後漢王朝豪族連合政権論とは? 光武帝の建国した後漢王朝は豪族の連合による政権なのか?

三国志の前半の時代にあたる後漢時代の政権である後漢王朝は、戦前から後漢王朝豪族(連合)政権であるとする論説があります。 現在でも学会やネットにおいて是非が論じられている状況です。 しかし、その具体的な中身はあまり知られておらず、また、長年にわたる様々な論説があり、学会でも、その経過と概略をまとめた論文がいくつも書かれております。 後漢王朝豪族(連合)政権論の前提となる過去の論説を知るため、概略をまとめました。三国志や中国史を学ぶ方の参考になれば幸いです。
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まめ @mamesiba195

後漢(東漢)王朝豪族(連合)政権説について、論じたいと思います。なお、敬称については文字数の調整から省略しています。また、論文の読解や引用については、全て、私の責任に帰依しますので、ご了承ください。誤り等がありましたら、ご指摘いただけると助かります。 #はじまりの後漢

2016-08-28 23:58:11
まめ @mamesiba195

「後漢(東漢)王朝豪族(連合)政権説」と呼ばれる学説が存在します。これは一体なんでしょうか? 皇帝制度を採用している後漢王朝がなぜ、豪族連合政権と呼ぶ学説が存在するのでしょうか? これを調べてみました。

2016-08-28 23:58:39
# その1 概説書・教科書における後漢王朝豪族(連合)政権論について
まめ @mamesiba195

まず、中国史の概説書です。2016年発行された「概説中国史〈上〉古代‐中世」では『後漢王朝は、前漢以降育ってきた各地の豪族の中から南陽の劉氏が勢力を拡大し、他の豪族の協力を得て成立したものである。しばしば豪族連合政権などと呼ばれるのはそのためである』と記載されています。

2016-08-29 00:00:13
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まめ @mamesiba195

比較的最近発行された鶴間和幸「中国の歴史03 ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国」では『後漢王朝を樹立したのは、後漢劉氏皇帝の帝郷とされた南陽を中心とした豪族集団であったので、後漢王朝は豪族連合政権といわれることもある』と記載されています。

2016-08-29 00:02:01
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まめ @mamesiba195

また、教科書である山川出版社「詳説世界史B」には、『動乱の中で豪族を率いて勢力を伸ばした劉秀(後漢の創始者光武帝のこと)』と意識していると思われる書きぶりになっています。 amazon.co.jp/%E8%A9%B3%E8%A…

2016-08-29 00:03:28
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まめ @mamesiba195

その一方で、日本のネットでは「後漢豪族連合政権説」と検索すると、「後漢豪族連合政権説」の(特に光武帝期の)否定論が散見されます。(リンク先は、類似した論説を述べるYAHOO!知恵袋の質問) detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_de…

2016-08-29 00:04:04
# その2 ネット上の後漢王朝豪族(連合)政権論について
リンク Yahoo!知恵袋 東漢王朝が豪族連合体で弱体だったという通説について。 東漢王朝が豪族連合体で弱体だったという通説について。過去の回答から抜粋して以下のような意見がありますが。>後漢の光武帝は荊州の一皇族に過ぎず、彼の統一は>地方豪族の協力あってのことで、後漢は豪族連合体でした。>皇帝の専制権力が、もともと弱いんですね。『後漢書』の内容を信じるなら食い違いがあります。劉秀:県令の三男坊。昆陽の戦いは抜きにしても、国内20からの群雄を全て叩き潰し、西羌(建武13年)、鮮...
# その3 後漢王朝豪族連合政権論の概略
まめ @mamesiba195

ここでいう「後漢豪族連合政権説」は、一体、どのような学説なのでしょうか?

2016-08-29 00:04:46
まめ @mamesiba195

過去からの議論をまとめた論文として小嶋茂稔「後漢時代史研究の特質と課題--後漢=豪族連合政権論批判」(2008年、以下『上記小嶋論文』)が最近の研究ですので、これを参考にして、特に光武帝期に関して、調べました。 ci.nii.ac.jp/naid/400160767…

2016-08-29 00:05:30
リンク CiNii Articles CiNii 論文 - 後漢時代史研究の特質と課題--後漢=豪族連合政権論批判 (特集/中国古代史研究の現状と課題) 後漢時代史研究の特質と課題--後漢=豪族連合政権論批判 (特集/中国古代史研究の現状と課題) 小嶋 茂稔 歴史評論 (699), 56-67, 2008-07
まめ @mamesiba195

なお、補足として渡邉義浩「後漢国家の支配と儒教」145頁注1において、豪族論をさらに簡略にまとめていますので、これも参考にしています。(以下『上記渡邉注釈』) kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-97846…

2016-08-29 00:06:12
リンク 紀伊國屋書店ウェブストア 後漢国家の支配と儒教 国家権力と在地機構とのせめぎ合いに介在する、支配理念としての「儒教」をさまざまな角度から追求。より本質的な後漢時代の国家構造に迫る。
まめ @mamesiba195

まず、上記小嶋論文では、中国史を専攻しない人(教科書と概説書だけを読んでいる人でしょうか)が共有している後漢時代史像を想定しています。重要な部分と思われるところを抜粋します。〔〕括弧内は私がつけた補足です。

2016-08-29 00:06:43
まめ @mamesiba195

『両漢〔前漢と後漢〕交替期は多くの農民反乱とそれに対処するために豪族が自衛的に蜂起した豪族反乱とに席巻された時期で、その混乱を収拾して再び中国を統一したのが前漢王朝の血統を継承する南陽郡出身の劉秀であり、劉秀によって再建された王朝が後漢である』

2016-08-29 00:07:25
まめ @mamesiba195

『地方の豪族層出身出身であった劉秀が建国したことから、従来、後漢自体が豪族連合政権的特質を持ってきたことが指摘され、(中略)

2016-08-29 00:08:11
まめ @mamesiba195

(中略)後漢という時代は、建国期から既に衰勢へと向かう諸因子を内包した時代であり、国家統治の強弱という点に注目しても一貫してその弱体性を強調すべき時代と見なされてきた』

2016-08-29 00:08:51
まめ @mamesiba195

『後漢という時代は、地方社会で相応の政治力経済力を保持する豪族層が国家の統治機構に対しても一定の影響力を持つ時代であり、かつ、「秦漢帝国」の崩壊過程に位置し、続く魏晋期に特有の中国社会の独自性(いわゆる「六朝貴族制」)を用意した時代と見なされて来た』

2016-08-29 00:09:31
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コメント

オクセンシェルナ @Oxenstierna2016 2016年9月4日
「後漢豪族連合政権論」って、厳密な定義はないけれども連綿として続いて、諸先生方の学説の形成に影響を与えてきたんですね。(1936年が起源だったとは!)個人的には、青のスペースの先生方の説が、胸にしっくりときました。
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まめ @mamesiba195 2016年9月4日
コメントありがとうございます。私の中でも、「皇帝制度なのに豪族政権ってあるわけないじゃん」という思いと、「だからといって、豪族の力が強いと言われる後漢王朝の学説全体を否定するというのはどうよ」という思いがありました。いつの間にか、「後漢は豪族連合政権である」から、「後漢は豪族連合政権って、いうほどかな。言葉自体を否定するほどの根拠はないから、別にいいけど」に変わっていたのですね。
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松浦 桀 @HAMLABI3594 2016年9月4日
もやっとする原因は、軍事に言及しないからだろうか
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まめ @mamesiba195 2016年9月4日
そう言えば、豪族連合政権かどうかは、「後漢の官僚が豪族出身かどうか」、「後漢の政策が豪族に配慮・妥協したものかどうか」、「豪族の発展段階がどの程度であったか」ばかりが議論の対象となっていますね。未読ながら、「河北における劉秀軍団の確立過程」で紹介される研究史の中で、光武帝期の軍事基盤として、土屋紀義「両漢交替期における豪族の動向-民衆反乱への対応をめぐってー」、藤川和俊「銅馬賊と後漢軍団」に言及されているぐらいしかなさそうです。
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今日が終わりの始まりの日 @__blind_side 2016年9月4日
ポイント、ポイントで登場する学者見解一覧表が気に入りました。
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まめ @mamesiba195 2016年9月4日
そうおっしゃって、頂けるとうれしいです。やはり、表があると見やすいと思いまして。誤字が多いので、機会を見て直したいですね。
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大蔵春 @ookuranoharu 2016年11月9日
私も青のラインの見解がしっくりきますね。やっぱり王莽政権の崩壊というのは、国家による豪族への完全支配への限界を示した物だと思いますし、そこでなんとか儒教の中の讖緯説を王権神授説の様な要素として持ってくる王莽路線を軟着陸させて皇帝専制の範囲に上手くコントロールしたのが後漢であり、そこに文学や道教などの要素を持ってきたのが魏であり、最終的に堪えきれなくなって九品官人法が州大中正に移って貴族制へのシフトをしていくみたいな感覚で捉えています。
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大蔵春 @ookuranoharu 2016年11月9日
あと、ネットの豪族連合政権説がなんかややこしい事になったのは、リアルタイムで見てた人間からすると、大体2chの某板で各時代の英雄を棍棒にして殴りあってた野郎共のせいだと思います。だから論点がヘンテコだったり。彼らの悪影響はまだまだ各所に残っている気が致しますね。
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まめ @mamesiba195 2016年11月14日
コメントありがとうございます。そこは、「豪族連合政権説」と検索すると、事情がお分かりになるのではないかと思います。私のいう、特に光武帝期における豪族連合政権説を否定する意見が散見されると言った事情がお分かりになると思います。ただ、その理由が学説などではなく、独自説であり、その独自説も、学説を否定する根拠を示さず、ただ否定するのみという事情があります。それを根拠に殴り合っていたわけですから、理解が進まなかったものと考えます。
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