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2016年12月15日

双頭の龍(前編) 「魔王からタタラへ」

春瑜 筆「天台方御即位法(資料八)」の「丁」の部分を中心にした解説。
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ほおづきン @kagachi_ecm

今回、春瑜 筆「天台方御即位法(資料八)」の検討をするのに、以前から検討のなされている「甲」「乙」の内容はさけて、少し毛色のことなる「丁」の部分について、今回、新たにたてた小見出しを利用して、検討をおこなって、最後に「丙」の部分について少し検討をくわえたい。

2016-12-15 20:26:13
「丁」の荒筋
ほおづきン @kagachi_ecm

まずは「丁」の小見出しにそって、荒筋を、おっていきたい。今回、小見出しは「云々」で話が切れるところを中心に、内容におうじてふっていった。

2016-12-15 20:26:34
ほおづきン @kagachi_ecm

最初に(表題?(0))と見出しをたてたのは、翻刻によると「異説云」で改行がなされているので、春瑜が書写した時と、それほどへだてない時に「丁」の部分が複数の逸話や、新たな創作をもとに作られた可能性をうかがわせる。なにか切り紙状のものから、一続きの物語になされたのではないか?

2016-12-15 20:27:14
ほおづきン @kagachi_ecm

素盞烏は大タヽラに日本国をゆずって、自分は根の国を領(地)とした。根の国は地獄のことで、閻魔はソサノヲのことで、本地は地蔵で、地蔵は地獄の主である。云々(素盞烏尊・大タヽラ尊・閻魔王(1))

2016-12-15 20:28:01
ほおづきン @kagachi_ecm

大タヽラは山王(権現)で、父・素盞烏から日本国をゆずられて、天照太神が、おいである大タヽラに日本国を、ゆずるようにいうと、大タヽラは返してもらう約束をして、天照大神に日本国をゆずった。その時に治国利民の法である、くだんの即位法を、おさずけになられた。(国譲り(2))

2016-12-15 20:29:02
ほおづきン @kagachi_ecm

この大事(即位法)は(釈迦)如来がお生まれになったときに、天竺では頻婆娑羅王、唐土では周の穆王、我が朝では神武天皇が師資相承している。『法華経』にもとずく慈悲の法で王位につく人以外は他人に知らせてはいけない。云々。(天竺・唐土・我が朝(3))

2016-12-15 20:29:30
ほおづきン @kagachi_ecm

我が朝では釈尊(釈迦)のうまれる前に、伊サナキ・伊サナミからソサノヲに、次に大タヽラ、次に天照太神に相伝があった。 この法は慈悲をもっぱらとして、ソサノヲは折伏の慈悲をつかさどっている。折伏の時は閻魔、摂受の時は地蔵である。

2016-12-15 20:30:01
ほおづきン @kagachi_ecm

にわかには理解できないし、和光の利益は凡人の考えでは推測できない。(釈尊未然・慈悲の法(4))

2016-12-15 20:30:26
ほおづきン @kagachi_ecm

山王(権現)は、もとは大和国三輪郡にいたが、伝教大師が延暦寺を、おたてになった時に、(三輪)明神が三輪の里をでて比叡山にすみ、天台(宗)を守護した。これが大宮権現である。

2016-12-15 20:30:58
ほおづきン @kagachi_ecm

この権現は前前前世の釈迦が五百の、さまざまな如来となって、あらゆる仏の本師となっていて、その総体である。とりわけ応身の名(前)で、慈悲のようすである。

2016-12-15 20:32:02
ほおづきン @kagachi_ecm

よって釈迦は、とりもなおさず観音で、法華の教団の宝である。この法門(天台宗)の主である。(山王の遷座・大宮権現の本地(5))

2016-12-15 20:32:24
ほおづきン @kagachi_ecm

また山王(権現)を、あらゆる神の、もとであるというのは、地神のはじめ、伊サナキ・伊サナミの孫である。山家(延暦寺)の(解)釈では山王というのは万法の、すべての名(前)、すべての実体で、一心三徳(一心三観)をしめしている。(山王は諾冉の孫・教理的解釈(6))

2016-12-15 20:34:10
ほおづきン @kagachi_ecm

三輪明神は〔大巳貴とも大国主ともいって。云々〕書(物)によって、たくさんの名(前)がある。大タヽラというのは同体異名か?(三輪明神の異名(7))

2016-12-15 20:34:33
丁の構造
ほおづきン @kagachi_ecm

では、ここからは「丁」の内容にそって、「丁」の構造というか、「丁」が、どのような解釈で、そのように語っているのか、別の神話と、どのような関係にあるのかをみていきたい。

2016-12-15 20:35:08
ほおづきン @kagachi_ecm

(素盞烏尊・大タヽラ尊・閻魔王(1))の他書ではみえない「大タヽラ尊」という尊号が登場する。スサノヲの子供(『日本書紀』)、あるいは6世の孫や娘婿(『古事記』)とされるのは、オホナムチ(大国主)であることは、よく知られている。

2016-12-15 20:35:42
ほおづきン @kagachi_ecm

タタラという語は、風を送るための大きな、ふいごを、あらわしていて、そこから転じて製鉄技術をも連想させる。スサノヲやオホナムチを「出雲系」というような所から出雲と製鉄技術の連想から、このような尊名が、うまれたのか?

2016-12-15 20:36:16
ほおづきン @kagachi_ecm

記紀神話では神武天皇の皇后に媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)(『日本書紀』)という名前がみえ、オホナムチの娘、あるいはコトシロヌシの娘とされるので、なんらかの関係があるのかもしれない。

2016-12-15 20:36:42
ほおづきン @kagachi_ecm

媛蹈鞴五十鈴媛に関して指摘しておくべきは、天孫族の神武にたいして、出雲系と言うよりも国つ神の娘が后になることは、天孫族に国つ神の血筋の正統性が加味される、

2016-12-16 21:00:18
ほおづきン @kagachi_ecm

あるいは人間である神武が神である大物主の娘を妻とすることは、神武の統治性能に対する正統性を担保する神話で、これは、とりもなおさず、国つ神の大タヽラから天つ神のアマテラスにたいして国を譲ること、即位法をつたえることと、構造的に相似である。

2016-12-16 21:00:56
ほおづきン @kagachi_ecm

(国譲り(2))は、記紀神話でもオホクニヌシの治めていた中つ国をアマテラスが息子のオシホミミに譲ろうとするので有名だが、「丁」が書かれたような時代には『熱田の深秘』の「神道由来の事」に書かれたような〈第六天魔王譚〉が広く知られている。

2016-12-16 21:02:00
ほおづきン @kagachi_ecm

(国譲り(2))を「神道由来の事」の〈第六天魔王譚〉になぞらえて説明すると、まずは記紀神話では色々な神様が道具立てとして、さまざまな役回りを演じるが、大タヽラと天照太神、第六天魔王と天照大神という一対一の関係になっていて「丁」は記紀神話よりも〈第六天魔王譚〉に近いことがわかる。

2016-12-16 21:02:49
ほおづきン @kagachi_ecm

前段の(素盞烏尊・大タヽラ尊・閻魔王(1))でスサノヲが閻魔であると語られることが、大タヽラを第六天魔王になぞらえるのに効果を発揮しているかもしれない。

2016-12-16 21:03:23
ほおづきン @kagachi_ecm

第六天魔王と天照大神は話し合いの末、神璽を取り交わすのと、大タヽラと天照太神の話し合いで即位法である「治国利民の法」を取り交わすのも、構造的相似である。

2016-12-16 21:03:47
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