【トラスト・ザ・オリガミ・オブ・ホープ】#1

オリガミとヤモト=サンのお話。彼女がオリガミを好きになった過去には、こんなことがあったのでは、という話です。
0
赤い方の蟹 @kaori6113

【トラスト・ザ・オリガミ・オブ・ホープ】#1

2017-02-12 00:17:23
赤い方の蟹 @kaori6113

ネオサイタマの市街地、タケノコ・ストリート。今日はいつにも増して重金属酸性雨が激しく、大型ショッピングセンターや雑居ビルの高密ネオン看板は滲み、耳障りな広告音声もいくぶん遠くに響く。人の行き交いの気配も、雨音に掻き消されている。

2017-02-12 00:17:45
赤い方の蟹 @kaori6113

ストリートの端にある「コーヨー・オリガミ児童館」は、雨に遮られてほぼ見えなくなっていた。建物は古き伝統家屋・茅葺き小屋を模したビルで、明かりも入り口に一つあるきり。遠くから見ると、蛍光電飾ネオンの一角が停電で途切れたようにみえる。

2017-02-12 00:18:58
赤い方の蟹 @kaori6113

この児童館はオリガミメーカーのコーヨー社がショウガクセイの社会見学用に建てたものだ。オープンしてからもう数十年が経っている。古めかしい館内にはワ・シの歴史に関する展示や、展覧会に入賞した歴代のオリガミアート作品が飾られている。

2017-02-12 00:20:47
赤い方の蟹 @kaori6113

児童館の唯一の館員、マサヨシはカウンターのイスに座り、ぼんやりしていた。今日はもう見学はないが、児童館は一般客も受け付けるため、閉館時間までは開けておかなくてはならない。退屈な仕事だ。老眼鏡をずり上げ、手元のIRC端末を所在なげに見る。

2017-02-12 00:22:09
赤い方の蟹 @kaori6113

通知ライトが点滅していた。今夜、訪れる予定の老人・キチジロからの通信。「今日は無理になった。すまない」メッセージはその一文のみだ。「ン?どうした……」マサヨシは呟き、返信しようとIRC端末を操作した。バササッ!その時、羽音とともに外から風が吹き込み、入り口のノーレンが揺れた。

2017-02-12 00:24:54
赤い方の蟹 @kaori6113

マサヨシは入り口を見た。敷居の上に羽根が1本落ちている。(((鳥でも入ったか?)))戸口に行ってそれを拾い、彼は振り向いた。「アイエエエ!!」先ほどまでマサヨシがいたカウンターに、一人の男が座っている。全身ずぶ濡れで、ゼエゼエと息が荒い。どうやって入った?

2017-02-12 00:25:46
赤い方の蟹 @kaori6113

俯いた男はロングヘアーで痩せている。胸元で、インディアンめいたネックレスがジャラジャラと揺れる。「イヤ失礼……ちょっと急いでたもんで。カノヤマ・マサヨシさんだよね?」男は顔を上げ、笑いかけてきた。

2017-02-12 00:28:38
赤い方の蟹 @kaori6113

「あっ、ああ……そうですが」ヨタモノの類だろうか?とにかく、児童館を守るのが自分の仕事だ。マサヨシは愛想笑いをしつつ前掛けのポケットに入った警備員呼び出しブザーに手を当てた。「オリガミに愛された、不遇の鬼才、だったっけ。『双頭の怒れるドラゴン』が入賞を逃したのは本当に残念だった」

2017-02-12 00:33:37
赤い方の蟹 @kaori6113

マサヨシは固まっていた。古い、苦い記憶が脳内に甦る。否定しようとするが、口が動かない。「ゴメン。本題に入ろう。アンタ命を狙われてる。すぐに逃げた方がいい」男……フィルギアはカウンターに片手を付き、飛び越えるとマサヨシの元へ駆け寄った。「ア、アンタ一体なんなんだ……」

2017-02-12 00:35:20
赤い方の蟹 @kaori6113

「戸口に突っ立ってると――」フィルギアはマサヨシの手首を掴み、走り出した。BRATATATA!先ほどまでマサヨシが立っていた土間が銃撃を受け、土埃が舞う。「アイエエエ!」「アブナイ」マサヨシは引かれるまま、躓きそうになりながらカウンターの裏へ走った。

2017-02-12 00:37:35
赤い方の蟹 @kaori6113

フィルギアはカウンターの陰から外の様子を伺う。「出口、ある?裏口もキケンかなぁ」「し、下の貯蔵室に……」マサヨシは震えている。「下?」フィルギアは床下を手で探った。金属の冷たい感触がある。小さなくぼみを押すと、輪っか状の持ち手が飛び出した。引くと正方形の蓋が開く。

2017-02-12 00:39:14
赤い方の蟹 @kaori6113

「地下貯蔵庫を下水道とつなげたのか。用意がいいねぇ」フィルギアはマサヨシの首根っこを掴み、床下に引っ張り込んだ。CABOON!「アイエーエエ!!」直後、頭上で爆発が起こった。

2017-02-12 00:40:16
赤い方の蟹 @kaori6113

「歩ける?ああ、ちょっと刺激が強かったか」マサヨシはショックのあまり、意識を失っていた。フィルギアはコヨーテになってマサヨシを背中に載せ、暗い地下通路を歩き始める。「あんまりもたないな……早く目を覚ましてくれよ」

2017-02-12 00:41:48
赤い方の蟹 @kaori6113

「どういうことなんですか」18歳のマサヨシはオリガミ・アートの展覧会「日折展」の審査委員長に詰め寄っていた。「明らかに俺の作品の方が技術点、芸術点ともに高かったじゃないですか。あなたもそう言ってたはずだ」

2017-02-12 00:42:48
赤い方の蟹 @kaori6113

「点数だけで決めるわけじゃないんだよ、アートだからね」審査委員長は歯切れが悪い。「じゃどの点が評価されたんですか、あのクソ作品は」「シツレイじゃないか!君ィ。ちょっと技術力があるからって」審査委員長はハンカチを取り出し、額の汗を拭いた。

2017-02-12 00:45:09
赤い方の蟹 @kaori6113

「君の作品は奥ゆかしさがない。それに、ちょっと気になる噂もあってね」「俺の作品はオリジナルだ」マサヨシは怒りで声が震えた。「まぁ、君はそう言うだろう。ただ、あまりにもよく似てるんだよねぇ。未発表だったタナベ=サンの作品に」

2017-02-12 00:46:24
赤い方の蟹 @kaori6113

「あいつが後で作ったんだ!そもそも、昔にあんな作品作ってたら、発表してないはずがない。俺は嵌められたんだ!」審査委員長は激高するマサヨシを横目で見た。「いやはや、親子揃って盗作とはね。キミ、恥を知りなさいよ」「何だと!」

2017-02-12 00:47:46
赤い方の蟹 @kaori6113

「結局、お父さんだって証言を覆せなかったじゃない。疚しいところがないなら、なぜ自殺したの。ネ?」マサヨシは黙り込んだ。「アナタの説が正しいというなら、証拠を持ってきなさい。それじゃ」審査委員長はそそくさと立ち上がる。「待て」「もう終わりだ、終わり」「待てッ!!」

2017-02-12 00:49:10
赤い方の蟹 @kaori6113

マサヨシは逃げ出す審査委員長に後ろから飛びかかった。「アイエエエ!誰か!」「取り押さえろ!」悲鳴を聞きつけたガードマンが駆け寄り、マサヨシを抑え込んだ。「畜生ッ!」マサヨシは暴れ、叫んだ。「畜生ーッ!!」泣きながら、叫び続けていた。

2017-02-12 00:50:53
赤い方の蟹 @kaori6113

マサヨシは目を覚ました。彼は廃マンションのベッドで寝ていた。「起きたね」フィルギアはそばのテーブルに肘をついて座っている。マサヨシは涙を手で拭った。「こんなことになって驚いたろ……といっても、ああいう脱出口を作ってたってことは、多少は命の危険を感じてたのか」

2017-02-12 00:54:14
赤い方の蟹 @kaori6113

「以前、ヨタモノが強盗にやって来たことがあって、こっそり作ったんだ」言いながらマサヨシは震えた。「使う機会があるとは思ってなかったが」「先に言っておこう」フィルギアは淡々と言った。「俺はキチジロ=サンに頼まれて来た。彼は死んだ」

2017-02-12 00:56:27
赤い方の蟹 @kaori6113

「なんだって」「でもカセットがある」「カセット?!」マサヨシは驚いた。「『お父さんが不正をしたといわれた日折展の、審査委員会の会議』を録音したものらしい。詳しく訊いてる暇はなかったけど」

2017-02-12 00:58:32