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大今良時『聲の形』(原作漫画版)の感想と危うさ

大今良時『聲の形』(漫画版)の感想です。 確かに名作ではあるけれど、批判点もある、という趣旨。 最初に「オススメ…は、敢えてしない」と書いてるけれど、読まずに批判だけするのは良くない、と思って読みました。
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スパルタ @sparta_cc

小池みき『同居人の美少女がレズビアンだった件。』 この問題はそれこそ「前提」としてある、と同時に、そこを回避して「娯楽作品」と両立させる難しさもまた、まだあるのだろう。そうであるからこそ、上手く調整できている作品が秀逸なのだけれど。 pic.twitter.com/bQGPNmUKaF

2016-09-19 23:52:04
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ここまでは前段。以下『聲の形』の感想。

スパルタ @sparta_cc

大今良時『聲の形』全7巻、今更ですが読了。「一般的な作品」としてハイクオリティで、コミュニケーション不全というテーマが通底している「名作」ではある、けれど、本作に対する精緻な批判こそ、確実に必要でもある。オススメ…は、敢えてしない。 amazon.co.jp/dp/B00HJYUJ9C/…

2016-09-20 03:19:57
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、1巻で「センセーショナル」だった一連の描写と、あの理不尽な竹内の仕打ちは、漫画史上に残るレベルの「胸糞悪さ」なのは確実である、と同時に、その描写は、「描かれてよい」ものでもある。竹内の理不尽さが教育者として「間違いなく間違っている」ことは、明確に読者に伝わるからだ。

2016-09-20 03:24:50
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、1巻の竹内の理不尽さは「間違いなく間違っている」ことがわかる、そうであるからこそ、因果応報として語られる「自己責任」への疑義として機能する。しかしそれは副次的なものでもあって、石田のしてきたことの免罪符には一切ならない。無論石田自身も、物語の最後までそう思っていない。

2016-09-20 03:29:35
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、石田は自分のしてきたことを「反省」はし続けているとしても、「許されよう」とは思っていない。ずっと加害者としての重みを抱え続けている。それは描写でわかる…わかるのだけれども、ではそこで物語展開としてどのようなカタルシスを構築したか、というところは、議論と批判点にはなる。

2016-09-20 03:32:45
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、結論で言うと、本作も「『綺麗なマイノリティ』を描いてしまう作品」という枠組から、最終的に抜け出せていなかったと僕は判断する。物語としてあの展開、あのラストが最も「綺麗」でカタルシスがあったのもわかるし、そうであるからこそ「一般的な名作」に仕上がっている、けれども、だ。

2016-09-20 03:37:35
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、西宮硝子が最後まで謎だった。ここが致命的だったように思う。構築される「娯楽」作品としてそうせざるを得なかったところはあるのかもしれないし、個別的には西宮硝子のような人も確かにいるのだろう、けれど、少なからず「代表」として見られ得る立場の描き方として、違和感は、ある。

2016-09-20 03:41:54
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、「昔ひどい仕打ちをしてきた相手と恋愛関係になる」という作品紹介の仕方は少々雑なミスリードだとは思う。物語の主題とキャラクターの関係及び感情はもっと複雑なものとは言える。とはいえ、だからといって、あの展開、あのラストで良かったかというとそれもまた別で、確実に不満はある。

2016-09-20 03:48:28
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、様々に「綺麗でないもの」を抱えたキャラクターの内面と関係性は確かに上手い。本当は一方的に「綺麗なお涙頂戴モノ」として断罪する作品でもない。そこが「名作」たる所以でもあるし、少年漫画誌で描いたことも価値があるのもわかる。ただ、それに納得させられていいのかは、別だ。

2016-09-20 03:53:52
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、これは言っておきたいけれど、何度も壊された補聴器の値段とその賠償については作中で明確に描写されているので、納得がいくかどうかは別としても、そこを読まずにあげつらうのは作品評価としてさすがに悪手です。ちゃんと読めとは言えないし言わないけど、的が外れた批判は上手くない。

2016-09-20 04:05:35
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、西宮の「怒らなさ」は、「そういう風にしか生きることができなかった」ことによるものだというのは作中描写でわかるのだけれど、しかし物語的にはともかく、倫理、いや、批判的な意味ではなくもっと根源的な「感情」として、加害者に対してそれで納得がいくかは、人によって異なると思う。

2016-09-20 11:09:47
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、物語としてというか理想としての「和解」は、あっていい、あった方がいい。けれども、それでは済まないだけの怒りと批判は、足りていなかったと思う。僕の希望にはなるけど、西宮の母親は最後まで怒るべきだったし、植野はもう少し醜悪で(外見の話ではない)救われないくらいが良かった。

2016-09-20 11:14:33
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、後半で西宮があれをしようとして石田が助けるくだりは、さすがにドラマチック過ぎた。それによって結果的に西宮と石田が「対等」になってしまうし、その象徴が双方の母親の和解だと思う。西宮本人が怒れなくても西宮の母親は最後まで怒る権利があったのに、それが無化されてしまっている。

2016-09-20 13:01:05
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、西宮の感情はまさに「読み取ることができない」かもしれないし、石田との関係が恋愛かは保留するとしても、一方で、わかりやすいキャラとしての植野がそのままだったことについては、それはそれでリアルかもしれないけど、納得はしづらい。植野から石田への気持ちは、恋愛感情だったから。

2016-09-20 14:41:45
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、植野の石田への恋愛感情を指して「加害者が恋愛的に好かれるなんてけしからん」と一義的に言うのも危ういというか下世話でもあるとは思うのだけど(石田の反省が深いのも事実ではある)、しかしやはり物語上で石田への「救い」と「許し」に見えてしまう感じはあるんですよね…。

2016-09-20 15:46:20
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、終盤で石田が閉ざしてきたモブたちの「✖」が外れる見開きは、成長物語としては感動した、感動してしまったけれども、そこに至る過程が納得のいくものだったかというと、どうしても疑問は残る。西宮の「清純さ」と、ドラマチックな事件に支えられ過ぎているところは、ある。

2016-09-20 15:54:53
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、西宮は、聴覚障害者として、女性として、シングルマザーの子供として、「怒ることを奪われている」という見方をすることは可能だろうと思う。自己肯定感の低さも含めてそれは描かれている。ただ、そう読んだとしても、石田に改めて関わろうとすることは、やはり僕には謎に思えてしまう…。

2016-09-20 18:39:50
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、終盤の映画仲間と石田との関係修復も、カリカチュアされた批評家を悪者にして団結するのは少々デウス・エクス・マキナ的に思えた。それ以前に、物語上でどうしてもあのドラマチックな行為と石田の怪我が効き過ぎてしまっている。島田と広瀬の再登場も「許し」の強調になってしまう。

2016-09-20 18:46:50
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、作者がそう描いたように、僕も、物語上で「加害者は強烈に断罪され続けなければならない」と絶対的に思うわけではないんですよ…。「和解」も「許し」も、やはり必要です、ですけれども、本作でそれがどうだったかというと…いや、これがまた実に巧妙だからこそ、名作でもあるんですが…。

2016-09-20 18:50:38
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、西宮の自己肯定感の低さをどうにか解消しようとする石田が、しかし自分が無邪気に言えることではないと葛藤するあたりの戸惑いは、絶妙だったと思う。自己肯定感は、持った方が良い、けれども、それができる関係性かというと、そうではない、その歪みの自覚は描かれていた。

2016-09-20 18:58:51
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、やっぱり植野がなぁ…。これだけ言うとミスリードになるけど、極めて露骨に言えば「障害者に関わることは現実的にコストであり、障害者の側も歩み寄る努力をしていない」という方向性は、明確に否定される形で描いて欲しかった(実際の作中表現はもっと複雑なので、そこは読んで欲しい)。

2016-09-20 19:04:17
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、作中の二大「悪」は、教育者としてあまりにも無責任かつ理不尽な竹内と、障害を人のせいにする西宮の父親家族なのは間違いない。あれは強烈なほど醜悪に描かれていて、読者にも悪だということがわかる。ただ、植野は、処理できていなかった。それもまた「リアル」かもしれない、けれど。

2016-09-20 19:11:52
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、植野のキャラは日常的な面では典型的と言えるくらい「ツンデレ」で、非常に漫画的でもあった。それが結局野放しになった上に、それこそ友達として仲の良い相手になっていたのは、感情的に言えば溜飲が下がらないところでもあり、倫理的には植野の思想の消極的肯定になってしまうような。

2016-09-20 19:16:53
スパルタ @sparta_cc

『聲の形』、しかし、これは倫理的に良くないという自覚もあると同時に、僕の立場からの「共感」し得るのは、植野と真柴なんですよね…(残念ながら佐原ではない)。それは言う、言うけれども、そうであるからこそ、植野も真柴も、そのままであって欲しくはない、という気持ちもある。

2016-09-20 19:22:03
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コメント

kou @kou_il 2016年9月23日
映画を観ました。植野の扱いには非常に同意できます。文章にするには難しいモヤモヤが残ったのも事実ですが、映画しか観ていないので自分の中ではなんとか納得ができました。非常に良いまとめで落ち着いて読めました。機会があれば原作を読んでみよう。
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語られざるもの、悉若無@ベイクベリー専業農家(🌳)(💧) @L_O_Nihilum 2016年9月28日
物語と言うものの構造上の限界だったのかも?キャラクターとして名前を与えて登場させる以上、なんらかを代表=代理しざるをえないという作用。
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ueda sinshu @kikakuno 2017年4月17日
"『聲の形』、終盤で石田が閉ざしてきたモブたちの「✖」が外れる見開きは、成長物語としては感動した、感動してしまったけれども、そこに至る過程が納得のいくものだったかというと、どうしても疑問は残る。西宮の「清純さ」と、ドラマチックな事件に支えられ過ぎているところは、ある。" 同感。あの過程にはちょっと論理性がなさ過ぎたような。
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