すり減った靴◆2
_立ち止まることもない男が立ち止まっていた。ギヌはぎこちない笑顔で対応する。 「まぁ、気になってはいました」 「でしょう!」 男は芝居がかった動作で大きく腕を広げた。 「僕がこの辺をフラフラ何度も歩いていることを、気にならないはずはありません!」 11
2016-10-25 20:06:32_彼はあどけない笑顔で話を続けた。 「僕は自らの仕事に誇りを持っている! けれども、誰もそれに気づいてくれない……それが寂しい! でも、あなたは気づいてくれた。それが嬉しい!」 「仕事してたんですか」 ギヌは男が魔法使いでもストーカーでもないことに気付く。 12
2016-10-25 20:10:30「僕は自分の仕事を自慢したくてしょうがない! 聞いてくれよ、この音を!」 そう言って男は靴で道路をトントントンと叩く。ギヌは何が何だかわからない。 「あの……どういうことです?」 「ああ、ごめん……喜びの余り暴走してしまったよ。ゆっくり説明させてくれ」 13
2016-10-25 20:14:28_男は自らを道の調教師と名乗った。どうやら、彼は道を何度も歩くことで、歩きやすい、素晴らしい道に変えているというのだ。 「カーペットも踏まれ慣れてくると、美しくなる。それと同じさ」 「俄かには信じられませんね」 14
2016-10-25 20:18:43「でしょう! けれども、そういった方に僕の仕事を凄いと言わせる……それが僕のやりがいなんです! まず、あなたは僕に気付いてくれた。それだけで十分です」 男は先日最高の道に仕立て上げた場所があるという。その場所を教えてくれた。それはギヌの帰宅ルートから少し離れた場所だった。 15
2016-10-25 20:23:27「この道をぜひ歩いてみてください。あなたはきっと違いが分かるはずです」 「はぁ……」 正直興味はない。ギヌはそれより男がいつも同じキャップ、同じ赤シャツ、同じジーンズであることの方が気になる。その疑問を解決することなく、調教師は手を振って去っていった。 16
2016-10-25 20:28:06_調教師の妙な自信。それもまたギヌの疑問を深めていった。 (彼も仕事が楽しくて仕方がないんだろうか) 夜。仕事帰りに、いつもと違うルート。セラミックプレートで飾られた建物と道路。道路は工事があったのか、その道だけ色がちぐはぐになっていた。 (熱意に負けたか) 17
2016-10-25 20:34:20_そう、ギヌは指定された道に来ていた。調教師の妙な熱意に押されて、気づけば彼の仕事を確かめたくなっていた。 (いつもと違う道だ) 街灯の照らす道には誰もいない。崖のようにそびえる両脇の建物。まるで谷底。 (どこから彼の仕事なんだろう) 18
2016-10-25 20:39:16_歩いてみても、彼の言う「違い」が分からなかった。 (いつもと同じ道だ) 足音はいつもと同じ、パタパタと間抜けに響くだけだ。 (正直期待外れだな……) 期待。そう、彼が靴で叩いた道路の音に、ギヌは何も感じないわけではなかった。 19
2016-10-25 20:44:14(彼の情熱はきっと私を揺り動かしてくれる……そう期待したのに) 結局道はただの道。興味も持てない。そう思った。 (次の一歩も同じ一歩……ん!?) その一歩を踏み出した瞬間、心の奥に音楽が、ドラマが弾けた。ギヌはまるで映画が始まったかのように錯覚したのだ。 20
2016-10-25 20:48:42【用語解説】 【映画】 映画はスクリーンに影を投影して見る娯楽の一つ。投影師と呼ばれる魔法使いがシリンダーに封入された映画魔法を使用することで映画が見れる仕組み。地球のように撮影セットを使用せずとも、妄想したものを魔法に変えて映画魔法として生成できるため、撮影コストが非常に安い
2016-10-25 20:55:38