ヨグヤカルタ・ナイトレイド #3
ヨグヤカルタ。暖かい風が吹き、よく晴れているが、空に靄がかかったような奇妙な感覚がある。スモッグともまた違う。ニンジャスレイヤーは安宿のUNIXデッキをじっと見ている。暗い部屋に斜めに日が差している。 1
2016-11-12 13:50:54「ヨグヤカルタに来ている。ちょっとしたビジネス。見ての通り、宿は素晴らしい」ニンジャスレイヤーは低く呟く。画面に映っているのはサンズ・オブ・ケオスのフォーラムに昨晩書き込まれたロングゲイトらしき者のログだ。隠す必要すらないと考えているのだ。実際隠さずとも支障はない。通常ならば。2
2016-11-12 13:53:11サンズ・オブ・ケオスの連中は、サツガイに接触した事を隠そうとする傾向は薄く、同じ境遇にある同志を求めようとする方へ考えが向いているようだ。神秘の共有か。メイレインの戯言がニンジャスレイヤーの脳裏をよぎる。敢えてサツガイの足跡を辿り、それを殺そうとする者がいる事は想像の外なのだ。3
2016-11-12 14:00:21バカンス写真や儀式写真がニンジャスレイヤーの瞳に映り込む。なんの謂れも無くアユミを殺した男に連なる者たちの生活。こいつらは何なのか。そのあまりに日常的なあり方が逆にどこか虚無的で、得体のしれぬものを感じさせた。『オーケー、ビジネスとやらは今夜くさいな』タキが通信を入れてきた。 4
2016-11-12 14:06:46「どんなビジネスだ」『"ボロブドゥール"に来てるからには王国の人間と会談だろ。ここは独裁国家だぜ。シノギをするにもシャン・ロアを通さねえと』「あれか」ニンジャスレイヤーは呟いた。西の遺跡を覆う百足めいたアトモスフィア。「シャン・ロアはニンジャなのか」『知らねえ。噂は何でもある』5
2016-11-12 14:11:59「噂?」『奴隷の血を飲んでるとか、魔法を使うとか、兵隊は全員脳をいじられたロボットみたいな奴らだとか、なんでもさ。実際どうだよ?』宿の外の路地から、コトブキとストリート・チルドレンの声が聞こえてくる。縄跳びをしたり、チョークで落書きをしたりしているのだ。 6
2016-11-12 14:17:13『そういや、あのオイランドロイドはどうしたよ』「そこらに居る」コトブキはカムフラージュ作業着からスーツケースで持ち込んだ衣服に着替え、ああして戯れている。『お前、アイツには気をつけろ』タキが声を低めた。『アイツ、ウキヨだぜ。つまり、マジに自我があるオイランドロイドだ』 7
2016-11-12 14:24:33「……そのようだな」『ウキヨが起こした事件、知ってるか』「幾つかは」血生臭い殺戮の数々。『気を許すなよ』「元から、そうだ」ニンジャスレイヤーは言った。「あいつにも、おまえにも」『ご立派だね』タキは多少気分を害したように言った。8
2016-11-12 14:29:40『ともあれ、アイツはUNIXに接続できる。必要ならアイツ経由でオレが何かしらの作業をする事も可能。今回必要になるかは知らねえがな』モニタにヨグヤカルタの地図が映し出され、マーカーが3点灯った。『これ、オレがアタリをつけた高級料亭。ヨグヤカルタで最上級のやつ。このどれかだ』 9
2016-11-12 14:35:27「三つのどれかか」『ア?不満なのか?これでも相当絞り込んだぜ。あとはお前がどうにかするんだ。ニンジャなんだから、どうにかなるだろ?』タキは言った。ニンジャスレイヤーは沈思黙考する。この三軒を巡り、ニンジャアトモスフィア感知を試みるか。サツガイ接触者であれば特定もできよう。10
2016-11-12 14:38:21『シャン・ロアの役人と会談するところを狙え。奴もウカツな行動はできねえ』「そのつもりだ」『オレ、タダ働きなんで、ブリーフィングこれで終わり。じゃあな。せいぜい気張れや。オーバー』通信が完了した。「タダ働きではなく貸し借りだ」ニンジャスレイヤーは呟き、アグラ姿勢で目を閉じた。11
2016-11-12 14:43:37タタン!タタタタン!バクチクがそこかしこで破裂し、空に花火が打ち上げられる。まるで毎夜が祭りだ。電子看板は「lebih suka sushi daripada sepek」「おマニ」「電話王子様」「kuza」等の文字を光らせ、建物群は赤紫や緑、青などにライトアップされている。13
2016-11-12 14:54:20つらなる屋台には熟した果物を満載した籠やケバブが並び、ウイルス分解蠅がたかっている。そしてタイヤキだ。魚型のアンコ菓子は歴史的に人気であり、よいものとされる。マスラダは生成りのシャツにキャスケット帽を目深にかぶり、雑踏に紛れて歩く。そのやや後ろをアオザイ姿のコトブキ。 14
2016-11-12 15:00:13「肉、肉がある」「安いですよ」「エキサイトしないか!」屋台の店員、あるいは街頭スピーカーが強力にプロモーションを重ねてくる。マスラダはコトブキを振り返った。炭酸チャ飲料を飲み、片手にケバブを持っている。「決済できました」コトブキが説明した。マスラダはプリントアウト地図を見る。15
2016-11-12 15:03:45市を抜けて数ブロック北へ進んだところに二軒目の目星がある。一軒目は朱塗りの宮殿じみた高級料亭で、セキュリティも厳重だった。進入するのは相当に骨と思われたが、ニンジャの……そしてサツガイのあの気配はなかった。この先の料亭ならば、ストリートの雰囲気からして、やや容易の筈だ。16
2016-11-12 15:08:54「GRRRR!」「アバーッ!」「アンジンライアー!」「アバババーッ!」前方で騒ぎだ。パニックを起こし、人々が流れてくる。その先で市民が無残に食いちぎられている。黒いオイルで汚れた筋肉チューブと錆びた骨格が剥き出しの、野生化した軍用ハウンドだった。 17
2016-11-12 15:13:04「大変です!」コトブキが向かっていこうとするが、付近に詰めていたと思われる王国兵数名がすぐさま死体を蹂躙する野犬ドロイドを取り囲み、炸裂銃で銃殺した。「ガオオオン!」「……」「……」王国兵は光の無い目で周囲を見渡した。ヨグヤカルタ市民は悲鳴を抑え、王国兵から目を逸らした。18
2016-11-12 15:17:26たちまち夜市ストリートから嘘のように活気が失せ、恐怖がその場を支配した。(カロウシタイです)コトブキがマスラダに小声で説明した。(ヨグヤカルタの治安を維持している王国兵です。禍々しい言葉の響きどおりの雰囲気がしますね)彼らの光のない目は、ウキヨにとっても訝しいものか。 19
2016-11-12 15:23:32彼らは何かを捜しているようだった。マスラダのニンジャ第六感は危険を予感した。彼は足を早めた。コトブキは慌てて後を追った。路地にそれ、坂を上り、下り、美しいランタンの並ぶ水路に出る。水路に面して、よく整えられた生垣と、黄金色に照らされた料亭「柿埜宿場町」の看板が現れた。 20
2016-11-12 15:29:40二人は立木の陰に隠れ、様子を窺った。「……」やはりニンジャの気配はない。となれば三軒目か。「どうですか」「いない」マスラダは時間を惜しみ、すぐに移動を再開しようとした。違和感をおぼえ、水路の対岸に視線をやった。ドクン。鼓動が強く打った。彼は眉根を寄せ、対岸を注視した。 21
2016-11-12 15:33:11水路の向こう、路地に入っていこうとする者が不意に足を止め、振り返った。マスラダは息を呑んだ。トレンチコートを着て、ハンチングを被った男の目は赤かった。その瞬間、二者は確かに目を合わせた。極めて強い殺気同士が衝突した。ニンジャである。すぐにわかった。だがどこかおかしい……。 22
2016-11-12 15:35:23