〈連続シンポジウム第1回「分離派」とは何か - 分離派建築会誕生100年を考える〉 実況と感想

2016年10月30日13:00~18:00 @東京大学工学部1号館 主催:分離派100年研究会
建築 分離派
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アーキテクチャーフォト®︎ @archiphoto
【建築イベント情報】 連続シンポジウム・『第1回「分離派」とは何か』が、東京大学で開催 [2016/10/30] goo.gl/dbXLBw pic.twitter.com/FSDFLMj2m3
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分離派シンポジウム余裕の一番乗り。 #分離派 pic.twitter.com/uR6UTnp3u3
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AMANAI, Daiki/天内大樹 @d_amanai
連続シンポジウム第1回「分離派」とは何か。現在の会場の様子です。 (@ 東京大学 工学部1号館 in 文京区, 東京都) swarmapp.com/c/7Yc3IkPvIS8 pic.twitter.com/4mhDpRTXKk
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🏔² @b2_30
分離派今日なのか…
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第一部、池田祐子氏の発表。「分離派」とは古代ローマの民衆離反が由来。アメリカ南北戦争、ドイツ帝国成立後の政党分離も同様に「Secession」と呼ばれる。 #分離派
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Sezessionは元来ドイツより政治的由来で用いられた語。それとの区別のためラテン語由来のSecessionを用いた。1892年ミュンヘン造形芸術家協会ーミュンヘン分離派が設立。芸術創作の自由を謳う。 #分離派
Not u @notwo_
セセッションを分離派と呼ぶのは抵抗がある。
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第一回ミュンヘン分離派展はベルリンにて開催。「ミュンヘン分離派展示館」(1893)展示室に特徴。展示作品は特定の様式が存在するわけではなく、展示数は多い。初日で4000人の観覧者を動員。#分離派
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1898年ベルリン分離派設立。国家による芸術に対する統制からの解放を謳う。皇帝主催のベルリン大美術展に反発し、ドイツだけでなく国外の芸術家の作品も展示。大衆的側面をもつ。#分離派
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「ベルリン分離派展示館」(1899)ハンス・ギースバハ設計。特定の方向性を指向するわけではなく、「正直な感覚が体現されている作品こそが、我々にとっての芸術」(第一回分離派展カタログより)#分離派
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1897年ウィーン分離派設立。オーストリアにおける芸術感覚の高揚を標榜。第一回展ではミュンヘン分離派同様に国外の芸術家、自国の芸術家を招集。国外の芸術家の中に自国の芸術を位置づける。#分離派
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「ウィーン分離派館」(J.M.オールドリッヒ設計、1898)展示壁を可動式とし自由度の高い展示室とした。 #分離派
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3つの分離派の共通項として「国際主義」、「芸術家と芸術の自由の希求」、「展示会活動による「近代(芸術/的感覚)」のプロモート」が挙げられる。「分離派は静止点ではなく道程(ein Weg)である」(第26回ベルリン分離派カタログより)#分離派
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「分離派」とは特定の様式ではなく、過去の芸術の「様式」を批判し、その離別(分離)を標榜した時代の特性。特にウィーン分離派のコーポレート戦略による宣伝効果と商業的成功が背景にある。#分離派
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池田氏の発表終わり。続いて水沢勉氏(神奈川県立美術館館長)によるプレゼンテーション。#分離派
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「誌上のユートピア」展(2008)のデザイン。藤島武二〈婦人と朝顔〉(1904)とヨーゼフ・マリア・アーベンターラーの花卉作品をミックス。#分離派
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藤島武二〈蝶〉(1904)装飾用の絵画。西洋渡航前の作品。画集などで室内装飾としての絵画の手法を会得していた。個人蔵、昭和10年より門外不出という幻の作品。 #分離派
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19世紀後半の東京とウィーンの比較。美術界、建築界において並行して事象が発生。ジャポニズムに影響を受けたグスタフ・クリムトから浅井忠が洋画において逆輸入する。黒田清輝らの作品からも国際的な連携が見られる。 #分離派
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1905年の絵葉書展覧会にて藤島武二の〈絵葉書 三光〉(1905)が一等賞。クリムトの影響を受けたグラフィック。分離派的と評される。クリムトも琳派の影響を受けている。#分離派
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新海竹太郎〈ゆあみ〉(国立近代美術館蔵,1907)と台座。ほぼ裸体の彫刻作品。展示室の正面に静置されたが、時の東大総長が「下品だ」と批判し配置換えされてしまった。#分離派
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新海竹太郎は当時として大型の全裸女性像をいくつか制作する。ウィーン分離派、ベルリン分離派では許された芸術における自由さも、日本ではそのラディカリズムが受け入れられなかった。彼が目指した自由奔放な女性像は、後の女性解放へと繋がるのではないか、という説。#分離派
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河田智成氏のプレゼンテーション「分離派の建築的背景 ゼムパーからヴァーグナーへ」 #分離派
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佐藤功一『セセッション式建築』(1912)の発行。ウィーン分離派の紹介。岡田信一郎によるオットー・ヴァーグナーの紹介。1910年代前半にはセセッションが日本にも流布されていく。#分離派
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ヴァーグナーの根本的な思想:必要・目的〈現在の人間生活〉→構造芸術形態〈直接的なもの・生気を与えるもの〉 へと昇華される。#分離派
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