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ボンにい @bonchacchanga
小学生は自由度が高い。私服で登校するし、部活動がなく、いわゆる「先輩後輩」的な縦社会の色が薄い。学生手帳やルールに縛られることがない。高学年にもなればランドセル通学なんてしなくなり、みんなファッショナブルになる。特に女子生徒は。一部の生徒を除けばお受験のプレッシャーもない
ボンにい @bonchacchanga
おとといから検証してきた日本のメディアや国策に横行しているなんでもかんでも「清純女子高校生」に依存するマンネリズムについて。なぜ高校生なのか?というと、それは単にロリコンだからではないと思う。本当に日本がキモヲタの一番腐ったようなロリコンだらけなら、小中学生の表現が増えるだろ
ボンにい @bonchacchanga
高校生は中学以前と違い義務教育ではない。働ける。アルバイトができて、中卒の労働者もいる。免許も取れる。そして結婚ができる。いま政府内には引き上げ案もあるというが女子であれば16歳で可能だ。つまりそれは子どもから見れば大人と同じなのだが、決定的な違いが学校による管理の影響が多いこと
ボンにい @bonchacchanga
清純女子高校生を好き好むメディア、テレビやネット原住民に限って「マセガキ」を嫌悪する。ギャル化した小学生を親は何やってるんだと否定する傾向がある。清純志向の人は本質的に封建主義者である。そのような連中にとって、決定的に都合のいいタイミングが高校生世代というわけである
ボンにい @bonchacchanga
80年代の日本では流行文化を作るのは女子大生だったが、今、女子大生の存在感はない。学園祭に行くと、屋台を出している女の子はみんな制服を着ている。ステージではアイドル研究会なるJ-POPのサークルがいて、やっぱり可愛い子が制服を着ていて、オタサーも制服コスプレだ
ボンにい @bonchacchanga
映研の上映作品では、制服姿の大学生が陳腐な芝居をしていて、要するにこれが「漫画原作壁ドン実写映画」の類を好む人たちだということがわかる。大学生すら、この文化に飲まれている。だから、大学のテレビCMには制服少女が出てくるものがものすごく多い
ボンにい @bonchacchanga
大学は、学校に管理される側面が少ない。講義がなければ登校しない。街で過ごす。もちろん私服だし、高校生のようにアルバイトで普通より安くこき使われることもない。社会人と同じすぎるのである。大学生の最大の特権である「自由さ」が、清純主義者には疎まれる要因になっている現実がある
ボンにい @bonchacchanga
一方で、佳子様が大学にご入学された時に話題になったように、「女子大生の制服姿」としてのリクルートスーツ姿が出来上がっているとも思う。入学式で、そして出る際の就職活動でお世話になる。だが男性のスーツ姿は通常のものと見た目は大差ないので、成り立たない。統制趣味が女性にばかり偏る理由だ pic.twitter.com/mZsJ0SluV8
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リンク NAVER まとめ 女子がやたらと黒スーツ制服にスカート&黒パンプスを履かされる日本は、世界と比べると厳格すぎた! - NAVER まとめ 就活生のリクルートスーツ姿をはじめ、日本人は何かと疑わずに受け入れているが、実は世界的にみれば特殊だということはあまり知られていない
ボンにい @bonchacchanga
銀行の女性行員の制服姿は、こうしたリクルートスーツ(入行直前に就職活動および入社式で着用するもの)と女子高校生のブレザーを混ぜたようなデザインのものが多い。このデザインの傾向は、携帯電話屋の従業員などにもある twitter.com/bonchacchanga/…
ボンにい @bonchacchanga
要するに男社会が異性に勝手に抱くような幻想、「よき社会人たれ」という模範像の原型が、女子高校生にあるんじゃないかと。コギャルのように無軌道にならず定められた制服を、定められた着用法で着こな素、それに象徴されるようにさまざまな規範をきっちり守る、それが清純像として好まれるのだ
ボンにい @bonchacchanga
大学生になることで、人間としての内面的な成長があり、余計にきっちりとした姿の象徴が、あのクローン人間みたいなリクルートスーツ姿というわけで、その複合体が社員制服なのではないか。女性従業員に制服を導入する企業の増加の流れは、清純志向と一致しているものがある
ボンにい @bonchacchanga
しかしこれこそが問題だと私は考えている。世界を見てほしいのだが、銀行員や携帯電話屋の従業員にそもそも制服があるだろうか。あったとしても、たとえば男女ともにポロシャツで運動靴ということがほとんどじゃないかと。近隣アジアでも、欧米先進国でもだ。そして諸外国の方がはつらつとしている
ボンにい @bonchacchanga
海外のエアラインに乗れば、CAが人間味があっていいことの方が多い。若い人とは限らない、変な厚化粧や喋り方やロボットみたいな動きをせず、客と対等な存在として振舞っている。ハイヒールを履かない会社も多い。これが気に入らない清純主義者が格納庫でクローン入社式をする日航や全日空を選ぶのだ
ボンにい @bonchacchanga
はっきり言えば、日本の「ブラック資本主義」がなくならない理由が、それを好む当事者がいて、消費者がいることではないか。そしてそういう人たちは、清純女子高校生像にそのような「美しさの原型」を見出すわけで、世の中が抑圧的になるほど、メディアカルチャーもそう汚染されるわけである
ボンにい @bonchacchanga
日本の企業文化の課題点は高校生にそっくりだ。サラリーマンは体育会系であり、非正規で雇われる「事務のお姉さん」は、女子マネジャーと同じ。コピー取りやお茶くみが外回り二でないように、女子マネはグラウンドに上がることができない。身分や目的が違うから。有給消化率が低いのも皆勤賞崇拝だろう
ボンにい @bonchacchanga
文明国の国民であれば、ひとりひとりの人権は保障されている。自分の好きなように生きる自由がある。在宅勤務も多い、子育てをする女性が管理職であることもおかしくない。サービス残業もない。それでも労働生産性は日本よりはるかに高く、文句があれば容赦なくデモやストを起こす
リンク NAVER まとめ うらやましい!先進国の高校生は自由奔放な学生生活が当たり前だった! - NAVER まとめ インターネット上で最近、JKビジネス問題などを理由に高校生の制服廃止論に注目が集まっている。海外を見れば、実は先進諸国では制服廃止が当たり前という現実がある
ボンにい @bonchacchanga
そして欧米先進諸国では、多様な個人の権利が最大限保証された文明社会においては、高校生こそが自由への第一歩なのだ。おおむねの国で制服はない。アメリカの高校生は自分のクルマを運転して通学するし、フランスの高校生は煙草を吸っている。デンマークの高校は学食で酒が提供されているそうだ
ボンにい @bonchacchanga
もちろん、日本の変な高校生文化とは違う。万国どこでも女性は自分好みのおしゃれをしたいだろう。髪を染めていいし、ピアスもいい、化粧もいい。変な革靴で登校して上履きに履き替えず、ブーツで高校に行ける。変な部活動みたいな概念はないので、自分のやりたいことと勉学に励むことができる
ボンにい @bonchacchanga
それでいて学園モノではちゃんと高校時代の「理不尽」と向き合っている。日本でも大ヒットしたアメリカのドラマgleeは、オハイオ州の田舎の高校生活が舞台。ゲイの登場人物が、同性愛への不寛容と直面して葛藤するシーンもある。地方がムラ社会で封建的なのは日本もアメリカも同じだ pic.twitter.com/JYSz10TEdP
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ボンにい @bonchacchanga
車椅子の生徒もいれば、ダウン症の生徒もいる。摂食障害にさいなまれるキャラクターもいる。多様性があることが、よりリアルな高校生活描写に近い。けっして清純な美男美女だけではない、しかし、合唱がテーマだけあってどのキャストも歌唱力が抜群だ。本業歌手が音痴で当たり前のJ-POPとは違う
ボンにい @bonchacchanga
誇張もあるだろうが、しかし日本の清純学園コンテンツは理不尽な現実とそもそも向き合わないので最悪なのだ。不都合なことはすべてなかったことにし、あるいは美化する。旧日本軍そっくりの甲子園文化の描き方のように。そういうコンテンツを大量に作り、現実に屈するか、洗脳されることを促すのである
ボンにい @bonchacchanga
成人式に出席する大量のマイルドヤンキーたちも、たった2年前まで高校生だった。顔つきも中身もほぼ何も変わってない。彼らが「清純」といえるだろうか。そんなものそもそもウソであり、ファンタジーなのに。欧米と日本では真逆なのである。これは本当におかしなことだ
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