壺【2016加筆修正版】◆前編
_家の片隅で埃を被り、飾られてある古い壺があった。白い磁器に青と赤で山水画のような美しい風景が描かれている。亡くなった祖父が生前大切にしていたものだ。その絵柄は独特のタッチで描かれ、どこの物とははっきりわからない不思議なものだった。 1
2016-11-19 19:22:42_幼いころからその模様を見ては、この世界の物語をいつも空想していた。どんな世界なんだろう、風景に溶け込んだ不思議な庵にはどんな人が住んでいるんだろう。その絵を見るだけで、遥か遠くの幻想世界に旅立つことができた。いまは大人になってすっかり忘れてしまったが。 2
2016-11-19 19:27:09_祖父がいなくなり、時がたち、壺にはすっかり埃が積もってしまった。そして、家の大掃除のついでに祖父の遺品を整理することになったのだ。祖父は世界各地の珍しい小物だとか調度品だとか家具などをいくつも収集していた。もちろんあの壺もそういった遥か異国の物であった。 3
2016-11-19 19:41:18_珍しいものばかりなので、古美術商を招いて売り払うことにした。自分としてはあの壺は残しておいてほしかった。幼いころの思い出もあったし、この家から祖父の気配が全部消えてしまうのは寂しかったのだ。しかし、家族は家が狭くなると言って全部売るつもりだった。 4
2016-11-19 19:44:34_そしてその日になり、庭にシートを敷いて上にいくつもの珍品たちが並べられた。私は例の壺だけは残してほしいとわがままを言った。家族は、あまり高く売れなかったらせっかくだから残しておこうと了承してくれた。家族もあの壺にどこか祖父のぬくもりを感じ取っていたようだ。 5
2016-11-19 19:49:50_時間通りやってきた小太りな古美術商は、ハンカチで額をぬぐいながら庭に置いてある様々な調度品を値踏みしていた。値段を書いたタグをぺたぺたと手際よく貼っていく。母は、信用できるのかしらとこっそり私に耳打ちした。私はじろじろとその古美術商を見ていた。 6
2016-11-19 19:53:35_やがて、例の壺が鑑定される番になった。古美術商は一瞬どきっとしてその壺を見た後、急ににやにやして母に言い始めた。 「ははぁ、これは大した値打ちもない模造品ですな。偽物ですよ、偽物。どうです、わたしが処分してあげましょうか?」 母はそれを聞いて困惑した。 7
2016-11-19 19:58:22_私は思わず声を張り上げ、壺に駆け寄った。 「偽物でも大切なんだ。処分するなんて!」 「な、やめなさい!」 そのまま古美術商と壺の取り合いになってしまった。偽物と言った当の古美術商は異常に壺に執着していた。私は壺を取られまいと必死に抵抗する……。 8
2016-11-19 20:03:07_そこまでははっきりと覚えていた。だが、そこから意識が曖昧になって、どうしても思い出せない。なぜか私は、その後美しい自然の中にいた。庭先ではない。どこか遠くの山や川が広がる静かな場所にいたのだ。どうやってここに来たか、何故ここにいるかもわからなかった。 9
2016-11-19 20:08:39