ギリシャ神話ローマ神話のエロース、クピドーについて

11
TOMITA_Akio @Prokoptas

古代、感情の座は心臓、肝臓、脳……様々に言われていますので、クピドーの矢がどこを狙っていたかは、興味深い問題提起です。

2017-02-03 08:12:20
TOMITA_Akio @Prokoptas

@valet_de_coupe 件のサイト、筆記ギリシア語の部分は、『アルゴナウティカ』第2歌623行と624行の古註(Scholia in Apollonii Rhodii Argonautica)と思われますから、本件とは関係ありません。問題は第3歌284-6行。

2017-02-03 08:19:18
TOMITA_Akio @Prokoptas

『アルゴナウティカ』第3歌284-7。「矢を放った。乙女は心(θυμός)を奪われて口がきけなくなった。……矢は深く乙女の胸(κραδίη)の中で炎のように燃えた」(岡道男訳) ここから、クピドーは心臓を狙った、と結論づけるのは、やや強引に思われます。

2017-02-03 08:23:57
TOMITA_Akio @Prokoptas

エロースは、もと、むくつけき髭面の男として表象されていた。それがだんだん美しく若い青年となり、ついにはアプロディーテーの子となって、クピードーと入れ替わった。その途中のどこかで、同性愛→エロース、異性愛→アプロディーテーという職掌も忘れられた。

2017-02-04 07:12:06
TOMITA_Akio @Prokoptas

しかし、この違いはローマ時代にも忘れられていない。「アテーナイ人は、エロースが男女の交わりをつかさどる神だという理解になかなか達しなかった」(『食卓の賢人たち』XIII-561d)

2017-02-04 07:14:13
TOMITA_Akio @Prokoptas

「〔ストア派ゼノーン〕以前の哲学者たちも、エロースを何か聖なるもの、あらゆる恥ずべきこととは無縁のものとして知っていたということは、体育場に雄弁の神としてヘルメース、肉体の力をつかさどるヘーラクレースと並んで、エロースの像も祀られているということからも明らかだ。(食卓の賢人たち)

2017-02-04 07:15:21
TOMITA_Akio @Prokoptas

ヘーシオドスにおいてもエロースはアプロディーテーに先在するし、オルペウス教にいたっては、「黒い翼を持った夜(ニュクス)が 風の神の愛をいれて、暗闇の胎内に銀色の卵を宿し、この卵から孵ったのがエロースまたの名をパネース(図)といい、やがて宇宙を動かすことになった」という。 pic.twitter.com/RVMa1dM9Pn

2017-02-04 07:29:24
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

エロースの系譜などありえない、と久保正彰。「エロスとは人間を位置づけもするが、同時にまた人間を破壊してかえりみないものだから、系譜的位置づけの発想では語りえない──オウィディウスにはそのような答えがひそかに用意されていたのではないだろうか」(『OVIDIANA』p.57)

2017-02-05 07:03:23
TOMITA_Akio @Prokoptas

ローマの文人たちは、エロースが翼を持っていることを嗤った。「エロス様に翼が生えているように、/最初に描いたか彫ったかしたのは、いったい誰だ。/そいつはきっと燕しか描けないやつだ。/この神様のことなんかまるっきり知らないやつだ」(『食卓の賢人たち』562-cの引用詩)

2017-02-05 07:05:09
TOMITA_Akio @Prokoptas

しかし、その文人たちは、エロースが弓と矢を持っていることを笑いはしなかった。事実は逆だ。少なくとも前4世紀以前、エロースは翼は持っていても、弓と矢は持っていない(ように思う)。 赤絵式レキュトス、前4世紀。吹いているのはアウロス笛。 pic.twitter.com/HXFfQb1o8b

2017-02-05 07:07:43
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

では、エロースの持ち物は何だったのか? アナクレオーン断片68「ふたたびエロースが重い槌の力をこめて私を打った、鍛冶屋のように。それから灼熱した私を氷の流れにつけて冷やした」。 大槌(πέλεκυς)を持ったエロースの図像を見たのだが、う〜、出典が思い出せない(^^ゞ

2017-02-05 07:10:14
TOMITA_Akio @Prokoptas

鍛冶師が揮うような大槌を持ったエロース、それは「四肢をぐったりさせる」と歌ったサッポー詩の表象とも矛盾しない。「四肢の力をも抜き去るエロースが、/またしてもこの身をゆすぶって、せめたてる、/甘やかにしてまた苦い/あの御しがたい、地を這う獣めが」(沓掛良彦訳)

2017-02-05 07:17:05
TOMITA_Akio @Prokoptas

古代ギリシアの戦闘においては、弓矢は武器としての信頼性をあまり得られなかった。矢が当たっても、それが致命傷でないかぎり、相手の戦闘能力を奪えなかったからである。むしろ相手の骨を破砕する武器の方が頼りになった。この理に適うのがσφενδόνη(英語名sling)であった。 pic.twitter.com/uOaxz7bYJm

2017-02-06 07:04:59
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

ギリシアの季節は日本の4季ほどには明瞭でなく、春・夏・冬の3季と考えられていた。したがって、ヒュポクラテス派の体液説も、もとは血液・胆汁・粘液の3体液説であった。ところが、夏が夏と秋に分けられるようになって、胆汁も黄胆汁と黒胆汁とに分けられて、4体液説が成立したという。

2017-02-07 05:24:38
TOMITA_Akio @Prokoptas

3体液説から4体液説への推移を図示するとこうなる。 春→春 血液(心臓) 夏→夏 黄胆汁(肝臓)  ↘秋 黒胆汁(脾臓) 冬→冬 粘液(脳・肺) 括弧内は、それぞれの体液の「座」=臓器。 そこには、4という完全数への嗜好と、乾・湿/温・寒の組み合わせに便利という理論的要請も。

2017-02-07 05:32:17
TOMITA_Akio @Prokoptas

エロースはあの弓矢をどこから得たのか?(シロウトの推測) 先ず、シモーニデース(前6世紀)は、有徳のまま生涯を終わることの難しさを歌った。「いくら嫌でも組み伏せられるのだ、/抗いがたい強欲、企みを織る/アプロディテのきつい一刺し、/そして花と咲く野心には」(丹下一彦訳)。

2017-02-08 04:05:37
TOMITA_Akio @Prokoptas

ここで丹下が「きつい一刺し」と訳した語はοἶστρος、つまりウシアブ(学名Tabanus bovinus)。家畜がこれに刺されると狂躁状態になるという(『動物誌』島崎の訳註)。白い雌牛となったイーオーを悩ませて世界中を彷徨させたのもこれ。ギリシア語には「発情」という意味もある。 pic.twitter.com/SG8pk2QCrg

2017-02-08 04:06:14
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

このウシアブの一刺しの上に、エロースはアプロディーテーの子という神話が創作された。メレアグロスは歌う。「その母はアレースの愛人で、夫はヘーパイストス……/さればこそ、/ヘーパイストスの火をば持ち、大波にも似た憤怒を見せ、/血塗られたアレースの矢を持っているわけだ」(V-180)。

2017-02-08 04:11:27
TOMITA_Akio @Prokoptas

弓矢を持つことによって、どこを狙うかが問題となる。というのは、アプロディーテーは漠然と恋情を掻き立てたが、エロースでは肉欲を掻き立てる含意があったから。さればこそ、キリスト教下では、聖愛か俗愛かという区別が生まれる。

2017-02-08 04:16:42
TOMITA_Akio @Prokoptas

グレイヴズ『ギリシア神話』羊毛の奪取の項「エロースはメーデイアめがけて一本の矢を放ち、彼女の心臓ふかく、矢羽根のあたりまで射こんだ」。出典は『アルゴナウティカ』あたりと考えられるが、ギガントマキアの項でエロースがポルピュリオーンの肝臓を射たと称する出典を挙げていない。

2017-02-09 05:53:27
TOMITA_Akio @Prokoptas

アポロドーロスによれば、ギガントマキアでポルピュリオーンに対戦したのはヘーラクレースとヘーラー。ポリュピュリオーンに欲情を起こさしめたのはゼウスである。 これは壺絵(ca 400 - 390 B.C.)とも一致している。 pic.twitter.com/d0CCmoXBlj

2017-02-09 05:54:54
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

エロースがポルピュリオーンの肝臓を射て欲情を起こさしめたという話は、グレイヴズの詩人の想像力で創作したのか? しかし「なるほど」と思える証拠もある。グレコ・ローマン時代のモザイク画。ギガースの足が蛇体なのは、ピュートーンとの混同と考えられるが、どう見ても肝臓か脾臓を射られている。 pic.twitter.com/xL45tP5VLW

2017-02-09 06:02:24
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

「クピド、ウェヌス、三美神」素描、フランス、1420年頃、ドレスデン国立絵画館美術画室。 たしかに、エロース=クピードーが肝臓を狙い撃ったという水脈のようなものがあったように思うが、いまだ確証にいたらぬ。 pic.twitter.com/ijV4I8D0ob

2017-02-10 05:43:04
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

見にくいが、上方の円形の中にいる女性が持っているのはハープ、明らかに矢は左脇腹を射ている。性器の強調。彼女は炎の中に立っている(らしい)。「盲目のクピードー」については、パノフスキー『イコノロジー研究』の中に驚くべき詳細な追跡がある。 pic.twitter.com/PQl0ZV6lDK

2017-02-10 05:44:37
拡大
TOMITA_Akio @Prokoptas

「右と左」の問題は重要だが、議論の前に、制作者が図像の意味を理解していたか、単なる技術的な稚拙さから結果したことではないかという吟味が必要であろう。例えば、1465年版と1485年版。クピードーが引く弓は逆になっている。 tinyurl.com/gs8rs93 pic.twitter.com/cG7s3afmwL

2017-02-11 06:05:18
拡大
拡大