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高橋源一郎 @takagengen
「午前0時の小説ラジオ」・「メイキグオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」」・本日の予告編1・今日で三晩目の「小説ラジオ」です。今晩も、ust中継つき。 http://www.1101.com/shosetsu_radio/index.html
高橋源一郎 @takagengen
本日の予告編2・二日間、続けて聞いていただいて、ありがとうございます。「放送中」もいろいろ考えます。それから、終わった後も。みなさんに見守られながら、その緊張感があってこそ、ふだん考えられないところまで、行けるような気がします。
高橋源一郎 @takagengen
本日の予告編3・最初の晩、「生涯で一度だけ文章を書いた老人」の話をしました。それは、痛切な話だけれども自分のことじゃない。ぼくだって、そう思います。だから、今晩は自分に関係のある話をしたいと思います。テーマは「一度だけの使用に耐えうることば」です。
高橋源一郎 @takagengen
本日の予告編4・それは別の言い方をするなら、「生涯に一度だけ使うことば」です。あるいは「もしかしたら、その一言を言うために生まれてきたのかもしれないと思えることば」です。それが、どういう「ことば」なのかは、また後で。では、午前0時にお会いしましょう。「ほぼ日」のみなさんも後でね。
高橋源一郎 @takagengen
「午前0時の小説ラジオ」・「メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」3・「一度だけの使用に耐えうることば」1・ずっと宿題のように考えて続けていることがある。時々、解決しそうな気がして、思い出すけれど、また中座してしまう。そんなことがいくつもある。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」2・そんな、宿題のように考え続けていた、いくつものことが、不意に繋がり、解決できたような気がする時だってある。でも、その時には、その先にまた、新しい問いが、顔を出すのだけれど。今晩は、まず、マイケル・サンデルの「質問」から話を始めてみよう。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」3・サンデルの「これからの「正義」の話はしよう」は、去年、ずいぶん取り上げられた。ぼくも読んだ。面白かった。彼の巧みなところは、優れた「質問」を考え出したことだ。そして、そのことによって、ぼくたちを次の場所へと連れ出そうとする。でも、ぼくには、小さな違和感が残ったのだ。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」4・サンデルは、暴走する列車の運転士が、その先の二股に分かれた線路の上で、それぞれに工夫が仕事をしている時、あなたは、ハンドルをどう操作するか、と問いかける。あるいは、核爆弾を隠したテロリストからその場所を聞き出すために、無垢の、彼の娘を拷問していいのか、と訊ねる。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」5・どうすればいいのか。答えは割れる。「正解」はないのである。人間には守るべき自由がある、と考える者と、人間には譲れぬ倫理がある、と答える者と、倫理などない、もっとも不幸な人間を少なくするしか手だてはない、と考える者たち全員を満足させる「正解」はないのである。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」6・サンデルは、こういう例を出している。ぼくも好きな、ル=グインの「オメラスから歩み去る人々」という短編小説の内容について問いかけたものだ。「その物語はオメラスという町の話である。オメラスは幸福と祝祭の町、国王も奴隷も、広告も株式市場もないし、原子爆弾もないところだ」
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」7・「この町があまりに非現実的で読者が想像できなくてはいけないからと、作者のル=グインはオメラスについてもう一つあることを教えてくれる。「オメラスの美しい公共施設のどれかの地下室に、あるいは、ことによると広々とした民家のどれかの地下食料庫かもしれないが、一つの部屋が…」
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」8・「…ある。鍵のかかったドアが一つあるだけで、窓はない」。この部屋に一人の子供が座っている。その子は知能が低く、栄養失調で、世話をする者もおらず、ずっと惨めな生活を送っている」。この後は、直接、ル=グインの書いたものを読んでみよう。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」9・「その子がその部屋にいることを、オメラスの人びとはみんな知っていた…その子はそこにいなければならないことを、誰もが知っていた…自分たちの幸福、町の美しさ、親密な友人関係、子供たちの健康…さらに、豊かな収穫や穏やかな気候といったものまでが、その子のおぞましく悲惨な…」
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」10・「…生活に全面的に依存していることを理解していた…もしもその子が不潔な地下から太陽のもとに連れ出されたらその子の体が清められ、十分な食事が与えられ、心身ともに癒されたら、それは実に善いことに違いない。だが、もし本当にそうなったら、その瞬間にオメラスの町の繁栄…」
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」11・「…美しさ、喜びはすべて色あせ、消えてなくなる。それが子供を救う条件なのだ」。この時、「オメラスの住人であるあなた」はどうするのか。それが、サンデルの(同時に、ル=グインの)問いである。たった一人でも苦しむ人間がいる限り、繁栄は謳歌できない、と答えることもできる。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」12・子供を救い出すことによって、「オメラス」の他の住人たちの幸福を奪う権利はない、と答えることもできる。「正解」は(たぶん)ないのである。だが、この問いには、どこかおかしいところがあるような気がするのだ。でも、それがどこかなのか、わからなかったのである。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」13・ぼくが、このサンデルの問いへ感じた違和の理由がわかったのは、それからしばらくたって、次の文章を読んだ時だった。鶴見俊輔さんの「ノートブック」に書かれたメモである。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」14・「ある母親のことをきいた。こどもが盗みをやめない。そのこどもに、こう言った。「盗みなさい。そのあとで、わたしにしらせて。」しらされるたびに、母親は歩いていって、盗まれた相手につぐないをしたという。「盗みなさい。」これは、このこどもに対するこの母の一回かぎりの…」
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」15・「…状況から出てきたことばだ。一度だけの使用にたえる言葉。それを知れば、十年は使えるというのとは、かけはなれている」。 サンデルの問い(と答え)と、鶴見さんの問い(と答え)は、どう違うのか。サンデルは、原理的に問いかける。そして「正解」はない、という。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」16・鶴見俊輔の「問い」はその先にある。「正解」はない。だが、「答えをどうしても出さなければならない時がある」のだ。では、「オメラスの住人」として、どうして、ぼくたちは、「正解」を出せないのか。それは、ほんとうは、ぼくたちが「オメラスの住人」ではないからだ。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」17・ぼくたちは、囚われの少女の顔を知らない。オメラスに住む自分の父や母や友人がどんな人間なのかも知らない。だから、「答える」ことができないのだ。それでも、ぼくたちには「答え」が必要な時がある。その時、ぼくたちは「一度だけの使用にたえることば」を使うしかないのである。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」18・鶴見さんが書いている母親も、たぶんずっと「盗むな」と言ってきただろう。それは「正解」なのだから。だが、盗みをやめることができない子どもを見続けきたあげく、ある瞬間、「盗みなさい」と言った。おそらく、その前でも、後でも、言わなかったはずのことばを。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」19・「正解」ではなく、それと時には対立するように、「一度だけの使用にたえうることば」がある。それは、具体的な関係の間で、ある瞬間、その時だけ通用することばでもある。「倫理」とは、そのことばのことを言うのではないだろうか。それはサンデルの本には書いてはいないことだ。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」20・テレビのある討論番組で、若者が「どうして人を殺しだろうてはいけないのですか」と問いを投げかけた。おとなたちははかばかしい答えを突きつけることができなかった、という事件があった。「当たり前じゃないか」でも、「君も殺されるのはイヤだろう?」でも、彼は納得しないだろう。
高橋源一郎 @takagengen
「ことば」21・「正解はない」も変だ。答えることができないのは、その青年とぼくたちの間に関係がないからだ。関係がないなら、そこには「正解」を捜す運動しかないのである。その頃、ぼくも、その青年に答えることばを持ってはいなかった。でも、いまなら、おそらく、こう答えると思う。
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