「意味」の認知は非論理的に行われる
あれは今から15年以上前のこと。当時関わっていたあるグループの企画で、流通業界で話題のスーパーを勝手に見学するイベントがあった。勝手イベントなので別にバックヤードを見られるわけではなく、あくまで買物客として行ってマーチャンダイジングをみてこよう、というもの。
2011-02-23 17:46:04後学のために僕ものこのこついて行ったわけだが、そのときの会のリーダー的存在だった流通コンサルタント氏の言葉が、その口調も含めていまだに記憶に残っている。彼は、商品を手に取り、レジに向かいながらこう言った。
2011-02-23 17:49:08え、買うの? と正直僕はためらった。その店は高級スーパーだったし、貧乏人が手を出すには抵抗を感じるような価格帯だった。マジ金ないんだから勘弁してよ,という気分だった。それに買うったってこの膨大な品揃えの中で実際買ってみることができるのはごく一部。
2011-02-23 18:01:06買ってみるったってたかがしれてるじゃないか、それよりは隅々まで観察してみるほうがいいんじゃないのか? と思ったわけだ。まったく、ボーヤとしか言いようがない
2011-02-23 18:03:17そんな風に思いつつも、コンサルタント氏のその言葉があったので僕は乏しいお金をはたいてある商品を買ってみることにした。すると、驚いたことにその瞬間僕の目にはそれ以前とはまったく違った「店の姿」が見えてきた。
2011-02-23 18:06:40お店を買う話かと一瞬思ってしまいました(^^;; “@kaimai_mizuhiro: 「お店っていうのはね、買ってみないとその真価は分からないんだよ」”
2011-02-23 18:11:53あれは確かケチャップか何かだったんだけれど、世界各国多種多様なラインナップの中から一つを選んていざ買い物カゴに入れようか、と思ったとたん、迷いが出た。本当にこれでいいのか、と。そのとき、コンサルタント氏の言葉の意味がわかった。
2011-02-23 18:14:36買い物客は必ず買い物の途中でこの迷いの心理状態を経由する。その迷いを通り抜けて"決めた"ときに初めて人はものを買う。その迷いを感じない状態でいくら品揃えや価格やコピーを観察しても、肝心なことは何もわからない。
2011-02-23 18:22:27そしてこの経験は、人の学習、理解、技術習得といった問題に通じるある重要な知見の一例でもある。それは、人が意味を認識するのはその当人が自分の意思をもって対象物への働きかけを行い、決断を下そうというときだ、ということ。
2011-02-23 18:33:13だから、"意味"は、教えられて覚えるようなものではない。意味を見いだそうとする活動を通じて突然感じ取ることができるものだ。その過程がまったく非論理的なものであるのは当然で、だからこそ
2011-02-23 18:44:15スーパーの見学に行った話なら、ビジネス書ではないです。自分の体験談です。 RT @iampiiragiitree: @kaimai_mizuhiro 初めまして。気になったのですが「視点が変わる、瞬間」はビジネス書なのでしょうか。
2011-02-24 10:27:30