「きのこの味に飽きちゃいました?」 「いや……」 彼は即答し、首をゆっくりと横に振る。。 「僕がここに来たのは、最初から最後まで君が目的だった」 様子がおかしい。カサカサときのこの包み紙がざわついている。ガス灯の炎が大きく揺れた。 21
2016-08-29 19:54:30_動き出す店内の中で、彼だけが動かず立ったまま語り続ける。 「君を今度の儀式の生贄にする……予知ではそう出たんだ」 「やっぱり、魔法使い……」 超越的な力を持つ彼らは、時として一般人を犠牲にする。行方不明者の大半の原因だ。その権力は法が保証している。 22
2016-08-29 20:03:09「だけど、この店に来て、君の笑顔を見たら……その思いは消えてしまった。君に何度でも会いたいと思った」 突然音が止まった。渦巻いていた魔力の風が止まっている。魔法使いは両肩を抱いて震えていた。衝動を抑えているようだった。まるで蟻を踏まないように配慮しているように。 23
2016-08-29 20:05:39「何度も君をさらおうとした……そのたび決心は揺らいだ。もう無理だ。君を襲うことはできない」 メイは黙って聞いていた。列車が通り、店がきしみ、電灯が明滅する。 「さようなら。もう君を狙うことは無い。きのこはおいしかったよ」 店から出ようとする彼に、メイは声をかけた。 24
2016-08-29 20:11:24「そんなこと言わずに、また買物にきてください……!」 男は、驚いて振り返る。 「魔力が僕の感情を掻き立てる……食欲を掻き立てる料理を前にして、衝動が僕を襲うんだ。君はいつ殺されてもおかしくないんだ」 25
2016-08-29 20:15:06_いつものように白きのこの煮込みを紙の鍋に包むメイ。 「あなたは衝動に抗おうとしている」 「そうだ、僕は決心が欲しかったのかもしれない。君に秘密を打ち明けることで、決心にかかる重圧を軽くしようと……ふふ、魔法使いといえどただの人間か」 26
2016-08-29 20:18:38「はい、どうぞ」 商品を差し出すメイ。その指は僅かに震えている。魔法使いは優しくそれを受け取った。 「魔法は完璧ではない。それは人間が完璧でないように……衝動を抱えて生きるのもありか」 「あなたは大事なお得意様なんですから、気にせず今後ともよろしくお願いします」 27
2016-08-29 20:23:36_メイは笑顔で答えた。それを見た男は代金を支払い黙って店を出る。店に沈黙が流れた。列車が通り、店が揺れ、ガス灯の炎が揺れる。 「変な魔法使いさんもいたものです……」 メイは静かな店内でひとりつぶやく。その声は震えていた。けれども、彼女の笑顔は変わらなかった。 28
2016-08-29 20:28:00_それ以降、彼は店に姿を現さなかった。相変わらず街には暗雲が立ち込め、今日もどこかで猟奇殺人が起こる。 廃水は上から下へと滴り落ち、遥か下の澱みへと流れ込んでいく。それを笑顔と匂い消しの呪文で打ち消し、店は輝く。 29
2016-08-29 20:30:57_ひとつだけ新たな習慣が加わった。閉店間際になると、やってくるのだ。一匹の蝙蝠が代金と注文のメモを持って。 メイは、蝙蝠にいつものように白きのこの特製ソース煮込みを持たせるのだ。それ以外は何もしない。それが二人の最適な距離だから。 30
2016-08-29 20:35:11【用語解説】 【蝙蝠】 魔法使いの使い魔として有名だが、野生動物としても多数生息する。感情は持たないが、使い魔として人間の魂を与えられた場合は、感情を持ち、魔法使いの魔法を使う中継点として利用できる。揚力が信じられていないので、やはり蝙蝠も気合で飛んでいると思われている
2016-08-29 20:42:15【次回予告】 高額賞金を求めて、二人の女騎士が蒸気車レースに挑む! 大陸を横断し、砂漠、荒野、川辺、そして密林を行く! そして、二人はかけがえのない何かを手に入れる……はず! 次回「女騎士・イン・デスレース」 全50ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-08-29 20:51:25