「ミッシング・フラワー・リメインズ・オブ・オールド・フレグランス」後編――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説

サイバーパンクニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』(@NJSLYR )の二次創作小説です。 前編(https://togetter.com/li/1066131) 中編(https://togetter.com/li/1066529 ) 後編(このまとめ)
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ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

(前回までのあらすじ) 廃マーケットに暮らす故買屋の青年トウジによる、コガル少女プロデュース計画は失敗した。しかし、少女の「カワイイ」への憧れは折れることなく、情熱はいや増していく。トウジは少女の熱意に惹かれ、二人は第二の計画に乗り出した。果たして少女は「カワイイ」になれるのか。

2017-01-04 23:02:35
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その日から、少女はマーケットに泊まりこむようになった。少女は許可を求めはしなかったし、トウジも拒否はしなかった。ホロ装置とUNIXを稼働する時間が以前より飛躍的に増え、発電機のためのガソリンは三日で底をついた。二人はガソリンを買い出しに行った。支払いは少女がした。 1

2017-01-04 23:04:32
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少女が、ホロ装置の映し出すLAN直結書き出し擬験像に重なって、踊りを練習する間、トウジはUNIXのパーツを買い求め、少女が休んでいる間に、少しずつ組み替え、拡張していった。ホロ装置も新しい物を買い求めた。オムラの無線式自走ホロ装置「モータージゾウ」二機。 2

2017-01-04 23:06:48
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トウジにはある構想が生まれていた。その構想を告げたのは、少女がトウジとともに暮らすようになって三日経った夜だった。……缶詰のミソ・スープと売店の合成スパム・オニギリで夕食を取りながら、話し終えたトウジに、少女は言った。「トウジ=サンは、どうしてここまでしてくれるの?」 3

2017-01-04 23:09:21
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「どうしてって……」トウジは真顔で考えこんでしまった。自分の気持ちが名づけられない。「もしかして……ファックしたいの?」「バカにすんな」口から飛び出したコメ粒がローテーブルのガラス面にこびりついた。「ごめんなさい」少女は魚じみた顔を伏せた。「すまん」トウジも謝った。 4

2017-01-04 23:12:21
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だが、少女はしゃべり続けた。「こんなに……その、よくしてくれた人を、私、知らないから」 既に、ほとんど頭から外さずになっているコイフの、熱帯魚の尾びれが、悲しみと困惑のパルスで微かに明滅した。トウジは何か言うべきだと思ったが、言葉が出てこない。「気にすんな」 6

2017-01-04 23:15:52
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「男って、みんな、私をいじってくるものだと思ってた。女がシンカンセンが好きなのは変だって。あのインテリ野郎も、ブスだけど、いい体してるって。嫌い。女の子はもっと嫌い。みんな私に優しいから。シンカンセンが好きなのは変じゃない、って言うから……私と違うから。カワイイから」 7

2017-01-04 23:18:15
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「そうかよ」トウジはやっとそれだけ言った。少女は顔を伏せたまま続けた。「女の子はカワイイ。優しいで、だからカワイイ。私はそうじゃない。私は誰も好きじゃない。カワイイじゃない。カワイソウだ。私は……私が嫌い」トウジは息を吸った。「だったら」 8

2017-01-04 23:21:09
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トウジの言葉に、少女が黙って顔をあげた。二人の目があった。トウジは、少女のちぐはぐな目に、いつかと同じ怒りが宿っているのを見た。「カワイソウじゃないことをやるしかないだろ」トウジは言い、少女は頷いた。 9

2017-01-04 23:24:20
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だが、実際に動き出すまでには、さらに三日かかった。 10

2017-01-04 23:27:27
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「ミッシング・フラワー・リメインズ・オブ・オールド・フレグランス」後編 (11)

2017-01-04 23:30:09
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その日、ネオサイタマには午後から雪が降り始めていた。前夜、クリスマスのマルノウチ・ディストリクトで起きた惨事を覆い隠すような雪に、スーツケースの轍を引いて、トウジは「ウゴノシュ」へ向かった。彼の前を、オーガニック黒テンのコートをフードまでかぶった少女が歩いた。 12

2017-01-04 23:33:59
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鴉のカンバンが目から発するレーザーの前で、少女の肩を叩いて足を止めさせた。少女のフードを跳ね上げ、顔を合わせる。魚じみた顔を左右に横切る、サングラスめいたスプレーの中、ちぐはぐな、こだわりの、青い右目と三白眼の左目が、彼を見つめ返した。 13

2017-01-04 23:36:13
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「私、カワイイ」少女が言った。聞いたのではなかった。トウジは頷いた。そして、ダウンジャケットのポケットから香水の瓶を取り出した。ターコイズブルーの瓶に、クロームでできた梅のイチリンザシが象嵌されている。トラディショナルなブランド「ウメノカ」、トウジの母のお気に入りだった。 14

2017-01-04 23:39:09
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それを少女の手のひらに滑りこませた。「お守りだ」ちぐはぐの目がぱちぱちと瞬き、少女が頷いた。クロームの蓋を外し、自分の胸元に向けてプッシュする。胸元の闇にウメノカが香った。「イイ匂い」 15

2017-01-04 23:42:12
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「行くぞ」二人は「ウゴノシュ」に入り、クロークで別れた。 16

2017-01-04 23:45:08
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トウジは商売ブースでサムソナイトを開き、ブック型UNIXを起動。フロアに置いた二機の「モータージゾウ」と無線LAN接続を確立、さらにダンスフロアに漂うアドレス「JUNK−000」と接続を確立。UNIXを経由してのマスタースレイブを形成するのを確認して、席を立った。 17

2017-01-04 23:48:10
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向かった先は上階の桟敷席。「電気信号」はスタンバイしていた。「ツァレーヴィチ、出番だ」根回しは済んでいた。「ハンドルネームは」ヘイトディスチャージャーが問うた。「ジェイン・ドー(編注:名無しの女性)さ。名乗らせてやってくれないか」「よかろう」ガスマスクの皇子は鷹揚に頷いた。 18

2017-01-04 23:51:17
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フロアに戻る。乱れ飛ぶ極彩色のレーザーと、蠢く影の中に少女は見つからなかった。だが、UNIXのディスプレイには、「JUNK−000」との接続が保たれていると、はっきり表示されていた。トウジには、それだけでよかった。 19

2017-01-04 23:54:17
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低音部を残して、曲がフェードアウトを始めた。『アイ、アイ、アイアム、ヘイトディスチャージャー』ヘイトディスチャージャーの歪み声にフロアが沸き立った。ハイとミドルが揃い、「電気信号」の生演奏が始まった。人気トラック「クチサケオンナ」に、フロアの影たちが一斉に踊り始める。 20

2017-01-04 23:57:20
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

トウジはUNIXを操作、「JUNK−000」からのデータをジゾウのホロ投影機能へ流し込んだ。「「「「アイエエエ?」」」」フロアに悲鳴が上がった。重低音に合わせ、踊るサイバーゴスの群れが一瞬硬直し、非同期的にバラついたダンスの間に、トウジは見た! 21

2017-01-05 00:00:16
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

レーザーの乱れ飛ぶサイバーゴスクラブの闇の中、輪郭のわからぬ影たちに取り巻かれて、蛍光色に浮かび上がる青い三つのジェイン・ドー……同じ姿の三匹の闘魚が、青い尾びれを振り、統制の取れたインダストリアル・サイバーゴス・ダンスを踊っている! 22

2017-01-05 00:03:17
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

青い影のうち、二つはモータージゾウの投影するホロ・モデルだ。少女の生体LAN端子から無線で送られるダンスイメージが、トウジのUNIXでリアルタイム変換され、モータージゾウに再生される。タイムラグはもちろんあるが、BPMに合わせることで不自然さをカバーしている。 23

2017-01-05 00:06:09
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

そして、くるくる立ち位置を変える二つの影とともに、常に「∴」の最後の頂点を占めるように動くのが少女だ。トウジには、それが、コイフに植わったLANケーブルの輝きでわかった。三匹の闘魚の内、興奮による体温上昇めいて、尾びれの光が激しく脈動するのは「本物」だけだ。 24

2017-01-05 00:09:13