- katsuragi_rivea
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<<見えますか?>> 8000F付近を飛ぶ2機の戦闘機が哨戒の任に当てられ、アフターバーナーを激しく燃やし轟音と共に夜明け前の空を疾駆していた。 夜明け前の暗がりに、見下ろす地上は深い闇に包まれている。 <<いや、なーんにも?コウモリ一匹見当たらねぇ>>
2016-11-09 21:03:45<<この高さじゃ見えるわけないですよ>> <<…お前にゃ冗談も通じねぇのか?いいか。お前は気を張りすぎなんだ。そんな調子じゃいつか死ぬぞ?ハハッ>> <<縁起でもない…やめてくださいよ!>>
2016-11-09 21:04:54隊列を組む航空小隊、その長たる男は無線機越しに僚機の若い戦闘機乗りとのやり取りに興じていた。 見渡す限り暗がりの中にうすらと浮かぶ隆起する山麓が続くばかりで異常は特に見受けられない。 <<まさか、このご時世にUFOなんて信じる馬鹿がいるとはな>>
2016-11-09 21:06:15彼らは元は空軍出身。制海権を未知の存在に奪われ、職を干されたこの世界で 多国籍の傭兵として徒党を組み内陸部における内部紛争抑圧に従じる兵士… と言えば体のいい傭兵稼業で食いつなぐ者達。 <<こういうご時世だからじゃないですか?深海棲艦…でしたっけ?あのエイリアンみたいな>>
2016-11-09 21:07:30深海棲艦、と呼ばれる未知の戦力が現れてから、海から離れた地…空を自身らの管轄とする彼らにもその影響は波及する。 人類の有する戦闘機より遥かに小回りが効く航空機の台頭、及び近代兵器の使用制限。 その煽りは彼ら末端の兵士にまで喰らうことになった。
2016-11-09 21:08:52凍空の猟犬。空軍時代にそう渾名されその腕を賞賛され、敵には恐れられたのも今は昔。 何もせずにいれば予算が下りてくることも無いが故に、彼らは上層部の私腹を満たすための「任務」とは上っ面ばかりの「金の無駄遣い」に日々を費やしていた。 <<俺らの先輩がもう少し粘ってくれりゃぁね>>
2016-11-09 21:10:17男の苛立ちは過去―――第一次深海大戦と呼ばれた際に奮闘こそすれど敗戦ばかりを繰り返した自身達の前身、多国籍空軍の者達にも向いていた。 <<あの日本人、結局奴らに落とされておっ死んだからな>> <<もしかして…"南十字星"ですか?僕は話に聞く限りですが隊長は見たことが?>>
2016-11-09 21:11:50彼ら多国籍空軍が敗北し、その戦力の八割を失い壊滅的な被害を被ってから… 世界は空軍の有する戦力は深海棲艦に歯が立たない、と評価を下した。 それが事実として証明されたのが―――南方における新種、"骸姫級"との戦闘。
2016-11-09 21:13:19該当戦力を確認し、交戦へと臨んだ"南十字星"と称された男が率いた航空師団「Toten kreuz」はその戦いにおいて戦歴に幕を落とした。 当時、世界最強の航空部隊とも言われた彼らが敵わぬことを知り 空軍に対する風当たりが一層のこと増したのはその時からであった。
2016-11-09 21:15:10<<さぁな、今やアイツのことを知ってる兵士も少なくなっちまったしな>> 彼らには罪こそ無い、それは男も理解している。敵が相応に強かった…ただそれだけだ。 それでも、今を生きる自分達にはこの現状を呪うにも矛先を向ける場所が無い。 故人のことを悪く言うのは気が引けたが…
2016-11-09 21:16:25<<フン、変な奴だったよ。額に札貼り付けてんだからな>> <<やっぱり知ってるんじゃないですか!教えて下さいよ>> …気に入らなかった奴に向けるのが妥当―――まぁ、アイツならあの世から笑い飛ばしてくれるだろうよ。 男は自身の妙案に変に納得していた。
2016-11-09 21:17:47―――あの時代の中、あの男は押される戦況の中を悠々と翼を広げ大空を飛び回っていた。 日に日に減ってゆく戦友達、もがれる翼の断末魔。 それでも…最後の砦となった状況にあってもあの男の眼差しには尽きることのない火が灯っていた。 ―――今頃になって思い出すとはな…
2016-11-09 21:19:20<<―――っと!>> 感傷に浸る男だったが、計器の音が耳を劈くのを時として意識を現実へと引き戻すこととなる。 <<おしゃべりはここまでだ。仕事の時間だ>> 男の機体が搭載するレーダーが反応を捉えた。熟練の戦闘機乗りでない限りは見逃してしまうほどの…極めて小さな反応だった。
2016-11-09 21:20:48―――凍空の猟犬に与えられたその日の任は至って変哲の無いもの。 地上の長距離レーダーが僅かに捉えた未確認飛行物体…影の確認。"必要となる措置"を施すという内容 いつもと代わり映えしない…どうせ隣国の航空機が国境線を越えて侵入してきたのだろう。男はそう軽く思案していた
2016-11-09 21:21:57それは日常茶飯事と言っても過言では無いほどにしばしば起こる。 ―――あの国の連中だからな、礼儀など知る由もない。やれやれ… いつものように、警告し、国へ追い返して、任務は終了。至極簡単な任務という認識であった。 <<とっとと終わらせるぞ!>> <<了解、と>>
2016-11-09 21:23:25―――それが全くの見当違いであることは、機体が炎に包まれ、 自身が愛機ごと大地に口づけをするその前に悟ることとなる。 最初に異常に気づいたのは、僚機の若い搭乗員。 <<隊長!…レーダーが、効きません!>> 無線機の向こう側から狼狽える声が響く。
2016-11-09 21:25:34(マジかよ!どうなってやがる…?) 男は神妙な顔つきで自身の駆る搭乗席の片っ端から計器をまんべんなく見渡した。 HUDの視界には赤文字がズラリと並ぶ。 「レーダー機能に異常」の文字が一際大きく表示され、心臓は波打つように跳ね上がり続けた。
2016-11-09 21:27:01この時代にそんな真似をするとすれば件の深海棲艦ぐらいの者で、内陸で任務にあたる者にとってはこの状況に陥るケースこそ稀。 ―――あの若造が狼狽するのも無理は無い。熟練の戦闘気乗りである男はすぐさま判断を下し、指示を伝えた。 <<多分、妨害電波だ!それを発している奴を探すんだ>>
2016-11-09 21:28:11<<どうやって!レーダーが役にたたないんですよ!?>> <<目で探すんだよ、目で!>> ―――目視、という単純かつアナログな方法に頼ることになるとは… 気づくと空は深い漆黒から濃紺に近い群青色へと変化していた。 ―――夜明けは、すぐそこ。
2016-11-09 21:29:29漆黒の闇夜の中ではままならない索敵も、日が差してくれば話は別。 メットの下で舌なめずりをする男の目に、地に落とされた線の向こうから光が差し込む光景が映る。 ―――こういう状況じゃなけりゃ感動の光景なんだがな…
2016-11-09 21:30:43時間と共に、空の色が鮮やかに変貌するこの光景を男は愛していた。 新たな日々の始まり、明けない夜など無い。それを象徴するかのような…希望に満ちるような光景。 それら全てを踏みにじる"災厄"が存在したのは――その光景を世界の中心として映し出す白銀の太陽光の中。
2016-11-09 21:32:09―――なんだ、アレは…?巨大な外殻を有した…生物? 自身の経験、記憶、所見、想定にも存在しない物が宙に浮いているのを認めた男は狐につままれた気分に陥る 東の空から差す暁がその輪郭を影として浮かび上がらせる。巨大な魚影を思わせる空中要塞と、その周りを飛ぶ小さな無数の黒点…
2016-11-09 21:33:26それが人の技術、その進歩が行き着く兵器の大群であることを視認した男は思考がスパークし、混乱に陥る。 「馬鹿なっ!近代兵装を縮体化する技術が実現していただと!?――― 模型じみた大きさの兵器は群がる蜂の如く、猟犬達へと襲いかかった。
2016-11-09 21:34:51