効率とスピードは両立しないと、理論的に示された(熱エンジンの話)

慶應義塾大学理工学部の齊藤圭司准教授と、東京大学大学院総合文化研究科博士課程3年の白石直人、学習院大学理学部の田崎晴明教授の研究グループが、熱エンジンについての「パワーを求めると効率が落ちる、効率を求めるとパワーが出ない」というトレードオフについて理論的に示し、またその出力についての原理的限界を発見した。 関連ツイートを読むと、論文やプレスリリースの理解が深まり(というか、広まり)ます。
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"Universal Trade-Off Relation between Power and Efficiency for Heat Engines"

 Naoto Shiraishi, Keiji Saito, and Hal Tasaki
 Phys. Rev. Lett. 117, 190601 – Published 31 October 2016

・慶応大学からのプレスリリース
一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見 (Web版)
プレスリリース全文 PDF (一般向けに、内容が丁寧に解説されてます。twitterでの議論を元に用語や例などを修正した改訂版に差替え済(2016/11/10)。)

・論文
arXiv (誰でも無料で読めます)
Physical Review Letters (掲載誌)


このまとめの目次

  • "Universal Trade-Off Relation between Power and Efficiency for Heat Engines"
    著者からの紹介
    著者からの追加解説
  • 適用範囲に関する議論
    内燃機関への適用
    電池への適用
    内燃機関と生物のパワーと効率
  • 「熱エンジン」が示すもの
    熱エンジンと発電機
    熱エンジンに内燃機関は含まれない
  • その他の議論や確認
    実在する熱エンジン
    単一音頭とは
    数式の確認
  • 感想など

著者からの紹介

Hal Tasaki @Hal_Tasaki

【プレスリリース:一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見】 白石+齊藤+田崎のプレスリリースを出した。今時めずらしい、ものすごく基礎的で渋い話だけど、長い目で見て重要な仕事だと思っています。 解説は読みやすいはず。 keio.ac.jp/ja/press-relea…

2016-10-31 17:43:19
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

【プレスリリース:一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見(改訂版)】 教えていただいたことをもとに用語や例などの不適切な点を(最小限ですが)修正。相変わらず「基礎物理方言」ですが誤解の余地は減ったと思います。 keio.ac.jp/ja/press-relea…

2016-11-10 10:31:34
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

非平衡統計力学(孤立量子系の研究は除く)の仕事もいくつかしたけれど、今のところ、この白石+齊藤+田崎がベストだと思う。 論文は↓からなら誰でも無料で読めます。 arxiv.org/abs/1605.00356

2016-10-31 17:48:24
シータ @Perfect_Insider

エンジンのパワー(操作スピード)と効率の間に普遍的なトレードオフがあるという結果を示した我々の論文について、プレスリリースが出ましたkeio.ac.jp/ja/press-relea… 論文そのものはすでにPRLにアクセプトされており、本日(アメリカ時間)オンライン公開予定です。

2016-10-31 22:50:59
シータ @Perfect_Insider

今回の結果を一言で要約すると「今回の結果は、「エネルギーを無駄なく利用したい」という要望と、「短い時間で多くのエネルギーを得たい」という要望とが両立しないことを示しています」というのが分かりやすいと思う。熱力学等では取り扱えなかった「時間」の概念を組み込んだ、質的に新しい結果。

2016-10-31 22:54:16

著者からの追加解説

Hal Tasaki @Hal_Tasaki

【白石+斉藤+田崎の熱エンジン論文について補足/大学レベルの熱力学を知っている人向け】 熱力学の知識のある人向けに、昨日の慶応からのプレスリリース「一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見」に補足しますね(長いよ)。 keio.ac.jp/ja/press-relea…

2016-11-02 13:55:41
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

温度 TH と TL の二つの熱源(温度一定環境)の間で働く熱エンジン(熱機関)を考える(これは狭い意味での熱機関で、内燃機関などは入らない)。 エンジンは周期的に動作し、一回のサイクルのあいだに、高温熱源から QH の熱を受け取り、低温熱源に QL の熱を渡す。

2016-11-02 13:57:46
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

エネルギー保存則より、エンジンが外界にする仕事は W=QH-QL。受け取った熱のうちどれだけの割合を仕事として利用できたかを示すのが効率 η=W/QH だった。 効率 η は普遍的なカルノー効率 ηC = 1-(TL/TH) を決して越えないというのが第二法則(カルノーの定理)。

2016-11-02 13:58:26
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

効率は大きいほどいい。では、効率が(上限である)カルノー効率 ηC と一致するような熱エンジンは作れるか? 答えはイエスで、それは実はカルノーが示している。カルノーサイクルはまさに効率が ηC になる熱エンジンだ。

2016-11-02 13:59:18
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

ただし、カルノーサイクルは準静的過程を組み合わせて作るので、ものすごく、というか限りなく、のろい。単位時間あたりの仕事、つまり仕事率(単位はワット)はゼロになってしまう。 これでは使い物にならない(もちろん理論的装置としてカルノーサイクルは猛烈に重要)。 ↑ ここまでが予備知識

2016-11-02 13:59:54
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

となると、「カルノー効率を達成し、しかも仕事率(パワー)がゼロでない熱エンジンは存在するか?」という原理的な疑問が生じる。 カルノー流でやれば仕事率はゼロだけれど、だからといって「カルノー効率を達成すれば必ず仕事率がゼロ」とは言えないことに注意しよう。

2016-11-02 14:00:22
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

「カルノー効率を達成し、しかも仕事率がゼロでない熱エンジン」の候補として、 (1) 無限にのろくはないけれど実質的にカルノーサイクルと同じことをするような熱エンジン (2) 非平衡状態や素早いプロセスをどんどん活用したぜんぜん別のすごく賢い方法で働く熱エンジン が考えられる。

2016-11-02 14:00:52
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

(1) の路線で考えるにしても「こういう風にしてカルノーサイクル風のものを作ってみたけど、やっぱり効率が最大になると仕事率はゼロだった」という例を積み上げるだけでは証明にならない。もっと賢いやり方があるかもしれない。 (2) の路線なら、なおさらそうだ。

2016-11-02 14:01:38
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

実際、(2) の路線で、色々と物理的に変わった状況を考えると「カルノー効率を達成するが仕事率もゼロでない熱エンジン」が作れるのではないかという理論的な提案はいくつもあった(こういことを考えるのは大事だし、面白い)。

2016-11-02 14:02:09
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

だが、今回の論文で、(1), (2) を含め、何をやっても「カルノー効率を達成しつつ仕事率がゼロでない熱エンジン」は作れないことを証明した。 「夢」を壊してしまった・・・ ただ、それが真実なんだから仕方がない。制限を知った上で、できることを考えるのが正しいやり方だからね。

2016-11-02 14:02:45
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

(もちろん理論だから前提がある。今回は熱エンジンを古典力学で記述できること、熱源のエンジンへの影響をマルコフ過程でモデル化できることが前提。これはほとんどの場合に適切だと考えられるが、たとえば、量子性がものすごい強い極微の「熱エンジン」に今回の理論は適用できない。)

2016-11-02 14:03:34
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

実は、論文ではより踏み込んで、熱エンジンの仕事率と効率のあいだに、 (仕事率)<(定数)η ( ηC - η ) という不等式が成り立つことを証明した。これは、効率 η が上限の ηC に近づくと仕事率が必然的に小さくなるというトレードオフの関係とみることができる。 強い結果だ。

2016-11-02 14:04:01
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

ただし、ここに登場した「定数」は普遍的な定数ではないことに注意。これは具体的な熱源や熱エンジンに依存する量だ(熱伝導率を好きなだけ高くできるなら仕事率も高くできるので、普遍的な定数を使った不等式はあり得ない)。

2016-11-02 14:04:23
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

われわれの証明の要は、熱源とエンジンの間に有限の速さでの熱のやりとりがあると必ず「効率の無駄」が生じると示すことだった。これは平衡に近い系では割と当たり前だけれど、激しい非平衡状態を許す任意のプロセスについてはまったく自明ではない。これを証明してみせたところが「売り」ですね。

2016-11-02 14:04:56
Hal Tasaki @Hal_Tasaki

証明は数理的に見てもエレガントで、ぼくは気に入っている。ただ、証明の中身をツイートで説明するのは無理なので、ご興味のある方は論文をご覧ください。 【おわりです】 arxiv.org/abs/1605.00356

2016-11-02 14:05:28

適用範囲に関する議論

内燃機関への適用

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