蛙の鳴く夕暮れ【2016加筆修正版】◆3(終)

商人のミケルは最近楽しみを覚えた。それは、ナイフで削る木彫刻。そして彫刻を買ってくれる青いワンピースの女性。ミケルは彼女に救われるが……? 過去作の加筆修正版です 全30ツイート 最初↓ 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_蛙の鳴く夕暮れ【2016加筆修正版】◆3

2016-10-22 19:36:55
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_帰宅したミケルは晩御飯も食べず布団に横になっていた。いつもは温かく見守ってくれる売れ残りの彫像もこの日はただのがらくたに見えた。 (随分売れ残っているか……確かにな、その通りだよ)  彼は悔しさから布団にくるまる。すると、どこからか蛙の鳴く声が聞こえてきたのだ。 21

2016-10-22 19:41:41
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_蛙の鳴き声は次第に大きくなり、絶叫とも呼べるほどになった。ミケルは泣くのをやめて、布団をはねのける。窓は真っ赤に染まっていた。不意にドアをノックする音。耳を全て埋めるような蛙の絶唱の中でも、はっきりと聞こえる。  声がする。ドアの向こうからだ。 22

2016-10-22 19:46:56
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「彫刻を買いに来ました」  あの青いワンピースの女性の声だった。ドアの窓には赤い背景を背負って大きな帽子の黒い影が見えた。 「もう店は閉めたんだ」  彼は恐る恐る言った。影は動かない。 23

2016-10-22 19:52:06
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「こんなに泣いているのに、強がらないでください」  彼は蛙の鳴く声の正体に気付いた気がした。彼は辛かった。売れ残った商品をかき集め家に帰る夕暮れが。  いつも彼は泣いていたのだ。心の奥底で、自分自身に。  しかし、ワンピースの女性に思い当たるものは無い。 24

2016-10-22 19:58:36
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「もう僕は泣かないよ」  ドアの向こうの女性に向かって言う。笑顔を作り、ゆっくりとドアへ歩み寄る。 「いや、たまには泣くかもしれないけど……人並みに、人並みに生きていけるよ」  ミケルは心の奥底から笑顔を作ろうとした。 25

2016-10-22 20:03:59
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「もう僕は一人で大丈夫なんだ、だから……」  ドアの窓の影が揺らいだ。 「強がらないでください、辛いくせに」  そして影は完全に消える。蛙の鳴く声と共に。窓の外は完全に暗い夜の街に戻っていた。 26

2016-10-22 20:08:55
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_ミケルは恐る恐るドアノブに手をかけ、息を飲む。外には誰の気配もない。ゆっくりと開けてみると、玄関先にいくつか物が落ちていた。  それは、いままで女性が買ってくれた彫像たちだった。その中の一つ、彼は昔自分が作った作品をひとつ見つけた。 27

2016-10-22 20:14:04
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_それはつばの大きな帽子を被ったワンピースの婦人像だった。泥で汚れ、湿っていた。まるで今までどこかに沈んでいたように。  ミケルはようやく彼女を思い出した。昔、彫像を馬鹿にされて悔しくて売れ残りの一つを池に投げ捨てたことがあったのだ。 28

2016-10-22 20:20:56
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「ごめんな、お前も悔しかったんだな」  ミケルはそれの泥を綺麗に洗ってやって、棚に飾った。彼はその後もがらくた売りを続けた。  相変わらず売れなかったが、人並みに生きると、そう思えたから……ナイフを削る手も変わらなかった。 29

2016-10-22 20:32:14
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_蛙は雨の到来を感じて今日も鳴き続ける。 30

2016-10-22 20:35:48
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_蛙の鳴く夕暮れ【2016加筆修正版】(了)

2016-10-22 20:36:15
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【用語解説】 【布団】 灰土地域ではベッドが主流である。基本的に土足であるが、文化によって少し様式が異なる。雨の多く降る南部森林地帯では、土足をすると家が汚れるため、靴を脱ぐ文化が生まれた。そしてそこでは布団を使用する。偶然にも同じ文化が山脈を越えた海の先でも見られた

2016-10-22 20:53:37
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【次回予告】 『仕事が趣味です』という女性、ギヌ。彼女の前に現れたのは、奇妙な男。彼は何の楽しみもない彼女に一つの期待を感じさせた。男は……自らを道の調教師と名乗った。 次回「すり減った靴」 全30ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です

2016-10-22 21:06:47