「ミッシング・フラワー・リメインズ・オブ・オールド・フレグランス」中編――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説

サイバーパンクニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』(@NJSLYR )の二次創作小説です。 前編(https://togetter.com/li/1066131) 中編(このまとめ) 後編(https://togetter.com/li/1067829 )
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ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

(前回のあらすじ) ネオサイタマ郊外の廃マーケットに不法居住する故買屋の青年トウジは、サイバーゴスクラブ「ウゴノシュ」で見かけた、醜いコガル(編注:ティーンエイジャーの一形態)の訪問を受ける。「カワイイになりたい」と願うコガル少女になにかを感じたトウジは、彼女を手伝うことにした。

2017-01-02 22:02:18
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次に会う日は一週間後に定めた。トウジには間に合わせる自信があった。少女は家へ帰った。家の場所は聞かなかった。名前も知らないままであることに気づいたのは、翌日になってからだった。だが気にしなかった。一週間後に、また会えるのだから。 1

2017-01-02 22:04:33
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それからの一週間のうち半分を、トウジはいつもどおり過ごした。昼の間はマーケットを渉猟し、「ウゴノシュ」の客からの希望リストを埋めながら、商品となりそうなものを拾い上げていく。廃盤になったブーツ、懐古主義者向けの古いSF映画の磁気テープ、酒、防犯グッズ。そんなものを集めてくる。 2

2017-01-02 22:06:31
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夜は街に出て行って、パーツあさりをしながら、希望リストの残りにチェックを増やしていった。マーケットのガーデニングコーナーで作れないケミカルドラッグ、クラブでのひとときを盛り上げるフィンガーライトやサイリウムアクセサリ、そんなものを持ち帰った。ここまではルーチンワークだ。 3

2017-01-02 22:08:25
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その合間に、少女のための衣装探しをした。マーケットにもサイバーゴス向けのショップはあり、そこで見つかるものもあった。だが、コイフとアームウォーマーが見つからない。……結局、週の残りを費やして、彼はそれらを自作した。夜の買い出しでパーツを集め、それぞれ一晩で作り上げた。 4

2017-01-02 22:10:09
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もともとマーケットの廃品を修理して生活の糧にすることを思いついたのも、母とともに過ごした日々に初歩の裁縫技術が身についていたからだ。キモノを縫うことはできないが、アクセサリを組み上げたり、パンツをリペアしたり、ジャケットにスタッズを打つことくらいなら朝飯前だ。 5

2017-01-02 22:12:11
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一週間が過ぎた。ネオサイタマの空が灰色から次第に黒へと染まり、遠い丘の上でカネモチ・ディストリクトの明かりが星となる頃、ほとんど廃線寸前のバスに乗って少女はやってきた。黒テンのコートを着た醜いコガルは、回転灯めいて期待と不安でめまぐるしく変わる表情で「冬の庭」に立っていた。 6

2017-01-02 22:15:36
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「ミッシング・フラワー・リメインズ・オブ・オールド・フレグランス」中編 (7)

2017-01-02 22:16:08
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「入れよ」トウジは東側搬入口のシャッターの中に少女を招き入れた。そこにはスツールが一脚と、PVCレインウェアを用意してあった。少女をスツールに座らせ、PVCレインウェアを着せると、トウジは少女の赤毛を梳いていった。車寄せにバリカンの音が響いた。少女は無言だった。 8

2017-01-02 22:18:31
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「できたぜ」渡したブラシで毛くずを掃き落とし、レインウェアを脱ぐ少女に、トウジは二つ並んだスーツケースの一つを開け、コイフを投げてやった。受け取った少女の顔の輝きを眺めて、満足感を味わった。「被っていい?」「そのために梳いたんだろ」「うん」 9

2017-01-02 22:20:16
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少女はコイフを被り、顔をしかめた。「なんかある」「電源ケーブルだ。首の端子をつなげ。そこから電源を取る」コイフを一旦脱ぎ、少女が首の生体LAN素子にケーブルをつなぐと、車寄せの薄暗がりにベタ・グラミーの尾びれが青く揺らめいた。少女が震える手でコイフを再び被った。「どう?」 10

2017-01-02 22:22:23
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そこに立っているのは、青くLED発光するLANケーブルの尾ひれを髪めいてなびかせた人型の闘魚だった。すくなくとも、トウジにはそう見えた。誇り高いサイバーゴスフィッシュ。「他も合わせてみろよ」年代物のリモワを開いて中を見せると、少女が飛びかからんばかりの勢いで屈みこんだ。 11

2017-01-02 22:25:33
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少女はその場でオーガニック黒テンのコートを、コガルを脱ぎ捨てた。蛍光ブルーの下着姿は、胸元に揺れるペンダントとともに、トウジの用意したサイバーゴス衣装に隠された。「どう?」縫い目も真新しい闘魚の背後で、青い尾びれが、喜びと興奮のパルスで素早く明滅を繰り返していた。 12

2017-01-02 22:26:38
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それを見て、トウジは笑みを隠せなかった。少女と目が合い、トウジはガスマスクをしていてよかったと思った。鼻から下の表情を見られずに済んだのだ。 13

2017-01-02 22:28:31
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カネモチ8はカネモチ・ディストリクト一の歓楽街であり、カネモチ内ヒエラルキー下層民のガス抜きの場だ。ストリートは他のディストリクトより広く、建物の配置も美的だったが、それでも同じディストリクト内のよりアッパーな地区に比べ、狭く、猥雑だった。 15

2017-01-02 22:32:18
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「ウゴノシュ」はカネモチ8の外れにあり、エンジニア・ディストリクトとの境に近い。トウジは少女に先立ち、たむろするサイバーゴスをかき分け進んだ。知り合いの何人かにアイサツしながら進むトウジと、彼の引くスーツケースに、黒いコートの少女が続いた。 16

2017-01-02 22:34:13
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両目からレーザーを放つ鴉のカンバンの下で、奥ゆかしく待機列に並んで三十分、二人はサイバーテクノの重低音と、舞い飛ぶレーザーの中に入った。トウジはまっすぐ商売ブースに向かい、商品を詰めた年代物のサムソナイトFXをシートの上に開いた。 17

2017-01-02 22:36:13
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トウジは少女にマネー素子を放った。「俺はビール。お前もなんか好きなモノ飲みな」頷いた少女が、オーガニック黒テンのコートを着たままブースを出ると、入れ替わりにその日最初の客がやってきた。ネオサイタマの私立大学で文学を教えている助教授だ。 18

2017-01-02 22:38:18
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アイサツを交わして、さっそく古いビデオテープをマネー素子と交換した。そこへ少女が戻ってきた。「珍しいな、トウジ=サン、女連れとはね」 助教授が言うと、少女は立ったままトウジの顔を見た。「なんだ」「トウジ=サン」「だからなんだよ」「ごめんなさい。今まで名前を知らなかった」 19

2017-01-02 22:40:22
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「そういうお嬢さんは、なんて名前だい?」助教授が割って入った。「えと……」少女が口ごもる。「こいつ、名前はまだないんです」トウジは言った。「今日が初めてなんだ」「そうですか、じゃあハンドルネームを決めなきゃね」「ハンドルネーム?」 20

2017-01-02 22:42:34
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「そうさ、ここで本名なんてカワイイじゃない。僕が決めてあげようか」助教授は少女の全身を眺め回した。「ラストフラワーってのはどうだい」くっくっと笑う。「なんです、そりゃ」「『ゲンジ・テール』を知らないか。いや済まない、冗談さ。それじゃあ……ウィンターミュートはどう?」 21

2017-01-02 23:00:15
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「ウィンターミュート?」少女が聞き返した。「『冬寂は/山里で/育っていく』……古代のハイクからの引用さ。君の右目は、左目と違う。冬のように、青く、カワイソウだ」「ウィンターミュート……」 少女の頭のLANケーブルがゆっくりと明滅した。トウジはそこに少女の困惑を読み取った。 22

2017-01-02 23:02:24
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トウジは、この悪いうわさのある男とビールでカンパイして、早々に会話を切り上げた。「……あいつには気をつけろ」去っていく背中を示し、少女に言った。返事はない。考え込んでいる様子だった。LANケーブルは当惑の明滅を繰り返していた。「おい」少女が振り返った。 23

2017-01-02 23:04:35