空想の街・花と海の目覚め'17 二日目 #赤風車
如雨露と日光と
宿の窓際でずっと考え事をしていた。いつからか思考が途切れ、意図せずうつらうつらしていたところに宿の者から声がかかり、徒華は手早く身支度を整えていく。昼間だというのに座ったまま意識を失いそうになるとは、自覚しているよりもずっと疲れが溜まっているのかもしれない。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:21:42他の客に迷惑が掛からぬよう廊下を進んで日の下へ出る。 「おはようございます」 おはよう、と柔らかく返してくるのは義兄の洸太郎だ。身支度の際に窓から姿は見えていたので、徒華は安心してその顔を見返す。落ち着いた茶の背広を眺め渡し、徒華はまた安堵の息を深くする。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:22:38「無事に着いたようでよかった。何かあったんじゃないかと心配でした」 今咲いている花ももう少しで散ってしまうそうですよ、と説明すれば、洸太郎は寂しそうにする。 「待たせてごめんね。汽車自体はすぐに運んでくれるけど――昨日は結局出発できなくて。今朝やっと」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:24:49幾分か疲れた表情をしてみせる洸太郎に駆け寄り、徒華は労りの気持ちを込めて笑ったあとで姉を思い起こす。そういえば姉の姿が見えないが、夫婦一緒に来るのではなかったのか。 「義兄さんお一人ですか?姉さん、直前になってまさか――やっぱり何か問題でも起きたんですか」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:25:29「いや、そういうわけじゃないよ、明日は実華さんも合流する。でもどうしても慎重になっちゃうみたい」 そういえばあの姉は、最近何かと考え込んでいることが増えたような気がする。街に遊びに行きたいのは山々なんだが、と姉が出掛けに呟いていたことも、徒華は覚えていた。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:27:49「今回全員で出たほうが相手に動きがあるんじゃないか、って言いだしたのは姉さんなのに、まだそんなに渋るなんて」 事が事だからね、と洸太郎は団栗眼を巡らせている。宿の軒先に設えてある長椅子に腰かけた義兄を見、義兄も矢張り疲れているのか、と徒華は思う。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:29:33「あんまり長くはあっちを空けていられないけど、時々はぼくらも一人と一人にならないといけないこともあるし――明日は来るって言ってたんだから大丈夫だよ」 わかってます、と返しながら徒華は長椅子の後ろにある垣根のほうへ身を寄せた。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:33:33「姉さんが色々とやきもきするのもよく分かります。結局、前に私がとった電話を繋いだ人もどこにいるのか分かっていないんでしょう」 「そう、なん、だよね」 迂闊だったかと一瞬だけ反省しかけたが、故郷以外でないとこんな話は自由にできない。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:38:19歯切れ悪く相槌を打ってきた義兄を見ると、別段気にした様子はなく、ただ物思いに耽っているようだった。洗うように顔面をさすったのち、洸太郎の声がこちらへ届く。 「分かってるのは、分からない、ということばっかり。名前は残っていても今の所在や過去いた家まで辿れない」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:38:57「奇妙で括ってしまえばそうでしかないですね。でも、つまり、中心で騒ぎを密かに起こしている人物は――こうなる存在を選んだわけなんでしょう。消えても疑問を持たれないような、出自なんかが曖昧な人間を」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:40:24徒華の声に洸太郎はまたぎこちなく頷いた。 「そう、だね。そうなるね。字のほうもそう、一体誰がどこで消えているのやら把握できないようにされてる。でも、完全にはそうはならなかった。今ぼくたちがおかしいと思って捜してるんだから」 「――あの、でもそれにしては少し」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:41:18矢張り奇妙だと徒華は思う。あの町で人が消えているのは確かなのだ。字の材料にしろ交換手にしろ事勿れ主義の者が多い所為で事件すら表沙汰にはなってくれないのだが、誰かが消えている事実は変えられない。おかしいと怪しむ者は他にもいる筈である。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:46:37それが気にかかるのだ。現に義兄の言う通り、こうして自分たちは気づいて動いている。完全に、覆い隠されているわけではない、人が消えたことも問題だが、この点もどうにもおかしく感じる。まるで追っても構わないと余裕の顔で言われているようだ。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:46:56ここ最近そんなことを考えていたのだが、どう伝えたものか分からず、徒華は散乱する思考を束ねようと手を顎につけて黙り込んだ。 呟いたきり口を噤んだこちらが立ったままでいるのに今気づいたらしく、義兄が慌てたように立ち上がって近づいてくる。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:47:25「ああ、ごめんねぼくばっかり座ってて。どうもあっちを出てここに来るとのんびりしたくなっちゃって」 いいと思います、と返しながら徒華は笑った。本心からの言葉だ。 「大丈夫です。私は義兄さんが来るまでは宿の部屋で休んでいたんですし、義兄さんだってお疲れでしょう」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:48:48姉にも羽根を伸ばしてほしい。そんな場合ではないがだからこそこの場所に早く来てほしかった。姉も義兄も家の顔という意味で他人に会う用事が多く、対話を破綻させないように探りを入れていくのが今の役目なのだが、これは並大抵の心労ではないだろう。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:53:34義兄はというと、徒華の言葉を受けて目を瞬かせている。何かおかしなことを言ってしまっただろうかと考えるも束の間、ループタイの縞瑪瑙と瞳に空を映してまた相手が話し始めた。 「あのね、実華さんの前では話せないからここで訊こうと思ってたんだけど」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:54:08唐突さに少々面食らうが、頷いて続きを促した。義兄が人目を憚ること自体が珍しいので、徒華には何の話か見当がつかない。 そんな徒華の耳に聞こえてきたのは、弟の名前だった。 「――あの夏に何が起きたのか、詳しいことはまだ、ぼくたちは知っちゃいけないのかな」 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:55:08疲れた笑顔でまっすぐこちらを見てくる義兄と、唇を噛み締めた徒華の視線が交差する。 やがて徒華は首をゆっくりと横に振った。知ってはいけない決まりはないのだ。千草に関わった者――家族なのだから、義兄が気にするのは当然ともいえる。案じてもらえるのは嬉しいことだ。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:56:45ただ、真実を言おうとすればするほど存在を濃くするのは一文字であり、それを思うとどうしても徒華は詳細までは告げられなかった。他者に話してしまうということ自体――大事な何かを壊してしまうような気までしている。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:57:18この手は秋茜
弟の件をどう伝えたものか、あの夏、氷涼祭からの帰り道、ずっと考えた。悲しくはなくとも弟が消えたことは事実だった。これからも会えることが当たり前だと信じきっていた自分自身に、家に入って姉の目を見た時にやっと思い至った。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 11:57:42会えたけど、もう会えない。 そう告げるしかなかった徒華に、姉は一瞬不機嫌そうに顔をしかめたのち、死んだ奴には会えないのが普通だろう、と打ち返してきただけだった。 姉の言うその通りだった。 #空想の街 #赤風車
2017-02-05 12:02:04何か弟の死についてもっと納得できる話を聞けたら、と考えていたのは姉も同じだったろうに。仕事の都合上家を簡単に空けられない姉の分まで弟と話をするつもりだった。 それが叶わず、何が起きたかすらも伝えられない徒華を、あの激情家の姉が叱らない。 #空想の街 #赤風車
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