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「中世の遊女」から見る女性の地位について

古来日本における女性の地位について http://togetter.com/li/1042094 「聖の性」から見る僧侶と淫戒 http://togetter.com/li/1058887 の続きです。
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2016.12.19追記
本まとめは一冊の本からピックアップしていますが、歴史の解釈には諸説あり、発表された学説には批判や否定が付き物です(次のリンク参照)。
あくまで「諸説ある」というのを前提に楽しんで、興味を持ったら是非ご自身でもいろんな書籍を読んでみたらよいと思います。

⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

【本棚登録】『中世の非人と遊女』網野 善彦 booklog.jp/item/1/4750306… #booklog

2016-12-13 20:10:03
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

「○○丸」という名前は本来童名であって、船や刀剣、鎧兜などの武具、笛、笙などの楽器に「○○丸」という名前をつけるのは、子供や童名の持つ呪性が関わっていると考えられている(江戸時代では愛着の意味で名づける場合もあるとされる)。

2016-12-13 20:10:21
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

楽器は雅楽に見られるように神仏界と俗界を媒介する役割であるし、武具は人の生死を賭けた戦闘に用いられるものである。常に危険がつきまとう航海に用いる船もまた、人々が生死を委ねる存在である。

2016-12-13 20:10:39
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

「丸」をつけた船名の初見は文治三年(1187年)の物部氏女譲状にある「坂東丸」であり、さらに遡って承暦二年(1078年)の財産目録に「船丸二艘」とあり、船を「丸」ととらえる見方はかなり古くからあったと思われる。

2016-12-13 20:10:51
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

また、非人の一種である「放免(放免囚人)」と呼ばれる人々も、多くが「○○丸」を名乗っていた。「放免」は検非違使に仕え、警固などの役割に就いていた。これは異形として、特異な呪的能力を持つ人と見られていたのではとしている。

2016-12-13 20:11:21
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

#真田丸 」は船でもあるし、武具でもある。一方で真田信繁は一度は九度山に封じられ、そこを抜け出した囚人でもある。一世一代の大舞台に臨む仕掛けを「丸」に見立てた信繁は、自分自身もまた「丸」であるととらえていたのかも知れない。

2016-12-13 20:11:58

⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

「日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる」「ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人は自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸し付ける」

2016-12-15 21:51:34
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

「ヨーロッパでは(中略)妻を離別することは最大の不名誉である。日本では意のままにいつでも離別する。妻はそのことによって名誉も失わないし、また結婚もできる」「日本では、しばしば妻が夫を離別する」

2016-12-15 21:51:55
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

これはルイス・フロイスの「日欧文化比較」に記された数節であるが、翻って当時(16世紀頃)のヨーロッパがどうであったかもうかがえる。フロイスはキリスト教徒としてそうした習慣を否定的にとらえているが、日本にはそれほど強い宗教的倫理がそもそも存在しなかった。

2016-12-15 21:52:08
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

それゆえに日本社会では男女の婚姻、離縁関係は比較的自由であり、だからこそ一生の伴侶とするに悔いのない相手を男女それぞれが捜し求めることができたとも言える。

2016-12-15 21:52:19
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

もう少し遡った14世紀以前までは、呪術とも結びついた「聖なるもの」が現実に強い力を持っていた。神、仏、天皇がその象徴であるが、女性もまた「聖なるもの」であった。

2016-12-15 21:52:29
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

保立道久は中世の家屋における納戸の位置づけについて、そこが夫婦の閨房であるとともに家財の収納室であり、いわば「聖なる場」であったこと、女性はその管理者として「家女」「家刀自」と言われたことを指摘している。

2016-12-15 21:52:41
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

※「この世界の片隅に」で水原とすずが一夜を共にすることになった場所が北條家の納屋であることも、もしかしたら関連があるかもしれない。

2016-12-15 21:52:51
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

当時の男性が兵役等で外に出て行くことが多かったこともあり、女性がこうした金融活動を行い、財産にまつわる裁判にも女性が出頭していた記録があるし、蓄財で名を馳せた日野富子の逸話や、先述の夫に高利貸しをする妻にも見て取れる。

2016-12-15 21:53:02
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

しかし室町、戦国期以降、天皇をはじめ、神仏の権威が低落していき、「聖なるもの」の権威に依存するところ大であった女性の芸能民(遊女含む)、宗教民の社会的地位も下落し、「性別」が「賤視」の差別に転化する。

2016-12-15 21:53:14
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

一方で商工業など世俗性の強い生業に従事した女性たちは、「聖なるもの」が権威を失った後も、それぞれの職能を通じて、それなりの社会的地位を確保していた。が、やがて女性は「公的な場」から追いやられていくことになる。

2016-12-15 21:53:28

⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

日本の前近代の女性のあり方は、世界の諸民族とは特異な点があると著者は見ている。その一つが女性と文字の関係である。男性が公的に用いる漢字、片仮名とは別の平仮名を女性が用い、女流文学を生み出したのは非常に珍しい現象である。

2016-12-16 22:40:59
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

文学作品として後世の残るような女流作品は15世紀以降あまり見られなくなるが、それでも女性の日記は15世紀以降も数多く書かれている。13世紀後半には侍クラスから平民上層の女性も文字を読み書きできたとされている(当時の西欧の女性の識字率はそれほど高くなかった)。

2016-12-16 22:41:19
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

宮刑がなく、宦官が存在しなかった日本社会において、後宮はすべて女性によって管理されることになった。そのため女性官人は男性同様に文字の読み書きをマスターせねばならなかったことが識字率の向上に繋がったとされる。

2016-12-16 22:41:33
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

さて、遊女と呼ばれる性従事者たちは、鎌倉時代くらいまでは「公庭の所属」といわれて内廷宮司に統轄され、宮廷行事にも加わったこともあり、また天皇や貴族に寵愛されて子を為すこともあり、そうした母を持つことは官位の昇進の妨げにもならなかった。

2016-12-16 22:41:44
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy

逆に女性官人、女房達自身が「遊女的」な振る舞いをすることもあった。後鳥羽の寵姫伊賀局が僧と密通事件を起こしたり、「とはずがたり」の作者二条も数多くの愛の遍歴を伝えている。宮廷を離れて遊女のように旅する女性もいた。

2016-12-16 22:41:54
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コメント

ゆゆ @yuyu_news 2016年12月17日
一生の伴侶とするに悔いのない相手を男女それぞれが捜し求める、というような感覚があったのかどうかかなり疑問ですが。
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阿部志秀武 @abeshi_hidebuuu 2016年12月18日
yuyu_news 親の意向で相手が決まると言うのも結構有ったでしょうしね。村社会だったでしょうから、とにかく人口(労働力)維持の為にも機械的に結婚していた・させられていたと言う可能性は充分に有りますよね。とすれば、他家の異性とまぐわう事に抵抗感は低いでしょうし、夜這いなんて風習があったのも納得。
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⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月18日
yuyu_news 男性は子供を産まない、嫉妬する、悪口を言うなどといった嫁とは離婚するし、女性も領地を失うような甲斐性なしとは離婚したいという意識はあったようです。親の意図する結婚離婚もあったでしょうが、西洋ほどには厳しくなかったようです。
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⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月18日
abeshi_hidebuuu 農耕文化において労働力のための人口確保は重要ですが、おおむね自然増が食料の生産を上回るため、むしろ間引きすることが少なくなかったようです(納税忌避もあります)。どちらかというと「家を残すため」かもしれません。とはいえそれは残すような家がある支配層の話であって、庶民はどうだったのか、まだ調べているところです。
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ゆゆ @yuyu_news 2016年12月18日
ele_cat_namy 無常という考えが強く、結婚制度も割とあいまいな時代において「一生の伴侶」という発想はどの程度育つものなのかという疑問です。一生の伴侶という考えが弱いから、結婚離婚再婚を繰り返せるのだと思いますし。別れないで長続きするに越したことはないとは、当然誰もが考えるでしょうけれど。
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阿部志秀武 @abeshi_hidebuuu 2016年12月18日
ele_cat_namy なかなか興味深い題材で、研究結果を楽しみにしております。
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⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月18日
yuyu_news 鎌倉期以降は徴税や兵役などが家単位で課せられるので、婚姻も離婚もかなり厳密になりました。どちらかというと婚姻は今でいう就職のような感覚で、もちろん添い遂げられればいうことはありませんが、将来性を感じなければ、子を産めなければ離婚、そして一人では生きづらいために再婚あるいは出家ということになったのかと思います。 http://togetter.com/li/1060787 こちらも参照です。
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⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月18日
abeshi_hidebuuu 研究してくださったのは各書籍の著者様たちで、気ままにつまみ食いさせていただいている有様です。とはいえ楽しんでいただけると励みになります。ありがとうございます。
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