の“名前の無い男”たちを繰り返し描き続けた。 pic.twitter.com/NZC3hamTEr

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彼の最後の西部劇、『許されざる者』でも、クライマックスでようやく自らの名前、“ウィリアム・マニー”を発する名前の無い、寡黙な男を主人公に据えている。 pic.twitter.com/DQlS7xLay3

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そして、本作『ミスター・ノーボディ』だ。 pic.twitter.com/RGfajgb9HQ

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先に引用した『ウエスタン』に続き、イタリア製西部劇に出演したヘンリー・フォンダは、前作で演じた情無用の殺し屋から一変、ここではガンマンたちが憧れる伝説の男、ジャック・ボーレガードとなる。 pic.twitter.com/Hg0iz8TsJQ

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対峙するのは、無名・匿名の“群れ”の中から現れたひとりの若者ノーボディ（テレンス・ヒル）。本作は復讐を遂げるガンマンの執念の物語ではなく、伝説の男を倒してのし上がろうとする、上昇志向を持った誰でもない（ノーボディ）男の話なのである。 pic.twitter.com/xFPE8g7eDJ

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影のようにつきまとう若者に向かって、ジャックはフランクと同様に「お前は誰なんだ？」と問いかける。しかし、若者は「誰でもない（ノーボディ）」と答え、彼の正体は映画が終盤に差し掛かっても明かされることはない。

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十字架が立ち並ぶ墓場での、ジャックとノーボディのやり取りは象徴的だ。 pic.twitter.com/HwccnLpDKN

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確かガリラヤ湖の向こう岸、ゲラサ人の土地の悪霊に憑かれた男は、墓場を住み家としていたのではなかったか。

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主、悪霊に憑かれたる人に問い給う。「汝の名は何か」 彼は答えて、「我が名はレギオン。われらあまたなるがゆえに」（新約聖書 マルコ福音書 第５章第９節）

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イエスと対峙した悪霊は正体を明かして去り、憑かれた男は「家族のもとへ帰れ」と諭される。

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『ミスター・ノーボディ』において、ジャックはノーボディと対峙した後、永遠に名を残し、伝説となって、“開拓者たちの故郷”ヨーロッパへと帰される。 本作は随所に示唆に富んだシーンが散りばめられているのだ。