天体到達者【2016加筆修正】◆3(終)
_天球構造体の厚さは2メートルといったところ。神と思われるその女性はこちらを一瞥した。 (不思議だ……心がフラットになっていく。女の裸を見ているせいか?) 冗談を思う余裕も生まれてくる。リングレはにこりと笑って、手を振ってみた。 21
2016-10-11 20:15:40_その女性は笑みを浮かべながらゆっくりと歩き離れていった。足跡が赤く滲んでいる……それは構造体に浸透してこちらに沈んでくる。やがてそれはこちら側に露となって滲みだしてきた。 (これは……) 息を飲む。ジャイロの間抜けな回転音だけがパタパタと響く。 22
2016-10-11 20:19:18_露に気を取られている間に、女性はどこかへと消えていた。リングレは試験管をポケットから取り出し、その赤い露を注意深く採取する。 彼女は神であろう。ここは神と人間の住む世界の境界なのだ。 (俺は……許された!) 熱い思いが溢れる。 23
2016-10-11 20:22:52_人類はこの世界を際限なく研究し尽くそうとしている。そして、天球構造体にさえ到達した。行き着く先は神の領域。 (俺はまだ満足していなかった。太古のロマン……楽しいじゃないか! 学術的価値……尊いじゃないか! 他の全てをなげうっても、満足できる価値のある物ばかりだ) 24
2016-10-11 20:26:55_リングレは飛行鍋をゆっくりと降下させ小型飛行船に帰還する。すっかり長居してしまった。はやく帰らねば。鬱屈した思いが一瞬で全能感に切り替わってしまった。これも結晶の効果だろうかとふと冷静に考える。 (いいじゃないか) 試験管の赤い露を眺めた。 25
2016-10-11 20:29:39_神の一部を手に入れたのだ。偶然ではないだろう。神は笑いかけていた。下賜したのだ。リングレに。 (許されたんだ。神の領域に近づくことに) その資格は、条件は。思うたび、頬が赤くなる。まつ毛の霜が溶ける。 (俺の心はフラットなまま、神の領域に近づく) 26
2016-10-11 20:36:11_バルブを閉め、気嚢圧を下げた小型飛行船はゆっくり降下していく。遥か宇宙の彼方、無数の星座が彼を見送る。 (ここが俺の居場所だ。ここで俺の孤独はようやく許される。他の全てはビジネスと割り切れる……本当に?) 27
2016-10-11 20:40:00_天球構造体から離れるにしたがって、彼の心はまた自信を失っていく。 (いいじゃないか。下界は地獄。悩みと、困難と、苦しみが溢れる世界……それもまたフラットに受け止めるんだ) 大きく息を吐く。窓ガラスの向こう、濃いブルーの天球を見上げる。 28
2016-10-11 20:42:49(俺はまたここに帰ってくる。神は俺に微笑んだ。ならば答えるしかない。俺はどこまでも高みに上る。例え安心感を得るために避難する格好でも……いいじゃないか) 赤い流れ星が天球を駆けあがって消えた。まるで見送るように。 (もしかしたら、あの神も孤独なのかもしれない) 29
2016-10-11 20:47:15【用語解説】 【神】 この世界を支配する存在。といっても、絶大な力を誇るものは一握りで、特に優れているというわけでもない。ただ、「神々の会議」という組織に属すことが神の一員たる唯一の条件。世界ネットワークに触れることで、世界のあらゆる場所に干渉できるのが最大の特徴
2016-10-11 21:01:59【次回予告】 売れもしないチケットを売ろうとしている。歌手の幼馴染のためにチケットを売る男。疲れた心を休ませようとあるカフェを訪れる。そこで目にしたのは、「脳髄パフェ」というメニューだった。 次回「脳髄パフェ」 全50ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-10-11 21:12:13