オイラーの無限小概念はどれくらい正当化できるか

解析学の厳密化の過程で無限小概念は不合理なものとして追放されましたが,オイラーの時代には無限小概念は使われており,それらを用いてオイラーは多くの業績を残しました.彼の仕事の一部は超準解析で解釈しなおすことによって正当化できます.では,そのことをもって「オイラーは無限小概念を精密に把握していた」とまで言えるかどうか?ということについての思いつき.
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数学の歴史をみるとき,昔の人がやっていたことを現代の定式化で眺める,再定式化してみるということは大変勉強になります.また,そのような見直しがまた新しい発展の刺激になる可能性もあります.

一方で,昔混乱していた議論を現代の立場で明快に整理してしまい,歴史がそのようなものであったという補助線を引いてしまうと,過去の数学者を過剰に弁護してしまう危険があるなぁとも思います.

オイラーの無限小定義が,ISTを仮定すると非常に自然に解釈できることから,うっかり「オイラーはISTを知っていた!」とまで弁護しそうになったとき,さすがにこれはオカシイだろと自己ツッコミを入れて,もう少し真面目に考えてみることにしました.

最初は「オイラーがISTを知っていたとまでは言えない」と明快な結論を出す予定でしたが,「知っている」とは公的かつ整備された言明だけによって判定されるのかという疑問がでてきたこと,IST自体が,思考過程の変形を形式化したものだとみなせるのではないかというネルソンの考えを考慮すると,そんなにばっさりと明確なことが言えないような気持ちになってしまいました.

そんなわけで,一連のツイートに明確な結論はありません.

補足

IST = Internal Set Theory

IST はエドワード・ネルソン(Edward Nelson)によって創始された超準集合論です.超準解析の議論を簡明にすることがこの集合論の目標です.

詳しくは
https://web.math.princeton.edu/~nelson/papers.html
に置かれているISTの論文を御覧ください

dif_engine @dif_engine

最近私はオイラーの無限小定義が(現代の)超準集合論で定式化されたそれと「事実上同じ」だと解釈できることに気付いた.しかしこのことをもってオイラーが「無限小の精密な定式化のアイデアを持っていた」とまで言うと弁護が過剰だと思われる.

2016-09-10 23:05:13
dif_engine @dif_engine

オイラーの無限小定義の議論で,実は二種類の量化(強,弱)が現れているのだという立場を明確にしたときに,はじめて無限小の議論が疑いようもないものになった.それ以前はバークリーの批判が無視できないものと受け取られていた以上(続く)

2016-09-10 23:10:24
dif_engine @dif_engine

(続き)オイラーの無限小理解が,明確に言語化できるほど精密なものだったとは思えない.一方で,オイラーの無限小や無限大の扱いの迷いのなさを見ると,言語化以前の段階の感覚では無限小をうまく扱えている.これは「アイデアは精密に公的な表明をされていなければ存在しないことになるのか」(続く

2016-09-10 23:14:12
dif_engine @dif_engine

(続き)ということとも関連する.この議論は面倒なのでこの枝は捨て,別の話題.ネルソンは後年,ISTを「議論の省略をフォーマライズしたもの」とみなせると主張するようになった.この立場を取ると,ISTでオイラーの立場が理解しやすくなる現象に一応の説明がつくように思える.

2016-09-10 23:16:57
dif_engine @dif_engine

ツイートの補足.オイラーはその有名な「無限解析序説」で『そこでωは無限に小さい数,すなわち,どれほどでも小さくてしかも0とは異なる分数としよう』という一文をもって無限小を導入している.オイラーの本は定義定理証明というスタイルではないが,事実上これが無限小の定義である.

2016-09-10 23:21:21
dif_engine @dif_engine

(訳文は高瀬正仁訳「オイラーの無限解析」より).

2016-09-10 23:28:06
dif_engine @dif_engine

ISTには二系列の量化子がある.まず,「普通の」量化子である∀,∃.そして「到達可能なものだけ扱う」∀^S,∃^S .∀^Sは∀より弱い.(ただし移行原理は,ある条件で∀^Sを∀に強めることを可能にする).

2016-09-10 23:31:33
dif_engine @dif_engine

このISTで「ωが無限小実数である」ことを定式化すると ∀^S a > 0 |ω| < a となる.条件を読み下せば「到達可能ないかなる正数より小さい」ということになる.このような定義とISTで証明される無限小近傍の性質を使うと(続く)

2016-09-10 23:34:14
dif_engine @dif_engine

(続き)たとえば多項式の微分のような議論はオイラー流の無限小の議論をほぼそのままなぞって「リゴラスに」行える.この立場からバークリーの批判を振り返ると,バークリーは∀^Sと∀を混同して批判をしていたということになる.

2016-09-10 23:36:24
dif_engine @dif_engine

バークリーの批判が的はずれだったかどうか,は結局『そこでωは無限に小さい数,すなわち,どれほどでも小さくてしかも0とは異なる分数としよう』からIST流の定式化を読み取れるかどうかということにかかっているが,オイラーが書いたものだけからそこまで読み取るのは過剰弁護だと思われる.

2016-09-10 23:38:21
dif_engine @dif_engine

オイラーが残した計算を見ると,オイラーが無限小について確固たる内観を持っていたことは確かなように思える.そしてそのいくらかはISTで補強できる.しかし,オイラー本人が無限小それ自体について語ったものは言葉足らずで,オイラー自身の業績の偉大さとは釣り合いが取れていない.

2016-09-10 23:42:12