午前0時の小説ラジオ メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」5・「忘れられないことば」

メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」5・「忘れられないことば」 記憶に断片として刻まれ、連続しては蘇ってこない言葉の数々。 それらが語りかけるもの。それらが構成する「物語」の強靭さ。
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高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」5・今晩の予告編1・月曜から続け来た来た「小説ラジオ」の特別篇も今晩で終わりです。「さよなら、ニッポン」も本屋の店頭に並びました。後は、どんな風に読んでもらえるか、楽しみにしています。

2011-02-18 22:00:57
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・今晩の予告編2・最後の晩は、何について話そうか。いろいろと考えて、結局、ぼくの個人的な話をすることにしました。だから、タイトルは、「忘れられないことば」になります。鮮明に覚えていて、忘れられないことば。いつ頃、どんな時に、どんな場所で。

2011-02-18 22:04:36
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・今晩の予告編3・そんなぼくの、個人的な経験から、ずっと遠くまで話がたどり着くことができたら、嬉しいです。今夜もust付きです。では、後ほど、24時に。 http://www.1101.com/shosetsu_radio/index.html

2011-02-18 22:08:05
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「メイキングオブ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」5・「忘れられないことば」1・ぼくが「小説ラジオ」ということばを使うのは、「ラジオ」というものが好きだからだ。1951年に生まれたぼくは、最初のテレビ世代だけれど「ラジオ」の方に深く影響されている。

2011-02-19 00:00:00
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」2・テレビはただ眺めていればいい。ラジオは、耳を澄ませて、全神経を耳に集めて、聞かなければならなかった。3歳か4歳の頃、ぼくはそんな風にして、布団の中で、夜、離れたところから聞こえてくるラジオの音に耳をかたむけていた。すると、聞こえてくるのは、ラジオの音だけはなかった。

2011-02-19 00:02:52
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」3・たくさんの、たくさんの音が聞こえたきた。たとえば、雨の音に何種類もあることを知っているだろうか。強い雨、弱い雨、そのリズムが変わる雨、ポツポツと断片となって降ってくる雨。トタンの屋根を、雨は複雑に叩き、ぼくは、その音を聞いているだけで飽きることがなかった。

2011-02-19 00:05:16
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」4・「もう町からはなにも聞こえて来ない」。先日、お会いした宮崎駿さんが、こうおっしゃった。宮崎さんは(おそらく昭和三十年代の音を求めて)全国を回ったそうだ。でも、かつての「音」、「生活音」は、完全になくなってしまった。耳を澄ませても、もう何も聞こえてこないのである。

2011-02-19 00:08:40
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」5・宮崎さんは、小さい頃父親が雨戸を開ける音が好きだったとおっしゃった。布団の中で、その音を聞きながら、朝だと思うのだ。隣の家が雨戸を開ける音、牛乳配達の自転車で牛乳ビンがカチカチとぶつかる音、まな板でネギを刻む音、あちこちの家で「生活」が作る音が朝になると聞こえてきた

2011-02-19 00:11:46
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」6・いまはもうなにも聞こえない。遮音性の高い家に住み、窓を固く閉める。こちらの窓は閉ざされ、もちろん隣の家も窓を閉じている。聞こえてくるのは、自動車の音ぐらい。宮崎さんは、だから窓を開けて寝たりするという。「音」を聞くために。でも、「生活」の音は聞こえて来ないのだが。

2011-02-19 00:13:53
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」7・いまでも、目を閉じると、まず音が蘇ってくる。それから、場面が。そして、匂い、温度が。そんな記憶がたくさんある。だから、ぼくが覚えている「ことば」は、みんな、遠くから聞こえてくる「音」のようなものだ。その只中に、ぽくはいたのである。

2011-02-19 00:15:48
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」8・高校生の頃だった。ぼくは、京都のある大学の学生会館の小さな部屋で、ひとりの大学生と話をしていた。暑い夏、エアコンはなく、窓は開け放たれ、外の空気が入っていた。彼は、ぼくを彼の組織に勧誘しようとしていた。ぼくはどんな組織にも入るつもりはなかった。突然、電気が消えた。

2011-02-19 00:18:51
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」9・ぼくたちは漆黒の闇に包まれた。遠くから、いろんな声が聞こえて来た。音も。風の音さえ聞こえた。ぼくたちは耳を澄ましてい。「まっくらだね」と彼は言った。まっくらだった。それなのに、彼の瞳が異様に輝いているように見えた。その時、ぼくはその組織に入ってもいいような気がした。

2011-02-19 00:21:15
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」10・闇は永遠に続くように思えた。次の瞬間、電気がついた。どこかで「やれやれ」という声がした。ぼくは結局、その組織には入らなかった。だが、あと2分か3分、その闇が続いていたら、どうだったろう。「まっくらだね」ということばはいまも耳の奥に優しく残っている。

2011-02-19 00:23:30
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」11・その学生は、やがて「連合赤軍」という組織を作り、たくさんの同志を殺し、最後に東京拘置所で首をくくるのだが、ぼくが覚えているのは、「まっくらだね」のひとことだ。そして、ぼくは、ほんの少しのところで、あちらに行くかもしれなかったのだった。

2011-02-19 00:25:00
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」12・その少し後、二年もたたないうちに、同じことばを聞いた。「まっくらだね」ではなく「まっくらね」だった。ぼくが初めて付き合った女の子で、ぽくたちは、夏休み中の、というか、バリケードで封鎖された大学に深夜、もぐりこんでいた。学長室の中で、電気はついていなかった。

2011-02-19 00:26:48
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」13・「まっくらね」と彼女はいった。「まっくらだね」とぼくは答えた。京都の大学生の「まっくらだね」を、ほんの少しだけぼくは思い出した。でも、それどころではなかった。あの時の湿気も、学長室の匂いも、暗さに慣れ、やがて、少しずつ、彼女の体の輪郭が見えてきたことも覚えている。

2011-02-19 00:29:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」14・「まっくらね」ということばだった。その数分後、ぼくは、初めて、キスというものをするのだけれど、鮮明に覚えているのは、「まっくらね」のひとことだ。その言い方、その声、耳元でささやかれた時の、おののきも。なにもかも、ぼくは覚えている。

2011-02-19 00:30:54
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」15・中学生の頃に遡る。おそらく、中学一年生の頃、ぼくは豊中にあった実家で、「おじさん」のひとりにあった。初めて会う「おじさん」だった。「帝大出身で頭が良すぎて左翼になり、憲兵に拷問されてから頭が変になった、いま国会図書館に勤めている」おじさんだとおばさんたちはいった。

2011-02-19 00:33:57
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」16・寒い晩だった。ぼくと「おじさん」の間には火鉢があったけれど、ほとんど役に立たないほど寒かった。「おじさん」は怖かった。そんなに異様な雰囲気の人間に会ったのは初めてだった。ほとんどぼくの方に視線は送ってくれなかった。ほんとに正気ではないのだ! ぼくはそう思った。

2011-02-19 00:36:16
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」17・いったい何の話をしていたのだろう。将来何をやりたいのかという話題だったろうか。ぼくは、いつかは「書く」職業につきたいというようなことをいった時だ。「おじさん」の目がぼくを見つめていた。怖い、殺される! そんな気がするほどぼくは怯えた。その時、おじさんはこういった。

2011-02-19 00:38:28
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」18・「本気なのか」。真正面から、ぼくに向かって、突き刺さるような言い方だった。ぼくは、ただ首を振った。「だったら、これを使え」。おじさんは、ぼくにフランス語の辞書をくれた。残念ながら、ぼくは、フランス語を学ぶことはなかった。おじさんと会ったのもその時一回だけだった。

2011-02-19 00:40:17
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」19・けれども、その時の寒さと共に、「本気なのか」ということばは、忘れることのできない、凍りついたような目の思い出と共に、ずっと残っていて、いまでも、ぼくの中で、時々、疼くのである。「本気なのか」と。

2011-02-19 00:41:39
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」20・高校生の頃、友人のTと広島までヒッチハイクに出かけた。暑い、暑い、夏だった。8月6日の深夜、ぼくたちは広島に着いた。そのまま、ぼくたちは、原爆ドームの中に入り込み、横になった。頭の上に、崩壊したドームから、空が見えた。「霊に怒られるな」とTはいった。

2011-02-19 00:44:39
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」21・なにもしなくても汗が滲むほど暑かった。ぼくたちはドームを出て、あてもなく歩きだした。歩きだしてすぐに、二人組の若者に会った。「こんな時間になにをしてる」。あんたたちもな。ぼくたちふたりと、その若者たちふたりの四人は川辺に座って、話をした。彼らは地元のヤクザだった。

2011-02-19 00:47:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」22・ひとりは若頭で、慶応大学でスタンダールを専攻していたのに、父親の組長の具合が悪く、実家に戻ってヤクザを「継いだ」のだといった。ぼくたちは、しばらく、文学の話をしていた。彼が連れていた、彼を護衛している若い衆は退屈して、ふらふらどこかへ消えてしまった。

2011-02-19 00:50:28