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ツイートまとめ 映画「この世界の片隅に」の時代の結婚観に戸惑う若い人と、その反応に戸惑う人たち。 恋愛結婚と見合い結婚の比率が逆転したのが1960年代、それ以前は見合い結婚が主流で、戦時中は見合いさえしないということも珍しくありませんでした。生まれた時から自由恋愛が当たり前と考える若い世代の人たちは、主人公の女性が見知らぬ男性と結婚するという話が現実とは思わなかったようです。 87633 pv 536 202 users 85
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
【本棚登録】『女の民俗誌 (岩波現代文庫―社会)』宮本 常一 booklog.jp/item/1/4006030… #booklog
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togetter.com/li/1061228 ちょうどタイムリーな感じなので、この本から明治~昭和初期の結婚にまつわる話をピックアップ。
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昭和34,5年頃の佐渡北岸の村。仲人が立って酒一升持って嫁を貰いに来て、親がその酒を飲めば承諾ということになり、嫁は数日後に相手の家へ行く。持ち物は風呂敷一包み程度。相手の家で婿の両親によろしく頼みますと言って、簡単な盃ごとをして、それからはもうその家の嫁となる。
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四国の高知から愛媛にかけて見られた「奉公分の嫁」は、嫁とつくから一応夫婦関係は結ぶが、資格は奉公人である。よく働き、長く連れ添っていけそうならば、改めて世間に向かって「この女を嫁にします」と披露する。どうもしっくりいかなければ、給金を与えて帰す。
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群馬県に見られたアシイレ婚は、佐渡と同じく仲人が娘の家に行って嫁に欲しいと頼む。母親が承諾すれば話はまとまり、娘は身の回りのものを風呂敷に包んで相手の家に行く。婿の家で簡単な酒宴と食事を済ますと、そのまま翌日から婿の家で働くようになる。
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昭和25年頃の聞き取りによると、対馬の村々の結婚も簡易だったようで、身の回りの物だけ持って嫁入りした。しかし女性が気に入らなければさっさと帰り、またいい話があれば嫁入りした。こうして18回とか、38回とか結婚した女性もいたらしい(これはさすがに多いが、2、3回はざらだった)。
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明治18年から政府の事業として行われたハワイ移民では、当初は夫婦で行く者が多かったが、ある程度成功する者が出てくると単身渡航する男も出てきた。多少蓄えができると写真を郷里に送り、親はその写真を持って嫁を探す。承諾してくれる娘がいればその写真を息子に送る。
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これで息子も承諾すれば娘をハワイに送る。これを写真結婚といった。そうした不安定な結婚の成功率は半ばにも達しなかったと言われる。ハワイに向かう船の中で別の男に親切にされ、そちらになびいてしまうことも多く、またハワイで初めて見る男が期待外れでそのまま破談になることもあった。

2016.12.21追記
ハワイ移民やその写真結婚の様子が、ドラマや映画になっているそうです。

リンク www.nhk-ep.com あめりか物語全集 全2枚セット|国内ドラマ|DVD 「あめりか物語全集 全2枚セット」アメリカ日系移民3代にわたる愛と苦悩を描いた物語を、脚本化・山田太一が壮大なスケールで描く。時代の波に翻弄されながらも懸命に生きる人々を描き、「日本人とはなにか」を問いかけた話題作。
リンク Wikipedia ピクチャーブライド 『ピクチャーブライド』(Picture Bride)は、1994年5月にカンヌ映画祭、1995年にアメリカで、日本では1996年6月8日にリリースされたアメリカ映画である。 1920年代から30年代、アメリカにおける日系人の厳しい立場や生活環境を「写真(だけで)花嫁(となる縁談)」形式で渡米した或る若い女性を中心軸に描いた作品。監督は日系アメリカ人のカヨ・マタノ・ハッタで、本人の家族のルー..
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愛知県の話。仲の良い女房を失い、息子と二人畑を耕していた男が苦労しているのを見かね、知人の男が方々を訪ねて一里半ほど隣の村から十五の娘を奉公に出すつもりでしばらく貸してくれと連れてきた。いつの間にか息子と娘は交わって子供もできた。
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生活は苦しかったが夫も舅も妻に優しく、子供ができたときにようやく結婚式を祝うことができ、郷里に戻ってまた祝われた。妻はそれが嬉しく、郷里の娘を嫁入り先の村に世話したり、あるいは逆の行き来もあって、いつしか村同士が親戚のような関係になっていた。
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津軽で、嫁がいなくて困っている漁師が運搬業者の船頭にいい嫁はいないかと訊ねて、そのときはそれで話が終わったが、ある日船頭が「女を連れてきた」とだけ言って去ってしまい、家に帰ると見知らぬ女が台所で仕事をしていて、そのまま何十年も連れ添ったという。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
広島県倉橋島では、大正頃までは男達が三味線を担いで娘宿(年頃の娘達が集まる家)に行き、三味線を楽しむ習慣があった。三味線の弾けぬ男は座敷に上げてもらえなかったので、モテる為には芸事にも精を出さなければならなかった。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
若者は愛する娘に三味線を贈り、これが結婚の申し込みになった。女も誓いの品として手ぬぐいや草履等を贈る。女の中には複数人の男と交渉を持っているものもいて、いよいよ結婚となると相手以外の男には紺の足袋を贈ったという。「このたび限り」という意味らしい。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
農業や漁業と言った一次産業は家単位で働くことも多く、妻や子供も貴重な労働力であった。だから息子が年頃になれば妻をめとるし、早くに子を産む。かように必要に駆られた婚姻ではあるけれども、力を合わせて働く内に連帯感が強まり、信頼や愛情も生まれたのかも知れない。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
だから本人同士の意思の存在しない婚姻が長続きしないのかというと必ずしもそうではなく、かえって仲のよい夫婦も数多くいた。一方で一度は夫婦になり、貞操を奪われた上に気に入らないから帰れと言われても抵抗できず、不幸な境遇に置かれた女性も少なくなかった。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
※「この世界の片隅に」で主人公のすずはほとんど見知らぬ相手の家へ嫁ぐが、結果として愛情も生まれ、おおむね幸福に過ごす。一方で学生時代にほのかな恋心を抱いていた水原と結ばれたとして、水原の両親はひどく荒んだ生活ぶりであり、この家に入ることは彼女にとって幸福になるのだろうか。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
浦野家は1次産業(ノリ養殖)、北條家は2次産業(軍需工場)および3次産業(録事)だった、という点から考えれば、北條家の径子さんがモガになれたのも、すずの両親が当人の了解なく(多分)婚姻を承知してしまうのも当時の情勢ではある。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
一次産業では家族全員が労働力であり、妻も子も家業を手伝う。二次、三次産業は個人単位の労働であって、足の悪いサンを養うこともできるし、径子がモガとして自由に振舞うことも許容できる。軍港、軍需工場の街としての呉ならではの世情である。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
(自営の商店や旅館など家族総出で働く三次産業もあるけど、まあ基本的に、ということで)
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy
そして人身売買の末に遊郭へ辿り着くリンのような女性もまたいる。それらが混在した時代。

↓参考になるかわかりませんが最近作ったまとめです。

残りを読む(4)

コメント

有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2016年12月21日
一次産業だと嫁はダイレクトに労働力かつ労働力の再生産者だからな<身分は奉公人 恋愛結婚はある意味都市部の風習。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
y_arim 子供も労働力で、それゆえに「子供は親の所有物」という意識が強かったのかもしれませんね。それで結婚の承諾も親がしてしまうし、ひどいと身売りもしてしまう。
有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2016年12月21日
ele_cat_namy それこそ最小単位が個人ではなくイエなんだろうなーと。封建的というより一次産業的。
有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2016年12月21日
「見知らぬ女がやってきて甲斐甲斐しく働く」というタイプの民話(鶴女房など)、かつての婚姻形態の反映なんだろうな。
barubaru @barubaru14 2016年12月21日
昔の方が合理的なやり方に見えるな・・・
熊谷杯人☆あにまるらんど・さが @kumagaihaito 2016年12月21日
お姑さんの権威が強すぎて食卓から外され縁側で飯を食う嫁の写真をどこかで見た気がする…
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
barubaru14 合理的ではありますが、女性にとっては他人の都合で詰んでしまう理不尽な仕組みでもあります。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
kumagaihaito 家長(夫の父)が死亡するか隠居するまで、嫁は財布を持たせてもらえなかった(たまに帰省したときに小遣いをもらう程度)地域もあるようで、なかなか今の感覚では想像するのも難しいですね。
Ka-Ka @ka_ka_xyz 2016年12月21日
一方、都会(昭和一ケタ期)の中流層以上だと自由恋愛から結婚って話も少数派ではあるものの出てきてたり、「輿入れ時には娘に数百円(数か月分の月収ぐらい)の着物類を揃えてやる」的な風習があったりして、昔の資産格差・社会階層差・地域差は凄い。
深井龍一郎 @rfukai 2016年12月21日
これは「個人が自分+αを養えるだけの収入を得られるかどうか」に依存した問題なのではなかろうか。そういう意味では都市部の習慣であるというのは確かだけれども、たとえ一次産業であろうとも、企業化された農場の従業員が十分な収入を得ることができるなら、自由恋愛でも婚姻可能になるのでは。
くまかもしれない @onakaitaimusi 2016年12月21日
合理性は達成目的や制約条件の設定次第で変わるから、合理的である/ない は、まず目的と制約を明確にしないと意味がないわけで
昨年7月末限定相葉ちゃんシルエットを外した阿部志秀武 @abeshi_hidebuuu 2016年12月21日
波島さんの調査、楽しみにしてました。 色んな婚約・婚姻の形があって、どれも環境ゆえって感じですね。 そして庶民の場合は案外昔から女性にも相手を選び、別れる権利が有ったりしたんですね。 キルギスタン人に見せたら、彼等はどんな反応をするだろう……。
inazakira @inazakira 2016年12月21日
貞操観念からしてまるで違うからな。夜這いとかもまだあった時代。
ととっと @xyrLuoihI9vhuex 2016年12月21日
まあ昔のイエ云々は結婚よりも本家分家の関係とかのほうが闇が深い気がする。
k_wakita / 〈ムゲンダイマジネーション〉♪ @k_wakita 2016年12月21日
昔、NHKのドラマ「あめりか物語」の冒頭で、ハワイ移民の「写真結婚」のくだりがありました。 主人公の女性と移民船内で仲良くなった女性は、「会社経営」というふれこみの写真の男と結婚する事になっていたのですが、現れた男はとてもそうは見えない肉体労働者の風体で、「社長というのは嘘だ、許してくれ」と言ってました。 余りにも理不尽と感じたシーンだったため、そこだけ今でも印象に残っております。
きみ_Lica @kimi_lica 2016年12月21日
k_wakita ピクチャーブライド 工藤由貴 がおすすめです。 コロッケコロッケ。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
ka_ka_xyz 輿入れ時に桐をタンスを持っていくなんて話もありますね。 http://www.aitoku.co.jp/info/fudoki4.html この手の話の地域差は激しいので、研究者もデータを集めるのは苦労したと思われます。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
rfukai 小作人を従えているような豪農なら生活に余裕もありそうですが、そうなると今度は「家の格」みたいなものが関わってきて、親の都合がより重くのしかかってきたかもしれませんね。たまに楽に稼げることがある(台風の後に浜に打ち上げるワカメやコンブを拾うと案外儲かる)のですが、そういうのを未亡人などの特権として認めていた地域もあるようです。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
onakaitaimusi 正確に語るにはスペースが足りませんので、ニュアンスで感じ取っていただければ、、、
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
abeshi_hidebuuu 著者の民俗学者宮本常一氏は、一年のうち200日くらい人々の話を聞いて回ったそうです。それを2、3日で一冊読んで楽しませていただけるのですから、ありがたい限りであります。あくまで海外に比べればですが、まだ日本の女性は自由があったようで、それでもやはり不公平で不自由な生き方を強いられていたようであります。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
inazakira 夜這いに関してはちょうど別の本で読んでるところなのですが、これも詳しく知るとなかなか奥深いものです。小説「邂逅の森」に夜這いの様子が詳しく描写されています。フィクションですが当時の風俗はかなり正確だそうで、物語としても面白いのでお勧めです。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
xyrLuoihI9vhuex 本家分家が問題になるのはおそらく武士や貴族、せいぜい豪農などの上流階級ですね。本書の著者は徹底して庶民の暮らしを調べて回ったそうでここで取り上げた事例も庶民のものですが、上流階級もまた面白そうです。
深井龍一郎 @rfukai 2016年12月21日
ele_cat_namy 昔ながらの豪農だと、「個人で収入を得ている」という意識ではなく、「家が収入を得ている」という意識になってしまいがちなのが難しいところだと思います。実際、豪農の所有する土地や権利は個人ではなく家に結び付けられたものだった訳ですから。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
「あめりか物語」「ピクチャーブライド」へのリンクを追加しました。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
k_wakita kimi_lica ということでご紹介いただいた作品へのリンクを追加しました。ありがとうございます。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月21日
rfukai 村落内の結婚は祭りなどで見初めて夜這いや贈り物をし、相性が良ければ結婚するということで、見合いではないという意味での自由恋愛は庶民の間でも存在したようです。とはいえ村落内でも「新たな縁戚を増やしたくないから」という理由で近親婚を強いられた人々もいたようで、様々なパターンがあり知れば知るほど面白いです。当人たちは大変だったかと思いますが。
昨年7月末限定相葉ちゃんシルエットを外した阿部志秀武 @abeshi_hidebuuu 2016年12月22日
ele_cat_namy 本当これですよね。名古屋の結納の豪華さが何時始まったかは分かりませんが、簡略された婚約儀礼(儀礼とも呼べるかどうか)と比べると差が開き過ぎてますよね。
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月22日
abeshi_hidebuuu たぶんですが、もともと名家で派手にやっていて、高度成長期に国民所得の底上げがあり、庶民もそれにならって派手にやり始めたのではないかなと思います。8年前の時点ですでにそこまで派手婚ではなくなっていたようです。 https://allabout.co.jp/gm/gc/66434/ 意識の変化か、皆さんの家計が厳しくなっているのか、、、
IheY @kujira090 2016年12月22日
うちのご先祖様は切った張ったがあったようで、数代前に豪商の嫁だった祖母が一人娘を連れて逃げ延びて来て、今の地へ移り住んだそうです。 移り住んでから地元の人と再婚し、生まれた兄弟が私のご先祖様にあたります。
IheY @kujira090 2016年12月22日
その兄弟も前途多難で、産褥熱で生涯に奥様を2人も亡くされた兄弟もいるようで、最後の嫁をもらう頃には支度金を払うため、近所や兄弟から借金して返すのにとても苦労してたそうです。 で、お金が足りず副業で始めた商売が軌道に乗り、今では地元を代表する会社の創業者(故人)だそうです。リアル朝ドラが親戚筋と知って、驚愕した就活生(当時)の私が一番の修羅場でした。
IheY @kujira090 2016年12月22日
私が結婚できないのは、ご先祖様に結婚運使い果たされたからなんだろうなあ。(八つ当たり)
しかちゃん @sikachan001 2016年12月22日
kujira090 末代迄祟ってやる!って言われたら私が末代だ!って言い返せるで?(盛大なブーメラン)
⚡波島想太🐈 @ele_cat_namy 2016年12月22日
kujira090 時代や地域である程度の傾向はあるとはいえ、やはり一人一人にそれぞれの物語があるものですね!
IheY @kujira090 2016年12月23日
おそらく私個人は末代になりそうですw 地域的には昭和世代の繋がり的に見て、歳の近い者の家同士で嫁いだり、嫁がれて来たりしているようで、あまり変わり映えした地域ではないと思います。 ちなみに先祖のDNAが残ってる証拠なのか、多重交通事故の現場で出会って結婚したいとこが居ます。うちの一族はそういうアクロバティックな出会い方をしないと、結婚できない一族なんだろうかなあ・・。
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