蛙の鳴く夕暮れ【2016加筆修正版】◆2
_次の日も日常は繰り返される。相変わらずがらくたも彫像も売れなかった。けれども、ミケルは空の青をいつもより美しく感じる。 (天気も最高。木を削る音も最高だ) 暇つぶしの彫刻も鼻歌交じりのものになった。 11
2016-10-21 20:12:39_削りかすの山を片付けたとき、いつもより多く彫刻ができていることに気付いた。すでに日は傾き、街に大きな影が下りている。 (今日も終わりか……パンが1個買えるくらいは売れた。それで十分だ) そのとき、蛙の大合唱がまた聞こえた。 12
2016-10-21 20:16:51_その鳴き声はどこか泣いているようだった。腹の底から漏れ出したような泣き声。ふと気付くと、いつのまにか客が来ていた。 青いワンピースが翻る。昨日の女性がまた来てくれたのだ! 「あ、今日も……ありがとうございます」 13
2016-10-21 20:20:54_女性は昨日と同じ白い大きな帽子を被っていた。立ったまま品物を覗きこみ、長い黒髪がこぼれる。 「今日の彫刻は……」 鳩の木彫りをひとつ手に取る。 「これがお気に入りですね」 14
2016-10-21 20:24:34_ミケルはそれを聞いて頬が緩むのを抑えきれなかった。自信作だった。 「これをくださいな」 木彫りは二束三文の値段だったが、関係なかった。受け取った代金を硬く手のひらに握りしめながら、ミケルは彼女が去っていくのをいつまでも見つめていた。 15
2016-10-21 20:29:13_それから、彼は彫刻を取り憑かれたように作り始めた。例の女性はその後もたまに現れた。決まって夕暮れに蛙の鳴くとき、白い帽子と青いワンピース姿で現れ、彼のいちばん気にいった彫刻を買っていくのだった。 そして、いつしかその女性は姿を見せなくなった。 16
2016-10-21 20:35:38_相変わらず彫刻もがらくたもさっぱり売れなかったが、いつのまにか彫刻を作ることそのものが楽しくなっていた。家は売れ残りの彫刻でいっぱいになる。 (なんて心地いい場所なんだ) ミケルは売れ残りに囲まれながら幸せに眠る。彼は満足していた。 17
2016-10-21 20:41:47_ある日、彼はいつものように彫刻とがらくたを売っていた。彼は彫刻を彫りながら、そういえば随分と蛙の鳴くのを聞いていないことに気付いた。 そのときはたいして気にも留めないでいた。山のように積まれた彫刻は売れない。そしてその日も同じように日が暮れた。 18
2016-10-21 20:46:57_酒瓶を乗せた屋台がやってくる。 「おい、そこの! はやく片付けろ!」 屋台の男が怒声をあげる。ミケルは、面倒はごめんだと黙って片付けはじめた。しかし売れ残りは多くなかなか片付かない。 19
2016-10-21 20:51:00_それを見た屋台の男は舌を打ち、乱暴に商品を蹴飛ばした。ミケルは男ににらみ返す。しかし男は嘲笑で返した。 「随分売れ残ってるじゃねぇか。邪魔だから明日からここに来るなよ!」 ミケルは言い返せず、荷物をまとめて逃げるように帰る。顔を上げることもできず、足を引きずるように。 20
2016-10-21 20:55:28【用語解説】 【がらくた】 役に立たない物も、売れないことはない。魔法の素材として有用なものは多岐に渡り、それは魔法を作製する際に必要とする、あるいは魔法の発動の際に必要となる、など様々な使い道がある。例えば錆びた釘、欠けた陶器の人形、魚の骨、怪しい仮面、瓶のふたなどである
2016-10-21 21:00:39