こじらせたリーマン20160919-20160924/こじらせていたリーマン20160924-20160925
- tsutsujishika
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「おっじゃまっしまーす」兄さんに任せるとくそダサい服しか着てこないから、という理由で、弟は我が家にあがりこんできた。上から下までコーディネートしてくれるそうだ。
2016-09-19 10:18:04僕としては劇場の最寄で待ち合わせでも良かったんだけど。どうもダサい人間と隣り合って歩きたくないらしい。こいつは。有難迷惑だ。
2016-09-19 10:19:04白いシャツの上に、柔らかいカーキのニットを着させられた。下は黒のスキニーパンツ。同じ色のブルゾンと帽子も用意されていた。さらに弟が持ってきた控えめなネックレスをつけられる。うう、おちつかない。
2016-09-19 11:06:03弟の方はダークピンクのニット帽に、濃いグレーのシャツを着て、キャメルの秋物コートを肩がけしている。下はすこしだぼっとしたブルーのパンツ。それから帽子と同じ色のクラッチバックを携えていた。ピンクなんて、僕は一生着れる気がしないけど、弟には似合っている。
2016-09-19 11:07:04「せっかくおしゃれしたのに、今日の天気予報一日中雨マークだよ?やんなるね」 そう言いながら玄関を出て、傘を持った。それなら最初っからおしゃれしなければいいんじゃないかと思ったけど、多分怒られるから言わないでおく。
2016-09-19 11:08:02いかにもおしゃれなカフェへと連れてこられた。うわあ女子力高い。と思わず声が漏れる。しばらく待たされて、やっと席へ通されたはいいが、メニューがよくわからないカタカナばっかでさっぱりだ。弟はなれているらしく、適当にお任せで注文してもらうことにした。
2016-09-19 13:23:01すこし危なっかしい雰囲気の街にある、小さな演劇場。半分地下みたいなそこにもぐりこむと、座席はほとんど埋まっていた。おおむね演者や関係者の身内だろうけど。僕らもそうだし。座席指定ではないので、後ろの空いた席に座る。兄さんの演劇を見るのは、多分彼が大学にいた頃以来だ。
2016-09-19 15:31:07どんな内容なんだろうね。弟がつぶやきながら、入口で配られたチラシを見る。白い背景に空色の椅子が描かれているだけの、シンプルなイラストだった。
2016-09-19 15:32:11赤い緞帳が上がると、ステージの真ん中に空色の椅子があった。そこに男性が座っている。……兄さんだ。けれど、表情が全然違う。いつもの気障な表情も、溌剌とした態度もなりを潜めて、まるで別の人間みたいだった。
2016-09-19 16:03:06ぱちぱちぱち。僕も、弟も、なんだか狐につままれたみたいな気分で手を叩いていた。身内びいきかもしれないが、ステージに立つ兄がほんとうに別人のようで、感心したし、引き込まれた。
2016-09-19 17:53:16……物語の登場人物ははったの三人だった。主人公の女子大生と、その友達の女の子。それから、彼氏。この彼氏の役が兄さんだ。そして物語の鍵を握る重要な人物でもある。序盤でわかることだが、彼は二重人格だった。明朗で快活な『動』の人格と、穏やかで影のある『静』の人格を内包している。
2016-09-19 17:54:06主人公の女の子は二つの人格の間で揺れ動く。そして、彼らの複雑な構造を繙く鍵は、あの青い椅子にあってー……というような話だった。
2016-09-19 17:55:17テンポよく進む会話と、少ない登場人物でわかりやすく、しかし飽きないストーリーが心地よかった。そして、兄さんの演じ分けがすごい。まるで本当に別人のように、けれど同一な人間なように、動と静の彼を演じてみせた。
2016-09-19 17:56:05カーテンコールで出てきた姿こそいつものそれだったが、こちらに気付いて眩しそうに笑う顔は、やっぱり普段の何倍も輝いて見えた。
2016-09-19 17:57:07「フッ。我が弟たちよ……括目したか?我が華麗なるステージ」 「痛い」 「イタい」 「えっ」 「せっかく劇が良かったのにお前が台無しにしてどうすんだよ」 「ホンっとイタいよね~!」
2016-09-19 18:16:02兄さんは普段からこんな調子だが、演劇をやった後はよりその傾向が強くなる。自分でもわかっているのか、こほん。とひとつ咳払いをして、今日は見に来てくれてありがとうと言った。
2016-09-19 18:17:02「ほんとうは夕飯でもおごってやりたいんだが」 「いいよ。そっちで打ち上げあるでしょ」 「そうそう。僕は今日はチョロ松兄さんに奢ってもらうから平気だよ」 「オイ誰がそんなこと言った」 「えー?だめぇ?」 弟はきゅるんとしなをつくる。可愛くねーよ!
2016-09-19 18:18:03「チョロ松。水曜夜は暇か?」 「え、うん。」 「じゃあその日にどうだ。一緒に」 「いいよ」 「えー僕はー?」 「週末は実家に帰るから、その時に食いに行こう」 「やったー」 弟は飛び跳ねてくるんと回った。兄がそれを見て可愛いなあと言う。マジか。
2016-09-19 18:19:04