_地獄の匂いを嗅いだとすれば、きっとこんな腐った水草と、魚の匂いがするのだろう。フィルとレッドはまさに地獄の匂いを嗅ぎながら、湿度100%の水辺をスーツ姿で歩いていた。 「あんまり水辺によると襲われるよ」 フィルが注意する。 1
2016-11-01 20:17:14_注意されたレッドは、そそそ……と水辺から離れて肩をすくめる。 「聖河スキュラってやつかい。実際に見るのは初めてかもしれないなぁ」 「濁った川に潜んでいるからいまは見れないね。ま、向こうはこちらのこと丸見えだっていうよ」 そう言ってフィルは濁った聖河を見る。 2
2016-11-01 20:22:38_聖河は灰土地域最大の大河である。灰色の火山灰が溶け込んで灰色に濁った川はまるでコンクリートのようだ。向こう岸は見えない。遠く、巨大な河。 二人は船着き場を目指して歩いていた。もちろん、北の岸辺から南の岸辺へ渡るためだ。もちろん橋もいくつか建設されているが……。 3
2016-11-01 20:28:56_問題は聖河に住む強力な種族、聖河スキュラだ。彼女たちは女性しかいない種族で、下半身が蛇の塊のようになっている。恐ろしく凶暴。かつ、その闘争心から生まれる破壊魔法は人間の中でもトップクラスに強い。 彼女たちが河の通行に税金をかけたのだ。 4
2016-11-01 20:33:57_しかも、橋には5倍の税金をかけた。そのため、どうしても橋を使わざるを得ない重量物のほかは船でちまちま通行することになる。 フィルとレッドは船の出航まで港町を散策していた。向こうに土産物屋が見える。 「おおっ、カニ焼いているぜ!」 目を輝かせるレッド。 5
2016-11-01 20:37:45「よく食欲湧くね」 「むしろ、何故食欲がわかないんだ? カニだぞ、焼いているんだぞ!」 財布を握りしめたレッドは焼きガニを買う。うまそうに食う。 「聖河カニっていうんだってさ」 「何でも聖河ってつくのかな?」 6
2016-11-01 20:41:12「結構結構。聖河まんじゅう、聖河せんべい結構」 辺りは観光客向けの店でにぎわっていた。彼らもやはり聖河スキュラに税金をかけられているのだろう。少しでも儲けようとしなければこの地で生きてこれなかったのかもしれない。そんなことをフィルは考える。 7
2016-11-01 20:48:37_税金がかかるなら、無茶な旅行はせずに河を渡らないという選択肢もあるだろう。だが、そうはいかない。聖河の北は荒れ果てた荒野で、非常に辛気臭い。一方聖河の南は、緑と果物溢れるパラダイスに続いている。 8
2016-11-01 20:53:18_となると、北の住人は休暇の旅に南方旅行を夢見てしまうのだ。そのためには少しばかり金を払ってでも夢を見たい。 「はやくバカンスしたいぜ」 「さ、船の出る時間です。行きましょう」 しかし船着き場で二人が見た光景は想像を遥か斜め下に潜行していた。 9
2016-11-01 20:58:28「これ、乗るんですか?」 「やべぇ……」 船頭さんに聞こえないように二人は話す。船頭さんが二人に気付き、笑顔で手を振った。その船は……丸太をくりぬいただけの、無人島から脱出するかのような丸木舟だったのだ。 10
2016-11-01 21:02:40【用語解説】 【火山灰】 先の超文明、灰積世は灰より出でて灰の中に沈んだ。灰積世の終末、神々に鋳造された金属巨人ヌーハートが足を踏み鳴らすたびに大地は割れマグマが噴出した。そして火を噴いた大地は大量の火山灰をもたらし、そのダメージの癒えぬまま、次なる世代、濁積世は始まったのである
2016-11-01 21:09:03