ランド研究所と哲学

戦後アメリカ哲学と社会科学の交錯について、ランド研究所関係を中心につぶやいていた方々のツイートまとめ。
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小山 虎 @torakoyama

メモ:Alan RobinsonのsupervisorはHempelでadvisorはPutnam。ヒュームについての博論で学位取得直後にデュポンでORエンジニアに。類似例もあるはず。cs.miami.edu/home/geoff/Con… vanemden.wordpress.com/2010/06/08/int…

2016-11-08 15:44:43
リンク www.cs.miami.edu AAR Newsletter #116: 2016-08
リンク A Programmers Place Interview with Alan Robinson, inventor of resolution logic In April 2008 I wrote “Where Have All the Great Programmers Gone?” . In trying to answer the question, I contrasted the contemporary introduction to programming with the way it was lear…
縮限 @contractio

ヘンペル、パットナム、OR、って文字列の並びにクラクラするねw

2016-11-15 02:46:47
小山 虎 @torakoyama

今読んでいる論文によれば、論理実証主義の実際の仕事はORと共通点が多かったので、ランド研究所は論理実証主義者の弟子を選んで雇っていったそうな。つまり、アメリカにやって来た論理実証主義はORに取り込まれて科学哲学(分析哲学を含む)になったんだって。震える。

2016-11-15 03:27:20
小山 虎 @torakoyama

P. 23にOlaf HelmerがKriegspielをランド研に持ち込んだと書いてあるね。Olaf HelmerはベルリンでReichenbachの元で博論を書いた論理学者で、1946年から1968年までランド研で働いてたらしい。rand.org/content/dam/ra…

2016-11-15 04:22:55
リンク Cambridge Core DONALD DAVIDSON AND THE ANALYTIC REVOLUTION IN AMERICAN PHILOSOPHY, 1940–1970* | The Historical Journal | Cambridge Core DONALD DAVIDSON AND THE ANALYTIC REVOLUTION IN AMERICAN PHILOSOPHY, 1940–1970* - Volume 56 Issue 3 - JOEL ISAAC
リンク うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ Joel Isaac「ドナルド・デイヴィドソンとアメリカにおける分析的革命、1940-1970」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ 先日朝日カルチャーセンターの以下の講義に参加した。 朝日カルチャーセンター新宿:酒井泰斗「独学者のための社会学入門」(全2回) - 日曜社会学>社会学的告知 - 日曜社会学>社会学的告知 内容はネットに書いてはいけないことになっているので特に触れないが、行動科学の遺産というものがあると。 比喩的に言うと、世界各地に超古代文明の遺産が散らばっているのだが、文明が消え去ってしまったため、それらがかつてひとつの文明に属していたことは忘れ去られてしまった。そんな感じで、行動科学の遺産は、人文学のいろいろなところに
縮限 @contractio

一挙に科学哲学とはなんだったのか、という話になりつつあるな

2016-11-15 21:45:09
縮限 @contractio

もはやランドで科研とるしか

2016-11-15 21:48:24
縮限 @contractio

クリークシュピールの話は『ビューティフル・マインド』だと第1部6章「さまざまなゲーム」に出てきますね。 d.hatena.ne.jp/contractio/201… パウンドストーンの方だと・・・と思って参照しようと思ったら、どうやらすでに返却してしまった模様(涙

2016-11-15 22:01:24
リンク 呂律 / a mode distinction 2016-09-20 協調と紛争 松田昌史・山岸俊男(2002)「信頼と協力─依存度選択型囚人のジレンマを用いた実験研究」 心..
縮限 @contractio

『ビューティフル・マインド』のこの章の参照元はパウンドストーン『囚人のジレンマ』のようなので、そっち見たほうがよいみたい。

2016-11-15 22:03:06
縮限 @contractio

105 「ゲームはヨーロッパの愉しい伝統で、1930年代に移民たちが(ランド研究所の)ファインホールへ持ち込んだ。… 40年代後半には、クリークシュピール、囲碁、やがて考案者にちなんで名付けられた「ナッシュ」あるいは「ジョン」に人気が集まっていた。」

2016-11-15 22:04:58
縮限 @contractio

「ファインホール」というのはランド研究所の談話室ね。 みんなそこで昼間からゲームをやってた模様。

2016-11-15 22:06:23
縮限 @contractio

残念ながらこの本には、誰がクリークシュピールをランドに持ち込んだのかまでは書いてない。

2016-11-15 22:07:14
縮限 @contractio

106 「1930年代に[ランドの]談話室に姿を表したクリークシュピールは、チェス盤3枚を使って行われた」って書いてあるけど、1930年代に まだランド研究所は存在しないので、これは誤植か誤訳でしょうな。

2016-11-15 22:09:21
縮限 @contractio

いや。「アメリカ各地の common room に登場した」という意味か。

2016-11-15 22:13:15
リンク Google Books A Beautiful Mind In this powerful and dramatic biography Sylvia Nasar vividly recreates the life of a mathematical genius whose career was cut short by schizophrenia and who, after three decades of devastating mental illness, miraculously recovered and was honored with a
縮限 @contractio

邦訳106 「プリンストンの談話室でいつもゲーム版に向かっていたナッシュのことは多くの同僚が記憶している。ナッシュは高校時代にすでにチェスを覚えており、やがて囲碁とクリークシュピールをおぼえ、特にクリークシュピールはスティーンロッドやタッカーとよく対局していた。」

2016-11-15 22:19:12
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