【ミリマスSS】Aroma Romance #2【篠宮可憐】

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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ある人を探してて」天海春香は赤いリボンを揺らしながら言う。「情報を集めてるんです」「探偵ごっこか」グッシュさんはクツクツと笑う。天海春香は苦笑した。「昨日『脚』に落描きをした子がいて。その子を探してるんです」私は目を伏せる。「落描きか」「はい。何かご存知ないですか」 01

2016-12-27 21:43:30
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「そのニュースを見た記憶がある」グッシュさんは腕を組む。「『GOD』と描かれてたらしいな。なら犯人は神のみぞ知るところだ」「……それはそうかもしれません、でも」天海春香は身を乗り出して熱弁する。「私はその子と話したいんです」「話したい……?」私は思わず反応してしまった。 02

2016-12-27 21:48:57
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「はい。どういう気持ちで落描きなんてしたのか……知りたいんです、それから、助けてあげたい」私の背中を毛虫が這い上がった。私は肩を小さく震わせる。「きっと本当はそんなことしたくなかったはずなんです」ガラスのような瞳が私を見つめている。ふつふつと、吐き気がこみ上げる。 03

2016-12-27 21:57:38
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「俺は知らない」グッシュさんは既に興味をなくしたのか、手すりに肘をついて街を見下ろしている。「そうですか」天海春香は少し落ち込んでるみたいだ。たくさんの人に聞き込みをして、知らないと言われ続けたのか。「あなたは、知りませんか?」私のこめかみの上を、冷たい汗が流れた。 04

2016-12-27 22:02:40
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「知って……知って、ます」「えっ」天海春香が目を剥いた。「ほ、ほんとですか!?」「はい……あの落描きをしたのは……」私は唾を呑む。私の全身が、雷に打たれたかのように痺れている。「犯人は……篠宮可憐……」「篠宮可憐」「私です」「えっ」天海春香は目を剥いた。 05

2016-12-27 22:10:41
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

なんてことを言えるわけはなく、私は、か細い声で「し、知りません……」と答えるのがやっとだった。「そうだよね」天海春香はうなだれる。「そんなに簡単に見つかるわけないかあ」目の前にいますよ、とは、とても言えない。「この場所から探せばすぐ見つかるだろうよ」グッシュさんが呟いた。 06

2016-12-27 22:19:37
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「マサイ族じゃないんですから、見えませんよ、ここから地上まで720メートルあるんですし」天海春香は苦笑した。グッシュさんは口元を歪める。「太陽は東から昇る」「え」「可憐、行くぞ」私の手を取り、グッシュさんは歩き出す。「え、あの」天海春香は私達を追いかけようとしてすっ転んだ。 07

2016-12-27 22:27:52
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

グッシュさんは下降エレベーターへ私を引きずり込んだ。エレベーターガールが不審げに眉を上げ、無言で『閉』ボタンを押す。「グッシュさん、どうしたんですか……?」グッシュさんは前髪を一本引っこ抜いて、それを指に巻いた。人差し指と中指が髪で纏められた格好だ。「グッシュさん……?」 08

2016-12-27 22:34:39
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

グッシュさんは、その纏められた指の爪をかじり始めた。まるで寒さに震えているような、恐怖に怯えているような、そんな挙動だ。エレベーターガールは背を向けたまま無言。私は、どうしていいか分からず、グッシュさんと階数表示を交互に見る。エレベーターは降下していく。「グッシュさん?」 09

2016-12-27 22:41:43
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

エレベーターが下降速度を緩め、チーン、というトースターのような音と共に扉が開く。エレベーターガールは恭しくお辞儀する。「第一展望台です」エレベーターの中には私たち二人とエレベーターガールしかいない。妙な沈黙。エレベーターガールが頭を上げ、扉が静かに閉まる。「グッシュさん?」 10

2016-12-27 22:45:28
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

再びエレベーターは二次関数的に下降加速していく。グッシュさんはまだ爪をかじっていた。エレベーターガールはお尻を向けたまま無言。「グッシュさん?」私はどうしていいか分からず、グッシュさんと階数表示を交互に見る。数値はどんどん減少する。「グッシュさん?」グッシュさんは無言だ。 11

2016-12-27 22:48:42
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

エレベーターが下降速度を緩め、チーン、というトースターのような音と共に扉が開く。エレベーターガールは恭しくお辞儀する。「特設フロアです」エレベーターの中には私たち二人とエレベーターガールしかいない。妙な沈黙。エレベーターガールが頭を上げ、扉が静かに閉まる。「グッシュさん?」 12

2016-12-27 22:51:47
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

再びエレベーターは二次関数的に下降加速していく。グッシュさんはまだ爪をかじっていた。エレベーターガールはつむじを向けたまま無言。「グッシュさん?」私はどうしていいか分からず、グッシュさんと階数表示を交互に見る。数値は0へ近づいていく。「グッシュさん?」グッシュさんは無言だ。 13

2016-12-27 22:55:29
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

チーン、というトースターのような音と共に扉が開く。エレベーターガールは恭しくお辞儀する。「地上です」グッシュさんはエレベーターから降りる。私もその後を追う。グッシュさんは、近くの路地裏へ入り、懐からパイプを取り出した。「……火、いりますか」「ああ」私はライターを取り出した。 14

2016-12-27 23:01:17
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パイプを何度か吸うと、グッシュさんは落ち着いてきた。指に巻いた髪の毛は路地裏の紙切れに紛れて見えなくなった。「太陽は東から昇るんだ」グッシュさんは祈りのように呟く。パイプから煙が立ち昇る。「不安になるときがある」グッシュさんは目を細めた。「不安、ですか」ライターをしまう。 15

2016-12-27 23:14:15
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「俺は見下ろしてるのにあいつらは見上げてないんだ」パイプから煙が立つ。「あいつらも俺を見下ろしてる。どれだけ上に行ってもあいつらは俺を見下ろしてる。バカと煙は高い所に昇ると言うが」グッシュさんは肩を揺らしクツクツと笑う。「俺はバカなんでな、世界を見下ろさないと気が済まない」 16

2016-12-27 23:28:53
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「わ、私も……」私は、力を込めて言う。「私も、そうです。……いえ……」一歩、足を踏み出す。私は、グッシュさんに覆いかぶさるようにして抱きついた。鼻腔の奥が弾け、視界が明滅する。「私は、バ、バカな、煙です……」私の身体からアロマが立ち昇る。「そりゃいい」グッシュさんは笑う。 17

2016-12-27 23:30:53
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

煙はビルの隙間から抜け出て空に霧散する。入れ替わるようにして雨が降ってきて、私たちの頬を叩いた。「……濡れちゃいますね」「全部な」グッシュさんはクツクツと笑う。「帰るか、可憐」「はい」私たちは通りに出て、別れた。いつの間にか夕闇と雨の匂いが街を完全に覆い尽くしていた。 18

2016-12-29 19:54:40
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「よう姉ちゃん」くたびれたお爺さんが私に声をかける。「また会ったな」お爺さんの頬は紅い。昨夜、765タワーに落描きする直前に会ったお爺さんと同一人物だ。「一杯どうだ」雨がお爺さんを遮る。磨りガラス越しに見ているような感覚だ。「忘れたいこともあるだろ」お爺さんはニヤニヤ笑う。 19

2016-12-29 20:01:12
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「忘れたいこと……?」「ああ。オレぁ見ちまったよ」お爺さんは、近くに置いてあった黒い木樽から酒を汲んだ。「姉ちゃんがその、なんだ? ボディアートでなくて……グラフィティ? 落描き、してるところをさ」お爺さんはコップになみなみと注いだ酒をぐいと呑む。「嫌なことでもあったのか」 20

2016-12-29 20:08:32
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「見たんですね……」「おーよ」私は不思議と落ち着いていた。お爺さんは、すぐにタレコミするような人には見えないし、酔っていたからだ。どうにかなる。「オニイサンもね、若い姉ちゃんと一杯ひっかけたいのサ」お爺さんは豪快に笑う。雨の磨りガラスが濃くなり、お爺さんがぼやける。 21

2016-12-29 20:15:29
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

私は周囲を確認した。街灯が道をおぼろげに照らしている。人通りはない。闇と光。まるでモノクロの世界に来たようだ。闇に座すお爺さんは、もう一つのコップを差し出した。「ほれ」私は受け取らない。その代わりに、私は、胸元に指をかけた。「……ロマンスを見せてあげます」上着を脱ぐ。 22

2016-12-29 20:23:50
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ロマンス? おほっ」カシミヤのセーターに指をかけると、ガラスの向こうのお爺さんは鼻を鳴らした。「嬉しいのお〜」セーターを脱ぐ。薄手の白シャツが現れる。ボトムスは紺のデニムパンツだ。それらが雨に濡れ、私の肌にぴったりとはりつく。「今夜だけのロマンスです」シャツに指をかける。 23

2016-12-29 20:35:54