高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第4夜

高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第4夜です。今夜のテーマは「いいんだよ、そのままで。」
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高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「メ、イキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」4・今晩の予告編1・「小説ラジオ」の四夜目です。ふだん、寝ている時間なので、さすがに疲れてきました(笑)。でも、ここまで来たので、なんとか完走したいです。

2011-02-17 22:07:52
高橋源一郎 @takagengen

「小説ラジオ」・予告編2・今晩のテーマは「いいんだよ、そのままで」です。ぼくの手元に、2冊の本があります。一冊は「いいんだよ、そのままで」。もう1冊は「そのままでいいと思えるための25章」という副題を持つ「べてるの家の「非」援助論」といいます。

2011-02-17 22:10:42
高橋源一郎 @takagengen

「小説ラジオ」・予告編3・一冊は、ダウン症の子どもたちに絵を描かせ続けて来たアトリエの主催者が書いたもので、もう一冊は、北海道浦河の精神障害者の共同生活施設について書かれたものです。どちらも、社会からは、治され、庇護され、援助されるべき存在と見なされています。

2011-02-17 22:15:21
高橋源一郎 @takagengen

「小説ラジオ」・予告編4・しかし、それらの本で、著書たちは異口同音に「そのままで、いい」と告げています。あるいは「そのままが(ダウン症のままが、統合失調症のままが)、いい」とさえ。この、偶然似通ったタイトルを持つ本の中に書かれている驚くべきことについて、今夜はしゃべる予定です。

2011-02-17 22:18:57
高橋源一郎 @takagengen

「小説ラジオ」・予告編5・では、また後ほど、午前0時に。今夜も、ust中継もやってます。 http://www.1101.com/shosetsu_radio/index.html

2011-02-17 22:21:32
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」4・「いいんだよ、そのままで」1・ぼくはいま、大学の同僚と「弱さの研究」という、奇妙なタイトルの共同研究をしている。それは、もともと、ひどく個人的な理由で始めたものだった。あれは、2年前のことだ。

2011-02-18 00:00:05
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」2・何度か書いたことがあるので簡潔に書く。当時2歳だった次男が急性脳炎になった。救急車で運ばれた病院で、医者は「残念ですが、生命が危ない。助かっても、重度の障害が残る可能性が高い」と告げた。それから数日の間、ぼくはパニックに陥っていた。現実を受けいれられなかったのだ。

2011-02-18 00:03:15
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」3・落胆と怯えは数日で、まったく別の感情に変わった。「どんなことになっても受け入れるべきだ」と考えた時、それまで味わったことのない不思議な幸福感さえ感じた。結局、次男は奇跡的に回復した。いや、いまでも運動や言語に不自由がないとはいえないが、殆ど気づかぬ程度のものだ。

2011-02-18 00:06:58
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」4・あの「幸福感」は何だったのだろう。それが知りたくて、ぼくはその重篤な子どもばかりを収容していた小児病院の患者の母親たちと何度も話した。明日死ぬかもしれぬ難病を抱えた母親、あちこちの病院を行き来し何年も家に戻れる子どもを持つ母親。彼女たちは、みんなひどく明るかった。

2011-02-18 00:10:14
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」5・それは、母親たちが、長く病を続ける、彼女の子どもたちの、その「弱さ」を、ついにはその子どもたちの「個性」として受け入れていたからのように思えた。それに比べて、父親たちは、暗い顔つきが多かった。おそらく、彼らにとって、子どもたちの病は、受け入れたくない現実なのだ。

2011-02-18 00:12:49
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」6・子どもたちの「病」は、克服しなければならない欠陥、取り去るべき「弱さ」であり、それ故、父親たちは、子どもをまっすぐ見ることができず、暗かったのだ。それは、もしかしたら、父親たちが、「弱さ」は克服すべきものである、という「日常的時間」に生きていたからかもしれない。

2011-02-18 00:15:36
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」7・それに対して、母親たちは、「日常的時間」ではない時間を知っていた。彼女たちは「全面的に肯定する」ということを知っていた。かつて、その子を身籠もっていた時、そうであったようにだ。胎児のように弱々しくなってしまっても、子どもであることになんの変わりがあるだろう。

2011-02-18 00:19:23
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」8・そうやって、母親たちが「弱さ」を見つめる視線の強さに気づいた時、ぼくは、まるで関係のない、ずっと昔の記憶が蘇ってくるのを感じた。それは、どこかの農家で、陽がさんさんと差す明るい部屋に、ちいさなおばあさんが座っている風景だ。おばあさんは幸せそうに黙って笑っている。

2011-02-18 00:22:53
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」9・この話をいまは亡き母親にした時、母親は「それ、あなたの曾祖母(ひいばあちゃん)かもね」といった。ぼくの曾祖母(母親の祖母)は、農婦で八十を過ぎても畑仕事をするほど頑健だったが、九十を過ぎ、痴呆症になった。だが、家族は、曾祖母に家の中でいちばんいい部屋を与えた。

2011-02-18 00:25:30
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」10・そして、いつも家族たちは、代わる代わる、痴呆になった曾祖母に語りかけ、なにごとも相談をしたのだという。「だって」と母親はいった。「ばあちゃんは神さまになったんやから」。痴呆は、老い衰えた人間がかかる不治の病だと、多くの人びとは考える。

2011-02-18 00:28:18
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」11・そして、できるなら、そんな老人は、目につかぬところにいてほしいと(内心で)願う。「弱さ」は、この社会にとって、必要のないものなのだ。だが、その「弱さ」が「神さま」であった場所や時代もあったことを、ぼくは思い出した。いったい「進歩」とは何のことをいうのだろうか。

2011-02-18 00:30:35
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」12・「べてるの家の「非」援助論 そのままでいいと思えるための25章」に出てくる「べてるの家」は、奇妙な組織だ。およそ、ぼくたちが常識と考えているものの正反対の側に「べてるの家」はある。浦河は、北海道の馬産地、といえば聞こえはいいが、典型的な過疎の町にすぎない。

2011-02-18 00:33:25
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」13・「べてるの家」は、そんな浦河にある精神障害者の自立施設だ。斉藤道雄さんの「治りませんように」によれば、「統合失調症やアルコール依存症など、さまざまな病気や障害、生きづらさを持つ人びとが集まり、患者、当事者はもとより、スタッフも支援者も医療職も、自分がそうだと…」

2011-02-18 00:36:25
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」14・「…メンバーになることができるという、境界のない共同体が歳月とともに形づくられてきた。彼らがしてきたことは、多彩で、起伏に富んでいる。精神科の患者仲間が、いまでいうグループホームでの生活をはじめたのを皮切りに、商売をしようといって地元特産の日高昆布の加工販売を」

2011-02-18 00:39:19
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」15・「手がけ、精神障害の当事者として町の人びとに語りかけ、本を作り、自分たちの姿をビデオにして全国に紹介するようになった。たびかさなる挫折や消滅の危機を乗りこえながら、彼らは共同住居を増やし、有限会社を作り、ゴミ処理作業や介護事業に加わり、作業場や福祉ショップ…」

2011-02-18 00:43:16
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」16・「、社会福祉法人やNPOをつぎつぎに立ち上げて、いまでは全貌の把握がむずかしいほどに多種多様な事業と活動を浦河の町のあちこちで展開している」。精神障害を抱えた人たちが、障害を抱えたままで、事業を起こし、自立しようとしている…。確かにそう見えるし、事実でもある。

2011-02-18 00:46:00
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」17・だが、この「べてるの家」の考え方には、それだけには留まらない、ぼくたちが生きている社会の考え方とは厳しく対立する考えが含まれているのである。たとえば、「べてる」の医者は、「治さない」のである。七夕の短冊に「病気でよかった。どうか治りませんように」と書くのである。

2011-02-18 00:48:34
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」18・いったい、病気を治さない、と宣言する医者がいるだろうか。治りませんように、と公言する医者がいるだろうか。誰でも病気になったら治りたい。そして、医者は病気を治すために存在しているのである。だが、こう考えたら、どうだろう。風邪や骨折は誰でも治りたい。

2011-02-18 00:52:24
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」19・だが、社会から受ける圧迫で深く精神を傷つけられた患者の場合はどうか。その精神の傷を治す。なんのために。社会復帰するためだ。つまり、その患者を傷つけた社会に戻すのである。もちろん医者は病を治すのが仕事であり、それ以上考える必要はない。「べてる」の医者は例外として。

2011-02-18 00:55:46
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」20・ぼくは、一度、「べてる」の患者たちと会ったことがある。重度の統合失調症の患者もいる。でも、その患者たちは、ぼくたちがイメージしている「精神障害」の患者とはひどく違う。「幻聴」に悩まされる患者がいる。それを止めるためには、強い薬で抑えつけなければならない。

2011-02-18 00:58:39