【拡散希望】三浦英之記者(朝日新聞アフリカ特派員):コンゴ(旧ザイール)日本人遺児に関する情報提供のお願い

【拡散希望】①本日は情報提供のお願いです。ここ1年間、ずっと取材を続けているテーマがあります。アフリカ中部の紛争国コンゴ民主共和国に置き去りにされた日本人遺児たちに関する取材です。 ㊱ぜひとも皆さんのお力をお貸しください。人を責めたり、組織の責任を追及したりする取材ではありません。重ね重ね恐縮ですが、知りたいのはネットに載っていない情報です。ネット上の情報は把握しています。 (追加)誤解が広がらないよう補足します。コンゴに置き去りにされた日本人遺児は、いわゆる売春行為ではなく、日本人労働者とコンゴ人女性の「結婚」によって生まれています。ただし婚姻届などはなく、現地における慣習的な「結婚」。数カ月~数年間同じ家で暮らしていた子どもたちです
国際 日本人遺児 コンゴ 1970年代 1980年代 コンゴ民主共和国 ザイール
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・子どもは日本人男性と現地女性の結婚によって生まれ、父親の帰国により遺児となった。売春行為などによるものではない。

・子どもに、父親を恨んでいる、賠償を求めるといった意志はない。

・ネット上の情報は把握している(=提供不要)。ネットにない生の情報を知りたい。

・情報提供は匿名でよい。

以上を踏まえた上でご対応をお願いします。
くれぐれも誹謗中傷、憶測による発言、差別発言などのないよう、よろしくお願いいたします。

三浦英之 「南三陸日記」にPCJF奨励賞 @miura_hideyuki
【拡散希望】①本日は情報提供のお願いです。ここ1年間、ずっと取材を続けているテーマがあります。アフリカ中部の紛争国コンゴ民主共和国に置き去りにされた日本人遺児たちに関する取材です pic.twitter.com/bZJaZ3Gu4A
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三浦英之 「南三陸日記」にPCJF奨励賞 @miura_hideyuki
【拡散希望】②1970年代、日本の鉱山会社がコンゴ南部に巨大な銅鉱山を開設しました。世界的な銅単価の下落を受けて80年代に撤退しましたが、その際、日本人労働者(下請け会社を含む)と現地人女性との間に生まれた50~200人の子どもたちが現地に置き去りにされたとみられています pic.twitter.com/VyHiCEB9fZ
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【拡散希望】③父親の帰国後、収入源を失った彼らはスラムのような場所で寝起きしながら、非常に苦しい生活を生き抜いてきました。そして成人になった今、同じ境遇にある日本人遺児数十人が相互扶助の協会を作り、コンゴ南部で小さな日本食食堂を経営しています pic.twitter.com/UXbP9OKTkD
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【拡散希望】④この1年、私は南部に散らばっている彼らの自宅訪問を繰り返し、彼らがたどった過去や現在の取材を続けてきました。彼らの最大の願いは父親との再会です。しかし誰も父親の住所を持っておらず、連絡先がわかりません pic.twitter.com/K23XHKD7H5
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【拡散希望】⑤日本人遺児は皆成人しており、賠償を求めたいとか、生活費を援助してほしいということは誰も口にしていません。ただ生きているうちに父親に会いたい。それが彼らの願いです。それは人間としては極めて本質的な願望であると私は感じています pic.twitter.com/QMfPqPqvHw
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【拡散希望】⑥非常に残念なことに、一部の海外メディアでは、当時鉱山では日本人遺児の殺害が行われていたとの報道がなされています。しかし、私の1年に及ぶ取材ではこれらの事実はまったくでてきていません pic.twitter.com/PKEX12jnOy
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【拡散希望】⑦私は現在、当時どのような社会的背景によって、なぜこのような事態が起きてしまったのか、その経緯をたどる取材を続けています。コンゴ南部の鉱山に勤務しておられた方や当時の時代背景についてご存じの方がおられましたら、是非ご協力をいただけませんでしょうか pic.twitter.com/KTQ8x6elko
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【拡散希望】⑧そしてもし願いが叶うなら、父親ご本人にお話をお伺いしたい。匿名で結構です。お父さん個人を責めるつもりはまったくありません。ただどうしてこのような悲劇が生まれたのか、その原因となった背景を知りたいのです pic.twitter.com/dlnoV9tDQ6
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【拡散希望】⑨父親の中には最後まで子どもを日本に連れ帰ろうと努力していた方や、帰国後もお金や洋服などを送りつづけていた方がたくさんおられます。そんな多くの父親たちをコンゴで暮らす日本人遺児たちは慕い、今も連絡を待ち続けています pic.twitter.com/uZGUl0F9cV
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【拡散希望】⑨私個人の取材スタイルにつきましてはこのツイッターか小著『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(16年度・開高賞受賞作)をお読み頂ければと思います。人生とは何か、家族とは何か、日本とは何か、日本人とは何か、をテーマに日々取材を続けています pic.twitter.com/FB8PA0e4F6
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【拡散希望】⑩匿名で構いません。日本人遺児たちの父親や当時の時代背景について取材に協力してもいいとお考えの方は、私までメールでご連絡頂けませんでしょうか(*アドレスは最後に掲載します。ネット上の情報は把握しています。知りたいのはネット上にない生の情報です) pic.twitter.com/GYZFwzqmHE
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【拡散希望】⑪ここに日本人遺児の会や彼らを支えている協力者の承諾を得て、ジャーナリストとしての使命感に従い、これまで取材に応じて頂いた23人の日本人遺児の写真と簡単なプロフィールを紹介します。全員父親の名前を知っていますが、ここでは出しません pic.twitter.com/FzWMNjEJOp
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【拡散希望】⑫サイトウ・ムルンダさん。1971年11月生まれ。現在、日本人遺児の会の会長を務める。2歳の時に父親が帰国。「母親と共にずっと手紙を待ち続けていた。お母さんが死んでしまったことを伝えたい」 pic.twitter.com/YGjwpQUA0G
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【拡散希望】⑬ケイコ・フジモトさん。1972年12月生まれ。日本人遺児の会のリーダー的な存在。結婚し、6人の子どもを育てながら、教養をつけたいと24歳で中学に通い始め、38歳で大学を卒業。「日本人の勤勉さが私の中に息づいている。必死に元気に生きています」 pic.twitter.com/9xyStv5kmI
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【拡散希望】⑭ケンチャン・モリタさん。1982年2月生まれ。父親が周囲の日本人に「ケンチャン」と呼ばれていたので、母親が息子に「ケンチャン」と名付けた。生活が苦しく、昨年6月の取材時には日本人遺児の会が経営する食堂に寝泊まりしていた pic.twitter.com/CxepuWQlT3
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【拡散希望】⑮ユキ・ウエスギさん(右)と母マルガリート・ムセンディーカさん。1982年1月生まれ。生まれた時、色が白く、1月生まれだったため、北国出身の父親が「ユキ」と名付けた。「小さい頃は、白ヤギ、白ヤギ、といじめられた。お父さんに会いたい」 pic.twitter.com/d3ch6YvtbZ
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【拡散希望】⑯ブルース・ナルセさん。1982年6月生まれ。ブルースというのは母が名付けた。「ブルース・リーから取ったのだと思う。父に会って話がしたい」 pic.twitter.com/hbpISuWTf5
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【拡散希望】⑰ヒデミツ・タナカさん。1980年7月生まれ。日本人の父親との間にできた弟もいる。「貧しくて小学校にも行けなかった。不良になって20歳まで生き延び、今は路上で板金屋を手伝っている」 pic.twitter.com/NnT6OYpo9n
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三浦英之 「南三陸日記」にPCJF奨励賞 @miura_hideyuki
【拡散希望】⑱シャルロット・タナカさん(右)と母アナスタジー・マシマさん。1981年12月生まれ。幼い頃、外見が周囲と違うので悩み苦しんだ。「できればコンゴ人になりたかった。でも今は日本人の血を引いていることを誇りに感じている」。病院で働いている pic.twitter.com/OvyHDp6eT6
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三浦英之 「南三陸日記」にPCJF奨励賞 @miura_hideyuki
【拡散希望】⑲ジョー・トミヒサさん(右)と母マギー・カランバさん。1978年7月生まれ。⑳のヨシミさんの弟。仕事で一度、来日経験がある。「人やビルがたくさん会って目が回りそうだった」。隣国ザンビアで働きながら、空手を学んでいる pic.twitter.com/8TYAOSfATh
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【拡散希望】⑳ヨシミ・ウイリアムさん。1973年10月生まれ。⑲のジョーさんの兄。ザンビアの元大統領の娘と結婚し、現在は会社を経営している。「父さんには一度会って、これまでの人生について色々と話したい」 pic.twitter.com/zQCBl4MaaE
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【拡散希望】㉑カルベ・コウヘイさん。1973年4月生まれ。高校卒業後、看護師の資格を得た。日本人遺児の会が運営する食堂の運営を任されている。「父さん、今はみんなで頑張っているよ」 pic.twitter.com/fIsiiNpwwr
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【拡散希望】㉒ナナ・カミサワさん。1977年6月生まれ。父親の帰国後、極めて厳しい生活を強いられてきた。㉑のカルベさんと親類関係にある。「お父さんに一目会いたい」 pic.twitter.com/NrnWZcKlxi
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【拡散希望】㉓キミコ・キヨシさん。1982年5月生まれ。父親は出生前に帰国。今も極めて厳しい生活を強いられている。父に対するコメントは得られなかった pic.twitter.com/fUydZm1XJa
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コメント

Jam 【マイクラとDQB2 始めました Switch版】 @ochika_jam 2017年1月22日
父親を見つけてあげたいし当時の企業も黙ってて欲しく無い。
ゲコゲコ @k6k6k64 2017年1月22日
http://mric.jogmec.go.jp/public/report/2006-08/chapter4.pdf 表4-6 我が国企業による海外銅資源開発の推移(1955年~2002年) ムソシ(ザイール)日鉱他共同 近いのはここかな?
ゲコゲコ @k6k6k64 2017年1月22日
ムソシ鉱山(ムソシ鉱床、キンセンダ鉱床) ザイール(コンゴ民主共和国)南部のシャバ州に所在する。 1968 年4月 :日本法人投資会社「コンゴ鉱山開発(株)」(コデミコ。1972 年1月ザイール鉱山開発(株)、コデミザに改称)設立。 (出資比率:日本鉱業 62%、住友金属鉱山 12%、三井金属鉱業 12%、日商岩井5%、古河鉱業9%)
カス太 @kasutan90 2017年1月22日
別まとめのYUMEJYUさんの疑問なんだけど、これって個人情報保護法に関してはクリア出来てる?  アウトな気がするんだけど気のせいだと思っていいのかな? http://www.ppc.go.jp/personal/general/
カス太 @kasutan90 2017年1月22日
利用目的の特定(法15条)・目的外利用の禁止(法16条) 個人情報を取り扱うに当たっては、利用目的をできるだけ特定しなければなりません。また、原則として、あらかじめ本人の同意を得ずに、その利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱うことは禁止されています。
カス太 @kasutan90 2017年1月22日
適正な取得(法17条)・取得時の利用目的の通知等(法18条) 偽りその他不正な手段によって個人情報を取得することは禁止されています。また、個人情報の取得に当たっては、取得前にあらかじめ利用目的を公表し、又は取得後に速やかに本人に利用目的を通知又は公表しなければなりません。
カス太 @kasutan90 2017年1月22日
第三者提供の制限(法23条) 原則として、あらかじめ本人の同意を得ずに本人以外の者に個人データを提供することは禁止されています。ただし、委託、事業承継及び共同利用に該当する場合は、第三者提供に該当しないこととされています。
ogtk5tdh @ogtk5tdh 2017年1月22日
kasutan90 記者個人の行動なら法の対象外。事業者の行動とした場合、遺児の個人情報に関しては承諾を得ているなら問題なし。父親の個人情報は扱ってない。父親が在籍していた企業が情報出したら問題だけど
ogtk5tdh @ogtk5tdh 2017年1月22日
[c3411374] 指揮監督下の行動かそうでないかという意味ですがどっちにしろ個人情報保護法的には問題なさそうに思えますが
Ninigi @BAKAbomb922 2017年1月24日
ほぼ同内容の別まとめの方でも指摘して直して貰ったけど、「コンゴ」という名称が付く国は現在二カ国存在しています。また記事中の当該国であるコンゴ民主共和国は当時ザイールという国名だったので、仮に関係者の目に止まったとしても、もう一方のコンゴであるコンゴ共和国の出来事だと誤解される可能性が高いです。正確な情報の拡散の為にも、まとめタイトルの該当部分をコンゴ(旧ザイール)やザイール(現DRコンゴ)等へ修正された方が良いと思います。
紫苑(Mariko Sakurai) @purple_aster 2017年1月24日
BAKAbomb922 元ツイに従い記載しておりましたが、ご指摘を受け(旧ザイール)を追加いたしました。
CatNA @CatNewsAgency 2017年1月25日
終戦後、ベトナムに残って独立戦争の軍事顧問になった元日本兵たちが、その後、強制帰国させられ、現地妻や子供と離ればなれになった話を追った番組が以前ありましたね。元日本兵たちは日本の家族のことを考えて、再会しなかった。結局、同じ結果になるのでは?
CatNA @CatNewsAgency 2017年1月25日
「父親に会いたい」という言葉を錦の御旗に、記者がネットを使って父親捜しを公開で行う結果、現地妻を持たなかった元駐在員の家族にまで疑心暗鬼を起こさせる結果になるのではなかろうか。
CatNA @CatNewsAgency 2017年1月25日
「賠償は求めない」「父親に会いたいだけ」と言っていても、偽善的な報道に煽られて、結局、金の話になり、瞼の父と子供の関係を、泥まみれにすることになるのでは?慰安婦問題同様、性の問題では異常に嫌悪感を持つ人が必ずいて、子供本人の意思に関係なく、無理やり父親に謝罪させよう、賠償させようとする人が必ず登場するでしょうね。
くすき @kusuki_xx 2017年1月25日
70年代当時、働き盛りの人達が今の年齢でネットをしていて、この情報を探し出して見る確率が凄く低いのでは?という疑問。本格的に人捜しをしたいのであれば、新聞等の紙面を頼った方が良いのでは? また直接企業への取材はしないとの事ですが、鉱山関係の企業は軒並み廃業か廃部・解散されているので、数十年前の社員のデータを保管しているとは思えないので会社側は無理でしょうね… ネットは検索して探すにはもってこいですが、用がなければこの記事にたどり着けないという不便さがあるので、本格的に探す意思があるのか疑問です。
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