「超準解析は結局どんな感じの本でやるのがいいのでしょうか」に対する答

相転移Pさんに「超準解析は結局どんな感じの本でやるのがいいのでしょうか」と聞かれたので答始めたのですが,思いつきでだらだら書いてしましました.
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相転移P @phasetr

@dif_engine togetter.com/li/847955 関係で超準解析は結局どんな感じの本でやるのがいいのでしょうかamazon.co.jp/dp/4535782482 あたりは専門近いし昔から気になってはいるのですが

2016-12-26 22:27:08
dif_engine @dif_engine

「それ本気で聞いてます?僕に超準解析の話させると長くなりますよ?」

2016-12-27 02:28:46
dif_engine @dif_engine

三行でまとめると ・超準解析の雰囲気を知りたかったら上部構造でやれ ・二重極限などの議論をバンバン使いたいならRBST程度の超準集合論をやれ ・いずれにせよキューネン「数学基礎論講義」第一章程度は(完璧とは言わなくても)理解してないと破綻する.

2016-12-27 02:33:44
dif_engine @dif_engine

@phasetr ばっさりとどっちが良い,とも言い難い事情があるので,少し長くなりますが連ツイという形で返答します.

2016-12-26 22:58:18
dif_engine @dif_engine

超準解析の流儀は(1)上部構造によるもの(2)超準集合論によるもの,の2つに大別できます.多くのNSA本は上部構造によって議論しています.(和書では中村徹,斎藤正彦,デービスなど).上部構造による議論は,一般性を追求すると集合論の進んだ話題を要します.

2016-12-26 22:58:48
dif_engine @dif_engine

上部構造を真面目に,「良い性質を持つように」つくるには結局超フィルターが繊細な性質を持つ必要があり,真面目にやるほど可測基数だとかの,「普通の」数学をしている立場からはかなり深い集合論の知識に近接する必要がでてきます.

2016-12-26 23:04:30
dif_engine @dif_engine

たとえば斎藤本では善良超フィルターの存在定理が付録に回されていますが,誠実に向き合うならこの辺の証明も追ってみるべきでしょう.正直,そんなに楽そうではありません.色々な言い訳を(「いつかちゃんと読む」とか)して「信じて」済ませるという道もあります.しかし,

2016-12-26 23:07:08
dif_engine @dif_engine

「私は超準解析という手法で微分を無限小量の商に,積分を超有限和として扱いますが,以下の議論で必要になる超準域の構成に必要な超フィルターの存在は『信じている』だけです」という気持ちで数学をやるのは,個人的にはあまり気が進みません.そうでないとしても,

2016-12-26 23:09:29
dif_engine @dif_engine

「私は超準解析の手法で以下の議論を行います.私の議論をちゃんと理解するためにはその超準域の構成において必要となる善良超フィルターの存在証明も理解しておくことを勧めます」と他人に話すのは気がひけます.というのも,

2016-12-26 23:11:28
dif_engine @dif_engine

「話はわかりました.しかし,超準域の構成に必要な超フィルターの存在証明が高度すぎて私には理解出来る気がしません.結局,議論の難度をそっちにしわ寄せして,微分や積分の議論を見かけ上簡単にしただけなのでは?」と言われると気分が悪いからです.

2016-12-26 23:13:16
dif_engine @dif_engine

このような「超準域の構成に関係する集合論の議論が高度になりがち」な点を差し置いたとき,もう一つ引っかかるのが正則性公理に関することです.超準域の構成をするとき,斎藤でも中村でもデービスでも,得られた超準域では正則性が一部損なわれてる感じがします.

2016-12-26 23:16:07
dif_engine @dif_engine

(ここで言っている正則性,つまり regurality というのは,例えば x ∈ x を禁じたりするのにも使われる「たまにすごく便利」な公理の話です)

2016-12-26 23:17:27
dif_engine @dif_engine

デービスでは,堂々と正則性を放棄しています.中村や斎藤ではあまりはっきりとは言っていません.このことがなぜ気になるかというと,移行原理のように,ある universe で成立する命題を別の宇宙に持っていくときに,正則性を用いた命題は移行してくれない?という不安が出てくるからです.

2016-12-26 23:19:25
dif_engine @dif_engine

他の人がどうしてこのことをあまり気にしていないのかよくわかりません.とにかく,一時期真面目にこのことを考え続けた結果,すっかり嫌になって上部構造が嫌いになってしまいました.

2016-12-26 23:20:31
dif_engine @dif_engine

しかし,後年になってモデル理論の本をパラパラと眺めてみると,どうも,そもそも初等埋め込みというのはどこかうまくいかなくなるものらしい(ちょっと理解に自信がありませんが).(レヴィ崩壊(Levi collapse)とかがその辺に関係してるんじゃないかって気がしました.)

2016-12-26 23:23:23
dif_engine @dif_engine

だらだらと思いつきで書いてしまったので上部構造のまとめ: 良いところ:議論が一見簡明.超フィルターを通してウォシュの定理に至る議論は,可換環を極大イデアルで割ったら体になるという議論と「大体同じ」なので,そのくらいの代数が理解できれば十分理解できる.

2016-12-26 23:26:07
dif_engine @dif_engine

上部構造の悪いところ: 一見簡単そうに見えて,追加請求で段々高度な集合論知識を要求し,気がつくと「巨大基数の集合論」を読まないと精神が不安になってしまう.(「巨大~」を読んだら不安が収まるとは言っていない).

2016-12-26 23:28:36
dif_engine @dif_engine

上部構造の悪いところ: そうまでしてディープな集合論知識を身に付けた結果「超準解析はライプニッツやオイラーのやっていたような簡明な無限小の議論を復活させ」という言葉がある種の嘘になってしまう.全然簡単になっとらんやろ!!

2016-12-26 23:30:20
dif_engine @dif_engine

上部構造の悪口ばかり書いてしまった気がしますが,超準解析がどんなものであるのか知るための入り口としては上部構造による超準解析はおすすめできます.広大化だとかナントカ級飽和モデルだとかの議論がつらくなってきたら,(2)の超準集合論に進むことをおすすめしたいです.

2016-12-27 00:10:26
dif_engine @dif_engine

超準集合論というのは,「集合論全体を超準化した」ものだと言えます.広大化だとか飽和モデルを取るだのと言った議論はこの段階で済んでしまったと思って良いのです.斎藤本末尾の対話から標語を借りれば「完備化とコンパクト化を一緒にやってしまった」という感じです.

2016-12-27 00:18:49
dif_engine @dif_engine

1977に出た Edward Nelson の Internal Set Theory が有名ですが,同時期にHrbáček(1978)も似たような公理化を提出しています.

2016-12-27 00:20:37
dif_engine @dif_engine

他にも色々な超準集合論はあるのですが,(1)一番よく調べられており,(2)論文や本がそれなりに充実していて,したがってそれなりに信頼できるだろうという理由から,以下ではNelsonとHrbáček,たまにPéraireによる超準集合論を中心に取り上げます.

2016-12-27 00:22:48
dif_engine @dif_engine

NelsonのISTは,ZFCに三つの公理図式を付け加えたものとして定式化できます.(他の定式化もありますが,とりあえずはこう定式化する前提で議論します).関連して,一変数述語 standard が付け加えられています.

2016-12-27 00:24:53
dif_engine @dif_engine

公理的集合論における「∈」が無内容なものとして,少なくとも形式的には論じられるように,「standard」という述語も,決まった「意味」は持たないわけですが,おすすめの解釈は「accessibleである」というものです.(A.Robertの本による).

2016-12-27 00:26:51
dif_engine @dif_engine

空集合から出発して,集合論公理(および公理図式)を『有限回』使って得られる集合は全て standard です.ところが,ISTの公理図式 idealization を用いると standard でない自然数が存在し,「いかなる standard 自然数より大きい」ことが言えます.

2016-12-27 00:29:28