苦境を逆転させる「智恵」…村上もとか「龍」から

shinshinohara @ShinShinohara

村上もとか「龍（ロン）」は、私のお気に入りのマンガ。追い詰められた状況の中でどう振る舞えばよいのかというヒントが満載。普通ならそこで怒ってしまう、泣いてしまう、くじけてしまう、そんな場面で主人公や登場人物は「意外な」反応で乗りきってしまい、むしろ事態を好転させてしまう。

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主人公の龍は華族の家に生まれたが、母親が中国人という出生の秘密を知り、悩む。龍を快く思わないガキ大将的な先輩がこの噂を学校に広め、龍を追い詰める。うっかり礼をし損ねた龍は先輩からビンタを食らい、先輩や同級生たちの面前で「そんなだから変な噂を立てられるんちゃうか」と笑われる。

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普通なら「噂を流したのはお前だろう！」とキレても不思議ではない場面。しかしそうしては相手の思うつぼ。「怒るということはやっぱり事実だったんだ」「事実を指摘されて何を怒ることがあるんだ」と、ますます追い詰められることは必定。時代背景は戦時中。 龍はどう振る舞ったか？

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「先輩、その噂事実ですわ」とあっさり認める。「自分も噂を聞いて初めて知ったので、感謝しています」と、予想の上を行く反応。そして「今さら日本人やめられまへん！」と破顔一笑。怒り狂うと期待していた先輩の予想をどんどん裏切る中、「欠礼してすんまへん！」真冬の鴨川に飛び込んだ。

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すると、噂をあっさり認める龍の潔さ、冬の鴨川に飛び込むという放胆さに感銘した同級生たちが、「俺も！」と次々鴨川に飛び込んだ。先輩たちも面白くなってはやし立てる。 この事で、噂をネタにチクチクいじめようとした先輩の人間的小ささが際立ち、以後、先輩は龍に手を出さなくなった。

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龍の家に奉公する娘、ていは、龍と好き合っていることが家中に知れて、他の奉公人たちから様々なイケズを受ける。才能を見込まれて以前からただひとり女学校に通わせてもらっていることもイケズが過激になる原因となった。そんな中、女学校の同級生が最近学校に来ないていを心配して訪ねてきた。

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学校始まって以来の秀才と言われるていに、同級生たちは敬意を持っており、「奉公人といってもきっと大事にしてもらっているのよ」と語り合うなか、ていを憎む女中は、かまどの掃除で真っ黒に汚れているていのところにそのまま連れていき「てい！」と呼び捨てにする。ていはとっさのことに顔を背ける。

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見られたくない姿を見てしまったのではないかと動揺する同級生、震える背中をみて「してやったり」とほくそ笑む女中。そのままでは、女中たちによるいじめはますますエスカレートするだろう。同級生とも気まずくなり女学校に行きづらくなってしまう。いじめた人間の思うつぼ。その時ていはどうしたか？

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「おしよすごとー！（はずかしい）」と東北弁丸出しでていは笑いだした。そして誇らしげな顔で同級生たちに「みてけれ、これが私の普段の姿！」真っ黒なところを見られてはずかしいなあ、と大笑いしていたら、同級生も汚れも構わずにていに抱きついた。苦虫を噛み潰したような顔をする女中。

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「龍」には、主人公や登場人物を追い詰めようとする人間の予想のはるか上の反応をし、逆に追い詰めようとした人間の小ささ、主人公や登場人物たちの人間的な大きさが際立つという逆転現象を、これでもかこれでもかというくらいに示してくれる。「大人のケンカ」はこうするんだなあ、と感心した次第。

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すぐに真似るのは難しいかもしれない。しかし現にいじめを受けていたり、イケズされているということで苦しんでいる人は、大人になるまでに、「龍」を教科書に何度も練習してみるとよい。大人になると、少しはこうしたことができるようになるから。