_風が騒がしいとは言うが、なにもゲリラライブを始めなくてもよいのではないか? カイミェルは水筒の紅茶を啜りながらシルフたちの大騒ぎを見ていた。 夕焼けに照らされた雲上のステージで、満足するまで歌ったシルフたちは解散する。飛行船が来たのでわざわざ見せに来たのだろう。 1
2016-09-22 19:06:14_郵便船501号は順調に予定の空路を航行していた。赤褐色の布が張られた飛行船である。後部にはジャイロをいくつもつけた鉄塔が放射状に伸びる。 先端には赤色灯が灯され、間延びしたパルス音がスピーカーから流れていた。また一人シルフが郵便船に並行して飛んでは手を振り去っていく。 2
2016-09-22 20:24:49_デッキで風を読む帝国郵便吏員のカイミェル。彼はつばの小さいふかふかの赤帽子とぶかぶかの防寒服を身に纏っている。短く切った褐色の髪が風に揺れる。またシルフが遊びにやってきた。彼は適当にあしらって観測を続ける。 一緒に騒ぐわけにはいかない。空の旅は危険に満ちているのである。 3
2016-09-22 19:16:03_積乱雲の動きは注視せねばならない。積乱雲にはクラウドシルフが巣食っている。いま彼の近くで笑いながら手を振るシルフとは比べ物にならない。 「お兄さん遊んでよ」 「仕事中さ」 積乱雲の主はこの様に簡単には意思疎通できない。非常に凶暴かつ破壊的な精霊。 4
2016-09-22 19:22:36_絡んでくるシルフを適当にあしらい、カイミェルは望遠鏡で近くの雲を観測する。濃度は危険なほど濃いようには見えない。積乱雲に衝突した場合、大破墜落してしまうことがある。 「今日も異常なし」 こんな寒い夕焼けの日には、昔のことを思い出してしまう。 5
2016-09-22 19:27:47_彼女との出会いは一瞬のことだった。嵐のように現れて、カイミェルの心をめちゃくちゃにかき乱した。感傷に浸っていると、再び別なシルフが話しかけてくる。 「おにーさん昔を思い出してるって顔している」 「ああ、大切な思い出さ」 「なにそれー!」 6
2016-09-22 19:32:46_陽は山並みの中に赤く沈もうとしていた。ここから先は夜間魔術師の仕事だ。彼らは昼夜逆転した生活をしていて夜間の空路を管理している。 『魔導コントロール開始。本船はこれより魔導システムにより制御されます』 アナウンスが響いた。 「また今度ね」 7
2016-09-22 19:37:37_カイミェルはシルフ達に別れを告げ船の中に戻る。船の中は光源装置で隙間なく照らされ、影はほとんどできない。気嚢内部の魔力ガスを利用した照明で、無機質な青白い光だ。夜の空が窓の向こうに広がろうとしていた。 郵便船は名の通り郵便物を運搬する。手紙から小包まで。 8
2016-09-22 19:42:49_魔術による遠距離通信はまだ庶民には行きわたっていない。高価すぎるからだ。 観測解析室に観測結果を報告し、カイミェルは夕食に出かけた。郵便船は各ブロックが気嚢の下部にいくつも張りつき、それらが通路で繋がっている。食堂はこの近くだ。何人かの同僚とすれ違い、食堂に辿りつく。 9
2016-09-22 19:47:37_今日は蒸しキノコのソースがけ。蒸し器からキノコを選ぶ。鍋からピリ辛肉ソースを選びかける。グレナデンプリンを取って席へ。好物を前に自然と笑顔がこぼれた。 座ると同時に彼の向かいに着席する女性。はっと顔を上げる。彼女はにこりと笑い、カイミェルの気流を乱したのだった。 10
2016-09-22 19:53:54【用語解説】 【魔導コントロール】 魔法は視界に捉えた物体にしか効果を発揮しない。これが基本的なルールである。しかしそれではあまりにも不便である。なので、カメラと情報伝達網を構築し、無数の目でもって巨大な構築物をコントロールする。もちろん術者は非常に疲れるので人件費は高騰する
2016-09-22 20:00:56