感情環状線

思い付いた現代百合を不定期に呟きます
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洲央 @laurassuoh

何もかも薄い人だった。まず線が細くて身体が薄い。化粧も薄いし、着ている服も青とか白とか透明な色ばっかり。確かに美人なのだけど、透明な肌や細い黒髪をひっつめて後ろで縛っただけの適当な髪形のせいで記憶に残りにくかった。だから記憶の中の彼女は姿形より、どちらかと言えばいつ #感情一号線

2016-10-02 23:12:58
洲央 @laurassuoh

もバイトの休憩時間になると喫茶店の裏口から外に出てビルの谷間を見上げながら吸っていた煙草の香りとして思い出された。「華南ちゃんも吸う?」と私にメビウスのメンソール(これもまた薄い味と薄い匂いの煙草だ)を差し出す彼女の細い指先、ネイルには何も塗られていない。 #感情一号線

2016-10-02 23:17:25
洲央 @laurassuoh

私は白樺の小枝のような煙草を咥え、彼女に火を点けてもらった。「ふぅ……枝里さん、私、未成年ですよ?」憤然と腕を組んで言うと、枝里さんは悪戯に笑って「ごめんなさいね。……華南"先輩"?」と紅い舌を見せる。 #感情一号線

2016-10-02 23:22:59
洲央 @laurassuoh

「やめて下さいって言ってるでしょうそれ。枝里さんの方が年上なんだから」「先に仕掛けてきたのはそっちでしょ~」二人して笑った。 枝里さんの飾らぬ性格が好きだった。大人の女性って、女子高生にとっては謎だらけなのだけど、枝里さんのその謎の部分は全然嫌じゃなくって、むしろ #感情一号線

2016-10-02 23:27:03
洲央 @laurassuoh

知れば知るほど惹かれていった。知らない国のお菓子がたくさん詰まった箱、それを開けるたびに私は甘かったり苦かったりする感情の味を楽しんだ。「メビウスなら匂いもつかないよ」なんて枝里さんは言っていたけれど、それは嘘で、喫煙者のいない我が家ではすぐに気付かれてしまい、 #感情一号線

2016-10-02 23:30:35
洲央 @laurassuoh

「喫茶店って大変ねぇ」などと匂い消しを渡された。教室、退屈なそこに辿り着く前に私は枝里さんから貰った煙草を吸う。吸って、吐いて、朝の空気とメンソールが同じ冷たさを私の肺と脳に届ける。電車に乗って辿り着く四角い空間の喧騒にあって、ほんのりと髪に染みた薄い香りが私を正気 #感情一号線

2016-10-02 23:39:03
洲央 @laurassuoh

でいさせてくれる唯一の縁だった。青空に浮かぶ能天気な雲たちは、私の吐いた煙よりもずっと濃い無色。肺が次の刺激を求めている。放課後、早く放課後に。私は生き急いでいた。枝里さんの年になった自分なんて想像できない。私には、今とちょっと先しか、透き通るあの秘密の時間しかなか #感情一号線

2016-10-02 23:43:25
洲央 @laurassuoh

ったのだ。 「これあげるね」と枝里さんはある日私に新品の煙草をひと箱と愛用のジッポをプレゼントしてくれた。驚いた私は、もう受け取ってしっかりとポケットに隠した後なのに「いいんですか?」と尋ねてしまった。「いいのよ。華南ちゃんにもらって欲しいから」それで、最後。 #感情一号線

2016-10-02 23:47:21
洲央 @laurassuoh

枝里さんの煙草は一本だけ吸った。翌日、バイトのメンバーが一人減ったって知らされた休憩時間に、誰もいないいつもの場所で。残り香も薄いメビウスのせいで、枝里さんのことも忘れそうになる。だけど日常、ほんの些細なきっかけで私はまたあの頃に還るのだ。肺は何かを吸った気になる。 #感情一号線

2016-10-02 23:52:02
洲央 @laurassuoh

雲は不定形に不規則に走る。空は青く、教室は退屈だ。私はまだ匂い消しを使ったことがない。だって、次の香りに出逢えてないから。 「メビウスの輪」 私はそこに立つ誰かに出逢えるだろうか。煙のように儚く、突然に消える誰かに。 #感情一号線

2016-10-02 23:57:48
洲央 @laurassuoh

綺音は旅行の計画を立てるのが上手かった。あたし一人だと目的地しか決めないけど、綺音は交通手段から観光スポット、旅館、おみやげ、そういうのをリストにして旅行前にあたしに渡した。セクハラ上司に黙って耐えていたこの静かな女は、一緒に暮らしてみると結構口うるさいと分かった。 #感情二号線

2016-10-25 16:15:25
洲央 @laurassuoh

温泉なんかに行って化粧を落とした付き合いになると、普段からほとんどそういうことをしないあたしはともかく、綺音はかなり印象が変わった。本人は「あんまり見ないで」とか言うのだけど、あたしは「なんで? 可愛いじゃん」ってすっぴんの綺音をガン見したりする。 #感情二号線

2016-10-25 16:17:51
洲央 @laurassuoh

「それで会社だっていけるよ」とあたしが言うと、綺音は「女は化粧してない顔を見せてもいい相手と、見せたくない相手と、見せたい相手がいるの」とよく分かんないことを言ってそっぽを向いた。綺音をバイクの後ろに乗せて走ると、他の誰を乗せるよりも心地よかった。 #感情二号線

2016-10-25 16:20:53
洲央 @laurassuoh

冬の海に夜明け前出発して朝日を二人で見た。あたしは綺音と自分との関係について考えることもあった。綺音は、前に言っていたのだけれど、小学生の頃には自分の性的な趣味に気付いていたらしい。一方あたしは男とか女とかあんまり気にしなかった。あたしは特別な人間に定冠詞をつけた。 #感情二号線

2016-10-25 16:24:19
洲央 @laurassuoh

あたしにとって綺音は恋人というのとはちょっと違っていたかもしれない。一緒に暮らし始めたのは、綺音が上司にセクハラされた飲み会で酒を飲まされて意識を失った日、あたしが誰よりも早く綺音を連れ去って家に泊めたことが原因だった。綺音は翌日にはマンションを解約してこっちに来た #感情二号線

2016-10-25 16:27:15
洲央 @laurassuoh

昨日は随分しおらしかったのに大胆な女だと逆に感心してしまったあたしは「だったらもっと広いとこ探そうぜ」と、綺音のお父様が経営する不動産屋へ行っていい感じの2LDKを見つけた。あたしたちの生活リズムはそれなりに馴染んでいた。休日は綺音に連れられてあちこち買い物に行った #感情二号線

2016-10-25 16:32:02
洲央 @laurassuoh

今まではバイク弄りくらいしかしてなかったから、これは充実したと言うべきだろう。綺音は朝に弱くて、朝食を作ったり洗濯したりするのはあたしの役目だった。お風呂も長いと2時間くらい入っているし、夜はあたしの部屋にやって来て同じベッドで寝ると言って聞かなかった。この辺は #感情二号線

2016-10-25 16:34:29
洲央 @laurassuoh

プラスマイナス微妙な所だ。それと、あたしはほとんど影響を受けないあれの日も、綺音はかなり辛そうだった。そういう時の綺音は攻撃的になってあたしに当たり散らしたり、部屋から出て来なかったりした。だけど美味しい飯を作ってやればそのうち出てきて、ぼさぼさの髪で「ごめん」って #感情二号線

2016-10-25 16:36:32
洲央 @laurassuoh

謝るのが可愛かったから、これはプラマイゼロだろう。綺音と暮らしていると、毎日の細かいことが楽しくなって、なにがどうとかは言えないけれど満たされている感じがした。ずっとこのまま二人で暮らしていければいいなとあたしは漫然と考えていた。お互い80歳とかになって、近所の #感情二号線

2016-10-25 16:39:11
洲央 @laurassuoh

小学生が寄るような駄菓子屋とか開いたとして、あたしは陽気で勝気なばばあになる。そしてその年になっても、綺音は小奇麗なままだろう。白髪になって、皺も増えて、身体も小さく腰も曲がって、だけど重ねた手のぬくもりはきっと今と変わらない。バイクはさすがに乗れないけど。 #感情二号線

2016-10-25 16:43:20
洲央 @laurassuoh

なんて、あたしがこう考えていることは綺音には秘密だ。「女は秘密がある方がいいのよ」って綺音も言っていたからな。だからあたしは何も考えていないふりをして綺音と今日も暮らしていく。もうとっくにばれてるのかもしれないけどね。「さっちゃん?」と綺音が首を傾げてる。 #感情二号線

2016-10-25 16:50:35
洲央 @laurassuoh

「なに?」「何か心ここにあらずという感じでしたから。この映画つまらない?」ソファに座った綺音はあたしの腕を枕にしている。「ちょっと考え事をね。映画おもしろいよ」見ているのはフランス映画、綺音の趣味だ。「綺音のこと考えてたの?」「そうだね」「ホント? 嘘っぽいなぁ」 #感情二号線

2016-10-25 16:57:11
洲央 @laurassuoh

「綺音に嘘はつかないよ」言わないだけでね。「じゃあ嬉しい!」綺音は柔らかい。それは外だけじゃなくて内側もだって、あたしはよく知っている。今夜はいつもより美味しい料理が作れそうだ。そんな気がする。「ずっと一緒よ」と綺音があたしの手を握る。映画の中の二人もそんな雰囲気。 #感情二号線

2016-10-25 17:00:09
洲央 @laurassuoh

だからなのか、そうじゃなくてもなのか。あたしは綺音の手を握り返して「おう」と短く言って、綺音の額に軽くキスした。 #感情二号線

2016-10-25 17:05:20
洲央 @laurassuoh

17歳、昨日フラれたから厳寒の靴をぜんぶ捨てた。裸足でアスファルトは歩けない。真っ黒い煤が足の裏にべったりと張り付いて、何処へ行くにも後について来てしまうから。それなのに、芳夏はサンダルを持って現れて「先輩は見る目がなかったんだよ」と笑ったから、私は思い切り彼女の頬をぶっ叩いた。

2019-11-18 21:14:51