Girl's prayer-3- 融解

少女は再び、彼女の剣の軌跡を見る。 頼もしくも凍てついたその氷は、少女の瞳にどう映るのか。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

村に着いた時には陽が落ちかけていた。夕闇に染まる中、その村の長が的確な処置を施してくれたおかげか、少女を助けた狩人は回復に向かっていた。しかし。「......熱、引かないなぁ」。未だ苦しそうに息をする姿は痛々しく、流れ落ちる汗を拭く為に外した仮面の下の顔は、赤く火照っていた。1

2015-12-21 22:50:28
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「それにしても、」。女の人だったんだ。己を助けてくれた人物の素顔に、少し驚愕する。整った顔は今でこそ苦しく歪んではいるが、長く伸びた白い髪は糸のようで。「すごく強かったし、力持ちだったし、エクウスさんみたいな男の人なのかと思ってた」。村長さんはもう大丈夫だ、と言っていたけれど。2

2015-12-21 22:53:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

呼吸一つ一つが荒く、苦しそうにしている姿を見ていると、自分自身も辛く感じられた。成り行きとはいえ危険な状況から助けてもらった身、何か出来る事はないのかと必死に考えた。が。「...無闇に動いて、大型のモンスターと出会っちゃったら」。ひとつの不安がよぎる。己はまだ弱いという事。3

2015-12-21 22:56:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

エクウスさん。生まれ故郷から此処まで己を護ってくれた頼もしい影を探した。が。「...そうだ、戻っちゃったんだ」。急病人を担ぎこんだ後。その姿がある程度安定したのを確認し、彼はもと居た村へと帰って行った。"「エクウスさん...帰っちゃうの」。「あぁ...もう、大丈夫だろう」"。4

2015-12-26 20:47:24
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

元気でな、と。頭をくしゃくしゃと不器用に撫でてくれた彼の手は優しいものだった。せめてものお守りに。そう言って微笑み、彼は自分の相棒を少女のものと取り替えて。「...エクウスさんの、剣」。部屋の隅に立て掛けてある"彼の相棒"だった大剣は、鈍く輝きを放っていた。「....うん!」。5

2015-12-26 20:51:06
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...おや」。村人と話していた村長は、病人の運び込まれた小さな家屋から出てきたセーレを見つけた。「セーレや...どこへ行くんだい」。その声に、少女はその肩を一層小さくした。が、ぐっと手を握りしめ、村の長を見上げる。「さっきね、部屋に置いてあった書物に書いてあった薬草...」。6

2015-12-26 20:55:02
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

少女は少女なりに出来る事を探していた。何か出来る事は。無力なら無力なりに、ほんのわずかなものがあるならかき集めて。「?」。ふと目に付いたのは、沢山の本が並べられた本棚のようなもの。近づいて1冊手に取ってみると、かなり古い書物のようだった。どうやら医療書のようで。「これ..!」。7

2015-12-26 20:57:17
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「そこにあった薬草...この先の森にたくさんあるって書いてあったの」。麻痺、火傷、凍傷...様々な症状の中、一際毒への効果が強い特効薬と成り得る薬草。書物の一部に、この村の地図とその先の森の情報が描かれていた。生まれ故郷があるこの地方は、セーレにとって見間違う事のない地だった。8

2015-12-26 21:00:19
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...あぁ、そうじゃ。しかし、あと数日もすれば収集をかけたハンター殿がこの村に来る。君が危険を冒さずとも...」。「やだ!」。大きな声だった。自分でも驚く程強く響いたセーレの声は、村長の言葉を遮る。「...やだよ。今でもまだ苦しんでる。それに、いつまた悪化するかわからない」。9

2015-12-26 21:02:35
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

言い放ったその唇は、小さく震えていた。泣き出すのかとも思えるその瞳は、微かに揺れていた。「......」。村長は少し考えた後、少女の背の大剣を見やった。ふぅと息を吐く。「...薬草は、森の入り口辺りによく生えておる。幸いこの辺りは滅多に大型モンスターは見かけぬが...」。10

2015-12-26 21:07:19
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

一瞬よぎる嫌な予感を、胸の中で押し殺す。言葉にならないその心配を、少女の"不安"にせぬ為に。「...いや。もし危なくなったらすぐに逃げ帰るんだ。わかったね」。憶測をかき消すようにふっと笑うと、目の前の少女も笑顔を取り戻した。うん!と力強く頷くその背中を、小さくなるまで見送る。11

2015-12-26 21:12:04
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...エクウス。君は...あの子の強さを見越して、あの剣を託したのか」。誰に言うでもなく、村の長はぽつりと呟いた。「...大丈夫だと、良いのじゃがな......」。空を見上げると、薄く黒い雲がかかりつつあった。「......セーレ...」。12

2015-12-26 21:21:00
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー「......っ」。目を覚ます。上に感じる僅かな重みで、己は寝ていたのだと気付いた。「......意思疎通が遮断される程、か。.........ち、」。意識が無くなる直前。危険な状態であったのは確かだった。それを思い出し、不甲斐なさに小さく舌打ちする。《...ハイド》。13

2015-12-27 19:54:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...悪い、クシャ」。《いや...流石にあの猛毒は厳しかっただろう。この村に運んでもらえた事はありがたい事だった》。「......村?...そうだ」。不意に思い出す、小さな姿。桜色のリオレイアを前に、その視界に映る少女の姿を。「...あの子がが、...?」。視線が、机へ。14

2015-12-27 19:58:29
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

まだ重い体に力を込め、ベッドから立ち上がる。机に綺麗に並べ置かれていた本は、どれも医療書のようだった。その中の1冊、開かれたままの本の1ページ。「...、」。猛毒への特効薬と言われる、薬草。ここでこれを見つけたのは、きっと。「.....嫌な、空気だ」。窓から、曇天を見上げた。15

2015-12-27 20:01:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

《...あぁ。空気が、騒めいているな》。クシャルダオラの声が、異物のように胸に突っかかった。ふと窓の外、村の様子へと視線を移すと、慌てふためいた様子の人間の姿が見て取れた。不審に思い、階下へと降りて入り口へと身を隠し、会話を伺う。彼女の耳に届いたのは。「......っ!」。16

2015-12-27 20:13:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーーその頃。「着いた!」。セーレの姿は、森のすぐ入り口付近にあった。目的の地へと辿り着いた事に満足げな笑みを浮かべるが、すぐにぶんぶんと首を横に振る。「薬草を見つけて帰る所までが、今回の目的なんだから!」。よし!と己に気合を入れると、生えている草花をしゃがんで見て回った。17

2015-12-27 20:16:23
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「薬草...えっと、うーん...?」。これでもない、あれでもない。目視しても手探りしても、本で見た草の姿は一向に見えてこない。一瞬顔に陰りが落ちたが、すぐに表情を切り替える。「助けてくれたあの人の為だもん!...そう言えば、」。何かを思い出したかのように、少女は首をひねった。18

2015-12-27 20:18:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「名前...まだ、」。元気になったら聞こう。だから、その為にはまず薬草だ。改めて頷くと、再び視線を地へと落とした。と。「!あれ!」。何かを見つけた瞬間、少女の瞳が輝いた。急いで駆け寄り、手にしたその草こそ。「これだ!探してた薬草!」。思わずぴょんっと跳ねる。これで、あの人も。19

2015-12-27 20:22:28
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

刹那。「ーーー!!」。空気がピンと張り詰めたのが、セーレにも感じ取れた。漂う殺気は、人間のものとは程遠く、冷たくて鋭い。ガサ、と森の方から嫌な音が聞こえてきた。"逃げないと"。そう本能が訴えかける。が、その体は恐怖という糸で縛られたように動かない。「......ぁ、...」。20

2015-12-27 20:25:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ゆっくりと森から姿を現した、その存在は。碧を思わせるその甲殻に、電流とも取れる光が絶えず瞬くように纏わり付いているような。外れの村で育った少女には、見知らぬ世界のモンスター。「っーーー!!!」。目が合った、ように思えた。一瞬の内に背筋を走る悪寒に耐えられず、少女は地を蹴った。21

2015-12-27 20:31:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

背後で、遠吠えのような雄叫びが上がる。「っ!?」。少女の走るほんの少し先に、大きな雷球のようなものが着弾した。その衝撃で、セーレの体は軽々と吹き飛ばされる。「うっ...!!」。軽く受け身は取ったが、打ち付けられた全身は鈍く痛み、無数の擦り傷は、所々が血で赤くなりつつあった。22

2015-12-27 20:33:52
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

怖い。でも。少女は背負った大剣を手に取ると、それを支えに痛む体を立ち上がらせた。目前へと迫る巨躯は、恐ろしいほどに大きく見えた。「......私は、」。恐怖に震える手。畏れに竦む脚。でも。「...もう...もう!逃げたくない!」。剣の柄と共に、探し出した薬草を握りしめながら。23

2015-12-27 20:39:28
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

振り下ろされる鋭爪。それが少女を傷付ける事はなく。代わりに降ってきたのは。「...いい心意気だ。...だが」。どこかで聞いた、凛と響く声。「...少々、相手が悪い」。短剣ひとつで軽々しく爪をいなしたその人物は。「...あ、なたは...」。少女の瞳が、揺れる。「...下がれ」。24

2015-12-31 17:02:16